続編① ヨーロッパの村に一人の異国の旅人が訪れた

 ヨーロッパの小さな村、リューベックで、ヨハンとハンナは平和な日々を送っていた。


 ヨハンは、村で唯一の医者であり、村人たちの健康を守る重要な役割を担っていた。彼は医学に対する情熱と探究心を持ち合わせており、常に新しい知識を吸収することに励んでいた。


 一方、ハンナは村の知恵者として知られ、薬草に関する豊富な知識を持っていた。彼女は森に分け入り、季節ごとに必要な薬草を採取し、それらを用いて様々な薬を調合していた。


 ある時、村に「人食いバクテリア」と呼ばれる恐ろしい病が蔓延した。村人たちは次々と病に倒れ、絶望に包まれていた。


 しかし、ヨハンとハンナは諦めなかった。二人は力を合わせ、昼夜を問わず研究を重ね、「人食いバクテリア」の正体を突き止めたのだ。


 ヨハンの医学の知識と、ハンナの薬草の知恵が合わさることで、彼らは「人食いバクテリア」に対抗する方法を見出した。


 ハンナが特別な薬草を用いて作った薬と、ヨハンの的確な治療によって、村人たちは次々と回復していった。


 ヨハンとハンナの活躍によって、村のリューベックは「人食いバクテリア」の脅威から救われたのであった。


 それ以来、ヨハンとハンナは、村の英雄として称えられ、村人たちの尊敬を集めていた。


 そんな彼らの前に、今、新たな脅威が立ちはだかろうとしていた。


◇◇◇


 ある日、村に一人の異国の旅人が訪れた。その旅人は、遥か東の国、ジパング(日本)からやってきた佐藤義郎だった。


 義郎は、質素な衣服を身につけていたが、その表情は疲労と恐怖に満ちていた。


 義郎の容姿は、ヨーロッパの村人たちにとって珍しいものだった。黒髪に、東洋人特有の目鼻立ちをしていた。


 彼の佇まいには、どこか悲壮感が漂っており、村人たちは彼に何があったのかと心配そうに見つめていた。


 村人たちは義郎を村の集会所に招き、温かい食事と休息を提供した。義郎は村人たちに感謝を述べ、自分の身に起きた悲劇を語り始めた。


「私は桃太郎という偽の英雄によって滅ぼされた村から来ました。かつて我々の村は平和だったのです。しかし、桃太郎が鬼を解放して以来、村は鬼の脅威に晒されてしまいました。」


 ヨハンとハンナは、義郎から「鬼」という言葉を聞いて、その存在に強い興味を抱いた。彼らはヨーロッパの文化では「鬼」という概念がないため、義郎に詳しい説明を求めた。


「義郎さん、その『鬼』というのは一体どのような存在なのでしょうか?私たちは聞いたことがありません。」


 ヨハンの問いかけに、義郎は恐怖に震えながら説明を始めた。


「鬼は、人間ではない恐ろしい怪物です。彼らは人間よりはるかに大きく、黒や赤、青、緑といった奇妙な肌の色をしています。そして、彼らの頭には角が生えているのです。」


 ヨハンとハンナは、その描写に息をのんだ。義郎は続けた。


「鬼の力は強大で、普通の武器では傷つけることができません。彼らは人間を捕らえて奴隷にし、時には食べてしまうこともあるのです。」


 義郎の説明は、ヨハンとハンナに深い恐怖を植え付けた。ヨハンは義郎に尋ねた。


「そんな恐ろしい鬼を、どうやって倒せばいいのでしょう?」


 義郎は悲しげに首を振った。


「鬼を倒すことは、人間にはほぼ不可能です。彼らは人間の何倍も強い力を持っているのです。鉄の武器さえ、彼らの肌を傷つけることができません。」


 ハンナは恐怖に震えながら、義郎に尋ねた。


「桃太郎は、なぜそんな恐ろしい鬼を解放したのでしょう?」


 義郎は悔しそうに拳を握りしめた。


「桃太郎は英雄のふりをしていましたが、実は鬼と手を結んでいたのです。彼は村人を騙し、鬼を解放することで、自分だけが力を手に入れようとしたのです。」


 義郎の語り口は悲しみに満ちていた。彼は、桃太郎が村を守ろうとする振りをして、実は自ら鬼を解き放ったこと、そして今や村人たちが鬼の奴隷となっていることを、詳しく説明した。


