〈シノノメ〉
PM12:00
「シノノメ君、手伝いますか?」
「うわぁ!」
厨房の冷蔵庫と睨み合いをしていたら、後ろから声をかけられた。振り返ると、スミレがクスリと笑った。
「シノノメ君、料理苦手でしたよね?」
「ぼ、僕だって少しはできる。」
「無理しなくてもいいんですよ。こういうのは私かクチナシさんに任せればいいんです。」
なんか、なんというか、すごく馬鹿にされている気がする。スミレはいつもそうだ。他の人、特にアサギに対してなんかは丁寧に話すのに、僕と話す時だけいつもこう。
絶対に遊ばれてる!
「今更ですね。」
「………………もしかして、聞こえて」
「何のことでしょうか。ふふ、さあ、お昼の用意をしましょうか。」
そう言うと、当たり前のように野菜や肉を取りだしてスミレは料理を始めた。
「…………悔しい。」
「何がですか?」
「だって、何も分からないんだもん。」
スミレは手を止めて、しばらく僕の方を見ていた。それから、ため息をついた。
「子供ですね。」
「14歳!そこまで子供じゃないから!それに僕には………!」
「僕には、なんですか?」
「うぅ、言わない!絶対、教えない!」
スミレは、また笑った。やっぱり馬鹿にされている。絶対にそうだ。僕が、最年少だから。
「頬を膨らませていると余計子供みたいですよ、シノノメ君。」
「膨らませてない!」
そんなやり取りばかりして、それでもスミレは手際よく食事を用意していく。僕に手伝えそうなことは、ないな。悔しいけど。
「ふふ、シノノメ君はよく笑うようになりましたね。」
ふいに、スミレはそんなことを言った。
「どうしたの、急に。」
「覚えていませんか?シノノメ君がここに来てすぐのことを。」
「…………どうだったっけ?」
「半月です。シノノメ君は、一人でずっと塞ぎ込んでました。とてもお話なんてできそうになくて。たまに部屋から出てきたと思ったら、どこかに行ってそのまま倒れてて。大変だったんですよ。」
うーん。正直に言って、あんまり覚えてない。というか、その頃はたぶん……。
「本当に、いつかふらりと出ていって死んでしまいそうだった。」
「……………そんなこと、しないよ。」
「わかってますよ。今は、大丈夫だって。」
そんなことするはずない。今は、もう。
気づいた時にはこの屋敷にいて、みんなが僕を見てくれた。ここに居てもいいんだと教えてくれた。だから、大丈夫。
『何も気にしなくていい。嫌なことがあるなら目を閉じろ。お前の嫌なもんは俺が引き受けてやる。だから、もう死にたいだなんて思うな。』
一生分の勇気を無駄にしたあの日、アイツはそう言った。その声が、もう戻ることの無い姉さんの声みたいで、僕は自分がどうしたいのか分からなくなった。
死にたくないけど、生きていたくない。ただ自分の中の濁った感情を捨てたかった。全部失くして、あの日に戻れたら良かったのに。
―――――ドサッ
「…………何の音でしょうか?」
何かが崩れるような音がして、手を止めたスミレはキョロキョロと当たりを見回した。
「どうせアサギがまた何か落としたんだよ。いっつもぼーっとして、よく手に持ってるもの落とすし。そうじゃなかったらクチナシが掃除のときにものを倒したとか。」
「シノノメ君、随分詳しいんですね。」
「え?あ、それは…………。」
「無理には聞きませんよ。それがここのルールですから。」
そしてスミレは手際よく料理を盛り付け始めた。
「なぁ、なんでそんなに料理できるの?」
「どこかのいい暮らしの少年とは違って、自分のことは自分でしないといけないんですよ。」
いちいち腹が立つ言い方をして………ってあれ?いい暮らしの少年って、僕のこと?
「見てれば分かりますよ。座るときの姿勢とか、テーブルマナーとか。」
「うわっ、そんなことでバレるの?」
「アサギさんを見ればいいですよ。あの人、明らかに貴族ですから。」
うーん、確かにそう言われればそういう感じもするけど…………。どちらかというと、モエギにしか興味無い!みたいな親バカな気がする。
あ、でもアサギが料理してるところ見たことないかも。じゃあやっぱり………。
「アサギさんは料理できますけどね。」
「なんでだよ!」
思わずデカイ声で突っ込んでしまった。いや、おかしい!なんでアサギは料理できるんだよ!
「不満そうですね、シノノメ君。」
「そりゃ不満だよ。なんでアサギは料理できんの?貴族なら自分で料理しないでしょ。」
「…………モエギちゃんのためだから。」
スミレは小さな声でそっと呟いた。どうして?とさらに聞こうとすると、人差し指を唇に当てて、それ以上は言わせなかった。
「シノノメ君、これはルールです。私たちは互いのことを探り合うべきじゃない。」
そう言ったスミレは、悲しそうな目をしていた。
…………………………あれ。
……………また、か。
……………、
…………………………。
PM2:00
「どこだ、ここ?」
目が覚めると、目の前に大きな診察台があった。僕たちはこの部屋を治療室と呼んでいる。僕は滅多に入ることは無いけど、アサギやモエギはよく出入りしているみたいだった。
「ねぇ、聞いてる?」
『…………………。』
「ねぇ、答えてよ。」
『…………………。』
返事は無い。僕はそのまま、治療室の奥へと向かった。なんでか分からないけど、行かないといけない気がしたから。
部屋の奥には階段がある。それを降りると、テツグロの研究室に繋がっている。もちろん、僕は行ったことかない。なのに、なんで知っているかって?それは………。
「ねぇ、聞いてるんでしょ。意地悪だな。教えてよ、どうしてここに来たの?」
『まだ、知らなくていい。』
「知らなくていいって、どういうことだよ。本当に、アンタは自分のことを話さないよな。まあ、いいけど。ここに居るのも、アンタのおかげだから。」
その時、後ろで扉の開く音がした。荒々しい足跡が聞こえて、振り返ろうとしたその瞬間、僕は意識を失った。
意識を失う直前、銃声が聞こえた
それだけをただ、覚えている
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