奇譚と呼ぶには邪悪なもの

浪速 千尋

第一話 頭の上の数字

 「さっさと起きろ。」

兄の足蹴りでたたき起こされた僕はあることに気づいた。

「お兄ちゃん、その数字は何?」

「は?何の数字だ?」

「いや、その頭の上の…」

「なーに言ってんだ。寝ぼけてんのか?顔でも洗っとけ。」

確かに兄の上に0という数字が見えるのだがどうやらそれは僕だけらしい。

 兄が言う通り寝ぼけてるだけかもしれないと思ったとき、僕は昨日読んだ小説を思い出した。それは人が一人で慰めた回数を見れるようになった主人公がその能力を使って美少女たちとウフフアハハなことをする小説だった。

 もしかして僕にも同じ能力が!?と思ったけど兄の数字が0なのでどうやら違うらしい。兄が0ということは経験人数かもしれない。僕はそれを確かめるべく下のリビングへ向かった。

 リビングには両親共にそろっていたが奇妙なことにどちらも数字は0だった。一瞬自分が彼らの子供ではないのではないかと疑ったが、僕も兄も子供のころから母にそっくりだと頻繁に言われ続けてきたのでそれは違うはず。それに結婚までしてそういう行為を一回もしないだなんてありえるだろうか?

 ではこの数字は何なんだろうかと思い母をじっと見つめていると不審に思ったらしく

「どうしたの、何か顔についてる?」

と聞かれた。

「いやっ、何も。」

と答えると

「こいつ朝から変なんだ。お気に入りのペン失くしたのがよっぽどショックだったんだろうよ。」

と兄が横から口を出してきた。

 確かに僕は3日前ぐらいにお気に入りのペンを失くしたのだ。文房具屋で一目ぼれしてその後お小遣いを必死に貯めて買ったものだったので、無くなってることに気づいた時は本当にショックだった。

「そんなに大事だったんなら失くさないよう気を付けとけばよかったんだよ。」

と兄は言うがそれは違う。

「ちゃんと失くさないよう気を付けてたんだよ!でもそれでもいつのまにか無くなっちゃったんだよ!」

「はーん、そんなら盗まれたんじゃね?知らんけど。」

 兄が言ったように盗まれたという可能性は考えた。高価なものだったし、デザインもよかったから盗もうと思った人がいてもおかしくない。そしてペンが無くなったことで落ち込んでいるのも事実だ。

 だけど、だからといって数字の幻覚が見えるはずがない。この数字は本当に何かの数字を表してるんだ。

 釈然としない気持ちを持ちながらも僕は学校へ行こうと家を出た。学校のことを考えると心が躍る。というのも最近クラスのマドンナである蓮美さんと仲良くなったからだ。グループ活動で一緒になったことをきっかけによく話すようになって、蓮美さんも僕と同じ歌手が好きだと分かったときは本当にうれしかった。その後は一緒に出掛けたりもして自分で言うのも何なんだけど、多分”いい感じ”ってやつだと思う。

 蓮美さんのことを考えながら歩いている途中、道行く人の数字も見てみたけど皆0だった。本当に何を表してるんだろう?一人ぐらい0じゃない人もいていいと思うんだけど。

 そんなこんなで学校に着くと早速蓮美さんに話しかけられた。

「おはよう!昨日の宿題ちゃんとやってきた?」

「おはよう蓮美さん。ちゃんとやってきたよ。難しかったから時間かかっちゃたけど。」

「だよね!良かったー、私だけじゃなかったんだ。あ、もう時間。じゃあホームルーム終わったらまた話そうね!」

「うん!じゃあまた!」

 周りの男子からの恨めしそうな目線が少し気持ちいい。まだ僕の彼女でも何でもないけどいつかそうなったときは…、なんて考えると知らず知らずのうちに口角が上がってしまう。それが友達曰くキモいからやめたほうがいいらしいけど。

 ホームルームが終わると蓮美さんはすぐさま僕のとこに来てくれた。そして僕はさっきは会話に夢中で気づかなかったことに気づいた。蓮美さんの頭の上には8という数字が浮かんでいる。蓮美さんがしてて僕の家族がしてないことを必死に考えても何も思いつかなかったので、僕はそれとなく聞いて聞いてみることにした。

「蓮美さんって何か人があまりしたことが無いようなことをやったりしてる?」

「うーん、人がしたことが無いようなこと?何だろうなー?あ!私ぬいぐるみづくりが趣味なの!それも私リアルなぬいぐるみじゃないと気分が乗らなくて。材料はもちろんそうだけど、小道具にもこだわりたいの。でもお父さんはお小遣いあんまりくれないし…。だから私たくさん練習したの!」

「練習って何を?」

「色々よ、い・ろ・い・ろ!」

 その色々の内容も気になったけど僕はそれよりあることに夢中だった。それは蓮見さんの胸ポケットにあるペン。そのペンは僕のにそっくりだった。というか僕と同じ種類のペン。僕のペンを見て蓮見さんが同じものを買ったと考えるのは僕の自意識過剰だろうか。

 それに僕は蓮見さんの次の言葉で益々舞い上がってしまった。

「そうだ、放課後って時間ある?出来れば二人きりで話したいことがあるんだ。もし良かったら放課後一階の空き教室にきてくれない?」

 それからの僕はもうフィーバー状態。授業なんて少しも頭に入らないし、放課後のこと、そして付き合ってからの甘い日々のことしか考えてなかった。

 そして放課後。僕はスキップでもしそうな勢いで約束の教室に入った。

「それで話って…。」

「あ、ごめん!私行かなきゃいけない場所があって。ちょっと待っててくれない?」

「あ、うん。全然良いよ!」

 そうは言ったものの全く気持ちは落ち着かない。しょうがないのでスマホでも見ているとSNSであるニュースが流れてきた。


 強盗殺人の常習犯ついに逮捕!

 今日未明、強盗殺人を繰り返してきた有崎哲容疑者が逮捕された。有崎容疑者は裕福そうな家に押し入り、金品を奪うと共にその家の住民を殺害していた。盗んだ物品は30にも及び、計4人を殺害していた。


 そのニュースには容疑者の写真も付いていたのだが、その写真を見ると4という数字が彼の頭の上に浮かんでいた。

 写真を見終えた直後、後ろから蓮見さんの足音がした。

 僕は振り返らずに聞く。

 「おかえり。ところでどこに行ってきたの?」

 「調理室。」

 

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