第2話 薔薇と落雷の夜

 1980年

 日本の自動車生産台数が世界一となった。

 ホワイトデーが初めて全国規模で行われた。

 モスクワオリンピックが開催されたが、日本をはじめとする西側諸国の約50カ国がボイコットした。

竹の子族が出現した。

 この年発売されたゲーム&ウオッチ(任天堂)やルービックキューブ(ツクダオリジナル)、チョロQ(タカラ、後のタカラトミー)といった玩具が流行した。

 

 身代金目的誘拐事件が当時、史上最多となる13件を記録。誘拐された被害者11人のうち、4人(富山・長野連続女性誘拐殺人事件の被害者2人と、司ちゃん誘拐殺人事件・名古屋女子大生誘拐殺人事件の各被害者)が殺害された。


 松田優作に似た20歳の明智真一は、バブル経済の渦中にある新宿の夜を駆け抜けていた。1961年に生まれた彼は、高校を卒業した後すぐに都会に出てきて、様々な仕事を経験しながら生き抜いてきた。

 バブル期の東京は、まるで別世界だった。高層ビルが立ち並び、夜になるとネオンが輝き、クラブやバーはどこも人で溢れていた。真一は、その一つのクラブで警備員として働いていた。

「よう、真一。今夜も頼むぜ」

『ラッツ&スター』の桑野信義に似たクラブのオーナーが声をかける。10年くらい前に流行ったジョン・レノンの『instant karma』が流れている。『インスタント・カーマ』とは「悪い事をするとすぐ自分に跳ね返るという法則」という意味。

「もちろん。問題が起きないように見張ってるよ」真一は軽く頷き、クラブの入り口に立った。

 クラブの外では、黒塗りの高級車が次々と到着し、派手な服装の若者たちが続々と入ってくる。真一はその様子を観察しながら、警戒を怠らなかった。

「バブル期ってのは本当に狂った時代だな」

 真一は心の中でつぶやいた。

 その時、一人の男性がクラブに入ろうとしてトラブルを起こした。酔っぱらいのサラリーマンが大声で騒ぎ、警備員に絡んできたのだ。

「何だお前ら!俺はここに入る権利があるんだぞ!」

 酔ったサラリーマンが叫ぶ。

「申し訳ないですが、こちらは会員制ですので…」 警備員が丁寧に説明するが、酔っぱらいは納得しない。

 真一は冷静に状況を見極め、素早く介入した。「すみませんが、ここでは大声を出さないでください。お帰りいただくか、静かにしていただけますか?」

 酔っぱらいは一瞬戸惑ったが、真一の冷静な態度に押され、結局クラブを去った。

 勤務が終わった後、真一は夜の街を歩いていた。バブル経済の影響で、街は煌びやかで賑やかだったが、その裏側には暗い影もあった。

「こんな時代に生きるのは楽じゃない」

 真一はそう思いながらも、自分の力で生き抜く決意を新たにしていた。


 彼はクラブから少し離れた場所にある小さな喫茶店に入り、コーヒーを注文した。そこで新聞を広げ、求人欄を見て次の仕事を探していた。

「もっと安定した仕事が欲しいな…」

 真一はそう思いながらも、自分の道を模索し続けていた。

 20歳の真一には、まだ多くの可能性があった。バブル期の東京での経験は、彼の強さと冷静さを育んだ。この先、彼がどのような道を歩むかはまだわからないが、彼の中には揺るぎない決意と強い意志があった。

「どんな時代であろうと、自分の力で生き抜いてみせる」

 真一はそう心に誓い、夜の東京を後にした。

 

 数カ月後、蓮田市……嵐の夜、風が激しく吹き荒れ、雨が滝のように降り注いでいた。 五六豪雪(昭和56年豪雪) :昭和55年(1980年)12月〜昭和56年(1981年)3月


 死者133名、行方不明者19名、負傷者2,158名、住家全壊165棟、半壊301棟、床上浸水732棟、床下浸水7,365棟など。

 1980年(昭和55年)12月中旬に日本海北部からオホーツク海に進んだ低気圧が発達して停滞した結果、強い冬型の気圧配置が続いた。

 このため、日本海側の地方では大雪となり全国的に低温の日が続いた。強い冬型の気圧配置が繰り替えし続き東北地方や北海道の太平洋側で大雪となり、年末までには山沿いでの降雪量が100cmを超え、着雪や強風による送電線切断や鉄塔倒壊が相次いだ。また、漁船の遭難被害も多発した。


 北陸地方を中心とした大雪は岐阜県高山市や福井県で積雪が100cmを超え、山間部では300cmを超えた。翌年の1981年も低温傾向は続き、全国的に気温が低く日本海側での大雪が続いた。最深積雪の観測記録を更新した地域が、敦賀、山形などいくつかあり、この低温傾向と大雪は3月まで続いた。


 町の住民たちは家にこもり、外の様子を窓から伺うだけだった。そんな中、『古の書店』には一人の店主がカウンターで古い本を整理していた。


 突然、稲妻が空を裂き、轟音とともに近くの古いオークの木に落ちた。電気が瞬時に消え、店内は漆黒の闇に包まれた。白髪頭の店主は驚きながら懐中電灯を手に取り、店内を照らし始めた。

