第3話 一夜きりの逢瀬

お約束のように、劉ちゃんは二学期になって登校して来なくなった。

最初は、竹田先生が劉ちゃんの担任の先生に確認して、「風邪らしいよ」と教えてくれていたのだけどね。

でも、5日も経ってくると、単なる風邪とは思えなくなっていって。

軽く「見舞いに来たよ~」って、尋ねて行けば良いのに………日が経つにつれてかえって出来なくなっていって。


怖かったんだ。去年のことが頭をよぎって、怖くて怖くて堪らなかったんだ。


後で成井に聞いたら、俺の顔色は相当酷いものだったらしい。

…まあ成井も平田も目の前で桂木先輩のときの顛末を見ているからね、気が気じゃなかっただろう。


お休みも一週間を越えると、竹田先生さえ「風邪」という理由に疑問を持ちはじめていた。


何かがある。


………俺の背中を押してくれたのは、成井や平田ちゃん、ゆうこちゃんだった。

成井「桂木、部を代表して見舞いに行ってくれ。お前が適任だ」

ゆうこ「最初は先輩が行くべきです。きっと、劉ちゃんも心待ちにしていますよ」


10日目、彼女の家に向かう俺に、竹田先生は「劉ちゃんは入院しているのかもしれない」と言った。

劉ちゃんの家は、いつものように暖かく俺を迎えてくれて……俺は訪問が遅くなったことを心から詫びた。

じいさんは、俺の顔を見ると「秀美はもうすぐ香港の病院に行く」と教えてくれた。


じいさんの目には涙が浮かんでいた。

秀美「先輩、来てくれたんだ!」


一見変わらない劉ちゃんが、自室のベッドにいた。

俺はやっぱりガキだ。

こんなときに、何を言ったら良いのかなんて分かる訳がない…だけどね、劉ちゃんはさ、


秀美「先輩……ごめんね」

「……何がだよ」

秀美「……色々だよ」

「何が色々だよ、わかんないよ」

秀美「うん、私もわかんないや」

「…わかんないことで謝るなよ」

秀美「でもさ、二学期学校に行けなくなっちゃったから」


病名を聞いちゃいけない。泣いちゃいけない。

取り乱しちゃいけない。困らせては……いけない!

最悪を想定したとき、それだけは思っていた。

だったらさ、

「劉ちゃん、俺、何か出来ることないか?」

秀美「え?」

「今なら何でもやってやる。裸で街中走ってこいって言われてもやる」

秀美「……ふふっ!」

「………なんだよ」

秀美「先輩はさ…そう言ってくる気がしたんだっ!」

そう言う劉ちゃんがベッドサイドから取り出したものが…2つ。


その1つは、2本の鍵のセット。


「………これは?」

秀美「うちの鍵と……この部屋の鍵だよ。あ、大丈夫だよ?おじいさまの許可は貰っているから」

「これをどうしろと?」

秀美「もうすぐ、この部屋には誰もいなくなる」

……何故!……とは聞けなくて。

秀美「そしたらさ、先輩にはこの部屋でアマチュア無線局を開設して欲しいんだ」

「…………」

秀美「じゃないと……この子が可哀想だ」

劉ちゃんがそう言って、相変わらず彼女の机を占拠するHF帶の無線機を見ている。


なんでだよ!なんでいつもいつも俺の………な女の子は!!


「………ああ、わかった。お前の戻るまでは俺がやっておく。任せておけ!」

秀美「ありがとう先輩。それと………こっちの方が重要なんだけどさ」


劉ちゃんがベッドサイドから取り出したもう1つは………コンドーム。


秀美「抱いて欲しいんだ。夢だったんだ、好きな人に抱いてもらうの」


なんでだよ!なんでいつもいつも俺の大好きな女の子は!!

………このとき初めて自覚した。俺、劉ちゃんが好きなんだ。だけどさ彼女は彼氏持ち。


「劉ちゃん、彼氏、今どこにいる!?」

秀美「……え?」

「俺が今から何としても連れてきてやる」

秀美「あはは!!」

「………なんだよ」

秀美「とっくに別れてるよ」

「え?」

秀美「じゃなきゃ先輩をパーティーなんかに誘わないよ」

「な、、」

秀美「私は今、フリーだよ?」


なんだよそれ、こいつは………この女の子は!!


「劉ちゃん」

秀美「ん?」

「劉ちゃんが好きだ」

秀美「うん!」

「わかってなかった………わかってなかったんだ、でもわかった、俺は前から……会ったときから、君が……好きだ!!」

秀美「嬉しい、待ってたんだよ?」

劉ちゃんの目には涙が………

秀美「私も先輩が大好きだよ!!」

秀美「う、、、う~!!」

「大丈夫か?止めるか?」

秀美「だ、大丈夫~」

俺たちは一つになった。


秀美「は~は~、先輩がいっぱいだ」

「頑張ったね、劉ちゃん」

秀美「で、でも先輩のまだ余裕だよね」

「俺はいいんだよ」

秀美「全部入れて欲しいな」


でも、君の中はこんなに狭くて、今だってそんなに痛みを堪えて。


秀美「お願い、先輩」

「、、、、」

秀美「もしかしたらもう、、、」

「、、わかった」

秀美「あ!!ああっ!!」

俺は一気に押し込んだ……俺の全てを。

劉ちゃんは痛いけどしあわせだと泣き笑った。


全てが終わった寝物語に、劉ちゃんは、初めてだったんだよ…と言った。

前の彼氏には許さなかったのだと、先輩のために取っておいたんだよ~って笑った。


俺は、ごめん初めてじゃないと謝った。


劉ちゃんは、ちくしょう!先輩の童貞はもらい損ねたか~と笑った。


秀美「先輩の身長、いつの間にか私を越えたね」

「…………」

俺の身長はこの半年で伸びた。


秀美「先輩はきっと、カッコ良くなって、私の自慢の彼氏になるんだ」

「…………」

秀美「そしたらさ~私はこの無線機で世界中に発信するんだ。私の彼氏は世界一カッコ良いんだぞ~って」

「身内の贔屓目だって、恥ずかしいな」

秀美「あはは!そうだ身内って言えばさ~、私先輩にどうしても伝えておかなければならないことがあるんだ」

「?」

秀美「先輩は私の身内だよ?それはね?世界中の華僑のグループが先輩を助けるってこと。凄いことなんだよ?」

「………そんなの関係無いよ。俺は俺だ」

秀美「うん、先輩はそう言う気がした」


「秀美」

秀美「な……名前呼びはずるいよ」

「戻って来いよ?」

秀美「うん……うん!!」

「そしたらさ、結婚しよう」

秀美「…………」

「な?」


劉ちゃんはこれだけは………最後まで返事をしてくれなかった。

劉ちゃんが眠りにつくのを見届けて、俺は部屋を後にした。

一つはっきり分かったのは、劉ちゃんが帰って来たら、俺がどこにいようと必ず連絡が来るってことだ。


だって、俺は「身内」なんだから。

だから俺は待ち続けられるんだ、劉ちゃんが元気に帰って来るのを。

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