 ヨハンとハンナは、義郎の話に強く心を動かされた。特にヨハンは、自分たちの村で起きた「人食いバクテリア」の悲劇を思い出し、胸が締め付けられる思いだった。


 義郎は、ヨハンとハンナの同情に満ちた眼差しを見て、静かに語りかけた。


「私は、助けを求めて世界中を旅してきました。そして、あなた方のような知恵ある人々に出会えたのです。どうか、私の村を、桃太郎によって滅ぼされた村を救ってください。」


 ヨハンとハンナは愕然とした。彼らは、桃太郎の裏切りと、鬼の恐ろしさを知り、村を救うことの難しさを痛感した。


 それでも、ヨハンは義郎の肩に手を置いて言った。


「義郎さん、私たちにはまだ知恵があります。鬼を倒す方法を見つけ出し、必ずあなたの村を救ってみせましょう。」


 ハンナも同意した。


「そうです。私たちの知識を結集すれば、きっと道は開けるはずです。」


 義郎は、ヨハンとハンナの言葉に希望を見出し、涙を流して感謝した。


◇◇◇


 しかし、二人がジパングへの旅に出るには、村長のマイヤーと長老のギュンターの許可が必要だった。


 ヨハンとハンナは、二人を村の集会所に招き、事情を説明した。


 村長のマイヤーは、二人に尋ねた。

「ヨハン、ハンナ、わしの許可なく遠く離れた異国の地に行くつもりか?言っておくが、そう簡単には許可せんぞ。」


 ヨハンは真剣な面持ちで答えた。

「村長、私たちは義郎さんの村を救うために、ジパングへ行かなければなりません。どうかご理解ください。」


 長老のギュンターは鼻を鳴らし、偉そうに言った。

「ふん、お前たちがいなくなれば、もし『人食いバクテリア』のような悲劇が再び起きたら、村は大変なことになるだろうが。お前たちは村の安全より、見ず知らずの異国の村を優先するというのか?」


 ハンナは、ギュンターの言葉に動じず、毅然とした態度で説明した。

「ギュンターさん、私たちはあの悲劇を決して忘れてはいません。だからこそ、同じような苦しみを味わっている義郎さんの村を見捨てることはできないのです。」


 ヨハンも続けた。

「『人食いバクテリア』との戦いで得た知識を、今度は義郎さんの村のために役立てたいのです。私たちの知恵が、再び人々を救うことができるかもしれません。」


 マイヤーとギュンターは、しばらく考え込んでいたが、やがて渋々と了承した。


 マイヤーは言った。

「わしとしては反対だが、お前たちの勇気ある決断を認めよう。村を代表して、ジパングへの旅の許可を出すとしよう。ただし、無事に帰ってこられなければ承知せんぞ。」

 

 ギュンターも、厳しい表情で付け加えた。

「ハンナ、ヨハン、お前たちの冒険を祈っているが、くれぐれも無茶はするなよ。村のために命を投げ出すような真似だけはするんじゃないぞ。」


 ヨハンとハンナは、マイヤーとギュンターの言葉に頭を下げた。

「ありがとうございます。私たちは必ず、新たな知識を持って村に戻ってきます。」


◇◇◇


 こうして、ヨハンとハンナは村の理解と支援を得て、義郎と共にジパングへの船出の準備を始めた。彼らの心には、「人食いバクテリア」の恐怖を乗り越えた経験から得た、揺るぎない勇気と希望があった。


 村人たちは、ヨハンとハンナの勇敢な決意を称え、彼らの旅立ちを見送った。遥か異国の地で、再び悲劇に立ち向かおうとする二人の背中に、村人たちは心からの祈りを送ったのだった。


 義郎は、自らの必死の旅の経験を活かし、ヨハンとハンナにジパングへの道のりを詳しく教えた。


 彼は二人に、滅ぼされた村の場所を示す古いジパングの地図を手渡した。


「この地図が、私の村への最後の希望です。どうか、あなた方の知恵で、桃太郎の残した悲劇から、私の村人たちを救ってください。」


 義郎の悲痛な訴えは、ヨハンとハンナの決意を固めた。


 遠い異国の地から助けを求めてきた一人の村人の願いを胸に、二人は偽の英雄・桃太郎によって滅ぼされた村を救うべく、ジパング(日本)への長い旅路に乗り出したのだった。

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