ハイパー・オカルト・サイエンスー三流ゴシップ誌の女記者と無精ひげのプー男が挑む超常科学事件簿ー
超新星 小石
泡沫の変幻自在的悪夢 1-1
その日、
地元の冴えない公立高校を卒業後、東京のいわゆるFランク大学に進学。卒業後は都内の三流ゴシップ誌の記者として就職。
これまでの取材と言えば、工業地帯の団地で繰り広げられる主婦たちの泥沼のあてこすりあいや原宿に出現したハイテク・アマゾネスの追跡、ペニスを二つに改造した男の二十四時間密着取材なんてものもあった。
入社から二年余り。そんなろくでもない仕事ばかりこなしてきた彼女にようやく人に胸を張って話せる仕事が舞い込んできたのだ。
それは遺伝子研究所の取材。なんでもそこではノーベル賞ものの大発見があったそうだ。
風香は初めての大仕事に浮かれ切っていた。
同時に、疑問も浮かんだ。
「あの、なんでこんなすごいオファーがとれたんですか?」
「北原ぁ。減給されたいのかお前?」
風香は慌てて首を左右に振った。
「いえいえいえ、滅相もありませんけど。でも、たしかこの葛城研究所ってどこの出版社の取材も断っているところですよね? うちがショボいとかそんなことがいいたいわけじゃないんですが、うちじゃちょっと力不足な感じが否めないんでなんでなのかーって思いまして」
「はい減給! ごたごた言い訳を並べやがって、愛社精神が足りん!」
「酷い!」
風香が涙目になっていると、編集長は二カッと金色の刺し歯を見せて笑った。
「はっはっは! 冗談だ。このオファーが通ったのはな、俺のおかげだ」
「編集長の? それってどういう意味ですか?」
「この葛城研究所の所長を務めている
「編集長って、気前の良い取り立て屋みたいですよね。あっさり貸しを作るけど返してもらうときは執念深いというか」
顔もカタギには見えないし、という言葉が舌の先まで出てきたが、なんとか喉の奥まで引っ込めた。
「この俺が悪魔だとでもいいたいのか?」
「滅相もない」
魔王ですよ、と小声で言うと、編集長はデスクに両肘を乗せて真剣な顔になった。
聞こえたかな、と思い、風香は喉を鳴らした。
「北原よぉ、お前、この仕事について何年になる」
「に、二年ですが?」
一時間説教コースだろうか。それとも飲み会の幹事任命の刑だろうか。
どちらにしろなにかしらのパワハラまがいの教育的指導が行われるだろう、と風香は覚悟を決めていたが、編集長の様子が普段とは違った。
「そうかそうか。じゃあ、まぁ、そろそろだな」
怒っているというよりは、なにかを案じているような、気遣うような雰囲気を風香は感じ取った。
「はぁ? どういう意味です?」
風香が尋ねると、編集長は椅子を回転させて後ろを向いた。
おもむろにブラインドを開いて電子タバコをふかす。
「ま、気張れやってことだ。ほれ行ってこい」
「はぁ……?」
どうにも釈然としない返事だったが、風香は取材に向かうことにした。
※ ※ ※
「さてさて、今日もちょっくら拝借しますよーっと」
葛城研究所の所長室。窓に背を向ける形で置かれたレッドオークのデスクを、小汚いベージュの作業着を着た男がいじくりまわしていた。
彼の胸につけられているネームプレートには、「
「鍵が変えるなんて無駄な抵抗しやがって。ここをこうしてっと……お、開いたなー」
手慣れた様子で所長のデスクを開錠する陽斗。素手で引き出しを開けようとしたところで思いとどまり、腰道具から黒い絶縁手袋を取り出して手に嵌めた。
それから引き出しを開くと、ばちん、という音とともに青白い光りが一瞬だけ室内を照らした。
「星夜のやつめ、電圧をあげやがったな。実の兄に過剰な防犯とは世も末だねぇ」
なにもこのデスクに限った話ではない。葛城研究のいたるところが陽斗の軽犯罪を防ぐためだけに強固な防犯設備で守られている。
とはいえ設備のプロである陽斗はあっさりと防犯装置を突破し、弟の引き出しから数枚の万札を取り出すと、何食わぬ顔で懐に押し込んだのだった。
「さぁて、午後の巡回は異常なーし! なんつってなぁ、はっはっは! うお!?」
陽斗が笑っていると、胸ポケットの中でPHSが鳴動した。
慌てながら応答すると、若い女の声が聞こえた。
星夜の助手の金田正美だ。
「陽斗さん、いまどこにいらっしゃいますか」
「え? いま? あー、いまはあれだ、所長室の巡回点検中だ。今日も異常なーし、だ」
共有財産の移動はあったがな、とは言うまい。
「……まさかまた星夜さんのポケットマネーをくすねているんじゃないですよね」
「馬鹿野郎! 俺は葛城研究所の設備管理員兼警備係だぞ! そんな奴がいたらとっちめてやらぁ!」
電話越しの相手にわかるはずもないのだが、陽斗は拳を握りしめて自分の熱意をアピールした。
「さすが星夜さんのお兄さん。頼りになりますね」
「だろう?」
陽斗は、ふふん、と鼻息が荒くなる。
真面目に働くのは嫌だ。だが褒められるのは好きだ。葛城陽斗とはそういう男なのだと陽斗は自身に胸を張る。
「それではそんな頼れるお兄さんに仕事の依頼です。急いで三階へ行ってください」
「三階? なんで?」
「トイレが詰まりました。あなただけが頼りです。それでは」
ぷつ、と電話が切れた。
つーつーという虚しい音を聞きながら「あっそ」と陽斗は呟いたのだった。
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