聞きたかったこと

 突然の轟音に俺までビクッと驚いてしまう。


「うわ、ビックリした。結構近かったなぁ今の……って、絢さん? 大丈夫?」

「無理無理無理無理無理無理」


 窓のほうを見てから絢さんのほうを見ると、耳を塞いで蹲ってる彼女の姿があった。

 ガタガタと震えて、無理と連呼している絢さん。


 これ、相当雷苦手なんだな。


「絢さん、大丈夫?」

 しゃがんで絢さんの肩に手を置いて声を掛ける。

 絢さんは顔を上げ、涙目でフルフルと首を横に振った。


 これは帰れそうにないなぁ。

 ていうか、近くで雷が落ちたのに外に出すわけにはいかないし、そもそもいつの間にか雨降ってるし。

 仕方ないか……。


「とりあえず、天気が落ち着くまでうちにいな?」


 俺がそう提案すると、絢さんはコクコクと頷いた。

 しゃがみこむ絢さんを手を引いて立たせて、ソファーに座らせる。


「テレビとかつけていいから」


 そう言ってリモコンを絢さんの前に置いて、俺は寝室に向かおうとした。


「……待って」


 したのだが、絢さんが俺のTシャツの裾を詰まんで俺を引き留めるのだった。


「一人にしないで……。お願い……」 


 絢さんは俺を見上げながら懇願する。

 涙目の上目遣いで俺に縋るその姿は、無性に庇護欲をそそられてしまう。


 まじでどうしようか……。

 この状態の絢さんを振り切れるわけないし……。

 うーん、仕方ない。

 病人の部屋に長居させるのもどうかとは思うけれど、マスクして帰ったらすぐに手洗いうがいとお風呂を徹底させればいいか。


「わかったわかった。じゃあ寝室いこうか。俺は横になってるけど」

「うん」


 俺がそう言うと絢さんはソファーを立ち上がる。

 しかし、裾を離す気はないようで、カルガモの親子のように寝室へ向かうのだった。

 寝室へ着くと絢さんはようやく俺の服の裾を離す。

 テーブルの近くに置いてるビーズクッションに彼女を座らせて、俺はベッドへと入った。


「俺に気にせずにテレビつけてもいいから」

「うん、ありがとう。ごめんね唯くん。ワガママ言っちゃって」

「いや、今日は凄くお世話になったからね。それに俺も一人だと暇だし」


 そんなやり取りしているをしている間でも、外ではゴロゴロと雷の音と雨音が聞こえる。

 最初みたいに雷が落ちる音はしないけれど、それでもまだまだ落ち着きはしないようだ。

 絢さんもまだ怖さはあるようでそわそわとしている。

 多分テレビをつけても気は紛れそうにないかもな。


「絢さん、ちょっと話でもしようか」

「えっ?」

「まだ俺も眠くないし俺が寝るまでの間、話し相手になってよ。体調もだいぶ楽になったし」


 これは事実だ。

 絢さんのお蔭で相当体調は回復した。

 多分このまま横になっていれば明日には復活できると思う。

 だからそのお礼に話し相手くらいしても大丈夫だろう。


「うん。唯くんがいいなら」


 彼女も了承して、すすっとベッドの近くまでビーズクッションを移動させて座りなおした。


「あのさ、ずっと気になってたことがあるんだけど、それを聞いてもいいかな?」

「え、うん。私に答えられることなら」


 絢さんが頷いたことを確認して、俺は身体を起こし心の隅でずっと引っかかっていたことを彼女に尋ねた。


「もしかしてさ、絢さん、地元でなにかあった?」

「っ!!」


 絢さんはビクッと身体を震わせる。

 喫茶店で話した時は気になりつつもスルーしたこと。

 これはおそらく絢さんにとってあまり聞かれたくない話だと思う。

 あの時はまだお互いに信頼関係を築けていなかったし、そんな人間が尋ねたところではぐらかされるに決まっていると思ったから触れなかったけれど、関係を築いた今ならもしかしたら話してくれるかもしれない。

 そう思って俺は彼女に尋ねることにしたのだ。


「もちろん、話したくないなら話さなくてもいい。ただ、これからもこの関係を続けていくなら、君のことをもっと知っておきたいなって思ったんだ。例えそれが辛い思い出でも」


 俺の本心を絢さんに伝える。

 彼女は何かを葛藤しているのか、俯きながら黙り込んでしまった。

 部屋のなかに流れるのは外の雨音だけ。

 その状態が何分か続く。

 その間に何度かゴロゴロと雷鳴も聞こえたけれど、絢さんは微動だにしなかった。

 やっぱりまだ聞けそうにないのかな。

 諦めて、話を変えようと口を開こうとしたその時、俯いていた絢さんの顔が上がった。

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