「大丈夫ですか?」店主が驚いた声をあげると、客として店内にいた数人も慌てて周りを見回した。しかし、誰も答えなかった。停電は数分続き、その間に何かが起こったようだった。


 やがて、電気が再び点灯し、店内は明るさを取り戻した。しかし、店主は何かが変だと感じた。彼は急いで店の奥にある貴重な本のコレクションが保管されている棚へ向かった。


 そこで彼は驚愕の光景を目にする。一冊の特別な本が消えていた。その本は、地元の伝説や秘密が書かれているもので、非常に貴重なものだった。しかし、本が置かれていた場所には一本の美しい薔薇が残されていた。その薔薇はまるで最近摘み取られたばかりのように新鮮で、香り高いものだった。


「これは一体…?」店主は戸惑いながら薔薇を手に取った。その瞬間、店の扉が開き、探偵の明智真一が雨に濡れたコートを脱ぎながら現れた。

「何か問題がありそうですね、店主さん」と明智が静かに言った。彼の鋭い眼差しはすでに店内を隈なく観察していた。

 店主はうなずき、状況を説明し始めた。「停電の間に、貴重な本が盗まれ、その代わりにこの薔薇が置かれていたんです」

 明智は薔薇を手に取り、じっくりと観察した。「興味深いですね。この薔薇はどこか特別な場所から来たものかもしれません。千葉、調査を開始しよう」

 柴田恭兵に似た助手の千葉が手早くメモを取り出し、店内の詳細な記録を始めた。こうして、嵐の夜に始まった不思議な事件の調査が始まったのだった。


 明智真一と千葉は、まず古本屋『古の書店』の店内を詳細に調査することにした。千葉は店内の防犯カメラの映像を確認し、明智は本棚や床に残された手がかりを探した。

「映像はどうだ?」

 明智が尋ねると、千葉は首を振った。

「停電中の映像は途切れていて、その間に何が起こったのかは映っていません。でも、電気が復旧する直前に影のようなものが映っているようです」

 明智はその影に興味を示し、映像を一時停止して詳細を確認した。「これだな。この影は店の奥から出てきたようだが、特徴はわからない。手がかりとしては薄いが、他に何か見つかったか?」

「特に目立つものはありませんが、この薔薇についてもっと調べる必要があります」千葉は薔薇を慎重に包みながら答えた。

「一色家の庭でこの薔薇が育っていると聞いたことがある」明智は考え込みながら言った。

「彼らに話を聞く必要がある」

 二人は一色家の屋敷に向かうことにした。屋敷は町の外れにあり、古びた門が静かに開かれていた。屋敷の庭には様々な種類の薔薇が咲き乱れていたが、特に目を引いたのは同じ品種の薔薇が集められた一区画だった。


 屋敷の主人、一色は静かな微笑を浮かべて二人を迎え入れた。彼は石橋凌によく似ていた。

「ようこそ、お二人とも。何かお手伝いできることがあれば、何なりとおっしゃってください」

「昨夜、古本屋で貴重な本が盗まれ、その代わりにこの薔薇が残されていました」

 明智は薔薇を見せながら説明した。

「この薔薇はあなたの庭で育てられているものと同じようですが、ご存知ですか?」

 一色は薔薇をじっくりと見つめ、「確かに、これは我が家で育てている薔薇の一種です。しかし、昨夜の嵐の間に外出する者はいませんでした」

「この薔薇は特別な意味を持っているのですか?」千葉が尋ねた。

「実はこの薔薇は、代々一色家に伝わる特別な品種で、古くから家族の秘密を守る象徴とされてきました」

 一色は説明した。

「しかし、その秘密が何であるかは、私自身も詳しくは知りません」

 明智は一色の話を聞きながら、何かを思案している様子だった。

「この薔薇と共に盗まれた本は、一色家の秘密に関わるものかもしれません。もっと調べる必要があります」

 その時、突然屋敷の外から激しい雷鳴が響き渡った。明智は何かを決意したように一色に向き直った。

「雷がこの薔薇と関係しているかもしれません。昨夜の雷も偶然ではないような気がします」

 一色は少し驚いた表情を見せたが、すぐにうなずいた。

「では、庭を詳しく調べてみましょう。何か手がかりが見つかるかもしれません」

 明智、千葉、一色の三人は屋敷の庭に向かい、薔薇の茂みを一つ一つ注意深く調べ始めた。やがて、ある茂みの根元に古い木箱が埋まっているのを発見した。「これは…?」一色が驚いた声をあげる。明智が木箱を開けると、中には古い文書とともに、一色家の秘密を解く鍵となる地図が収められていた。明智は微笑み、「どうやら、秘密はここに眠っていたようです。これで謎の一端が解けました」

 しかし、まだ全ての謎が解けたわけではない。貴重な本がどこにあるのか、そしてそれを盗んだ者の目的は何なのか。明智と千葉は再び調査を続ける決意を固めた。


 12月12日

 日本の自動車生産台数が世界第1位に。名実ともに「自動車大国」となる。


 最高裁、死刑が確定していた免田事件の死刑囚・免田栄の再審開始を決定する。


 近藤真彦がRVCより『スニーカーぶる〜す』でレコードデビュー。

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