体調不良

 七月が終わり、八月も一週間ほど過ぎて夏休みも残り半分となった。

 前々から撮影していたドラマの撮影や新曲の収録やMV撮影のロケなど、仕事に追われる日々を送っていた。

 もちろん仕事だけではなく、絢さんとの稽古だったり、佐藤とカラオケに行ったり、仕事の後に龍や優斗とご飯に行ったりと楽しいこともたくさんあった。

 正直、今まで過ごした夏休みとは比べ物にならないくらいに充実していた。

 しかし、何事も過ぎたるは及ばざるが如し。

 充実しすぎている日々の代償が発生してしまった。


「ゴホッゴホッ」


 そう、風邪をひいてしまったのだ。

 日頃から体調管理には気を付けていて病気知らずの身体だったのだが、昨日の仕事終わりから一気に咳と身体のダルさが、そして本日とうとう熱が出てしまった。

 仕事にレッスンに稽古に遊びにと休む暇もなく稼働していた俺の身体は知らない間に限界を迎えていたようだ。

 体力が落ちて免疫力が下がった俺の身体はどこかで風邪の菌を貰ってしまったらしい。

 一応病院でお医者さんにも診てもらって薬を飲んで安静にしておけばすぐに治るとのことだ。

 なので、咲さんに連絡をしてリスケしてもらい今日一日はゆっくりと寝ることにした。

 身体の感覚でもそこまで重くはないし、ちゃんと栄養を摂って寝ていれば明日には復活すると思う。

 スケジュールもレッスンと雪月花のチャンネルで動画サイトに投稿する動画の撮影だったので、龍と優斗に俺の分まで頼むとお願いした。

 二人ともからお見舞いの言葉と任せとけという頼もしい言葉を貰う。

 今度あいつらにはお礼にご飯でも奢んないとな。

 そして最後には絢さんにも連絡を入れた。

 絢さんにも今日と明日の朝稽古は体調崩したから休みにしてほしいと連絡を入れて了承を貰った。

 あとはゆっくりと寝て治すだけだ。

 でもまあ、たまには何もせずに寝て過ごすのもいいかもしれない。

 最後にこんな風に一日中寝ていたのなんていつぶりだろうか。

 中学の時に一回あったかどうかだった気がする。

 あの時は実家だったし親が看病をしてくれた。

 でも今は一人だ。

 

なんか心細いな……。


 寂しさを紛らわすために、寝室のテレビを流す。

 ワイドショーから流れる人の声が心細さをほんの少しだけ和らげてくれた。

 それでもなんか物足りない。


「ゴホッゴホッ。あー、しんど……。ていうか、ご飯食べないと」


 ベッドからのそりと降りて、キッチンへと向かう。

 冷蔵庫を開けてお粥でも作るかと考えていると、チャイムが鳴り響いた。

 誰だ? なにか宅配でも頼んでたっけ?

 インターホンの画面を見ると、そこには見慣れた女の子が立っていた。


「え、絢さん? なんで?」


 俺は戸惑いながらインターホンを操作して、絢さんをマンションの中へと招き入れた。

 それからほどなくして、次は部屋の前のチャイムが鳴る。

 マスクを付けなおして、重たい足取りで玄関へと向かう。

 なるべく話は最小限にして早めに帰ってもらおう。

 そんなことを思いながら鍵を開けてドアノブに手を掛けた。

 扉を開けると、大きいビニール袋を携えた絢さんが心配そうな表情で立っていた。


「絢さん、ゴホッ、どうしたの?」

「どうしたのって、唯くんが心配でお見舞いにきたんだよ。一人暮らしだし、困ってるんじゃないかと思って。一応、スポドリとか料理の材料とか色々買ってきたんだけど」


 絢さんはそう言ってビニール袋の中身を見せてきた。


「あ、ありがとう。本当に助かる。でも、うつったら申し訳ないから……」

「それは大丈夫! ちゃんとマスクは持ってきたし、帰ったらきちんと手洗いうがいもするから。いつも凄くお世話になってるし、少しくらいは恩返しさせてくれないかな? 唯くんさえよければだけど……」


 彼女に風邪をうつしてしまったらと心配してやんわりと帰るように促そうとしたけれど、絢さんは看病したそうに一歩詰めよってくる。

 俺が断ればビニール袋を渡して帰ってくれるとは思うけれど、彼女の好意を無下にしてしまうほど、俺のメンタルは強くない。

 それに正直、この状態でご飯を用意したりするのはしんどかったので絢さんが看病してくれるのは凄く助かる。


「じゃあ、お世話になってもいいかな? でも、無理はしないで……ゴホッゴホッ」

「ああ、もういいから! ほら、私がお昼の準備はするから、唯くんはゆっくりと寝てて!」

「う、うん。ごめん。ありがとう」


 絢さんは俺を寝室に戻るように強めに促して、彼女はさっさとキッチンへと向かった。

 なんかもう勝手知ったる我が家みたいになってるな……。

 俺は苦笑いを浮かべるしかなく、彼女に従ってベッドへと戻るのだった。


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