「目覚めと不穏」

着せる物もないので、体の上に清潔な布をかぶせる。

彼はそれを見届けると、鎧を戻し、玉座へと座り、横たわる女性を見つめる。

僕は玉座に隠れるようにして、女性を見つめスケッチを始めた。

異世界から来た人間なんて、珍しいからだ。


スケッチを描きながら、僕はふと不安に思ったことを口にする。


「……こんな、華奢な女性が、僕らを助けてくれるでしょうか?」


彼は、それを聞いて少し考えるように唸った後。


「信じるしかあるまい、強き魂を呼び寄せる魔術、それをだ」

「はい、魔王様のお身体を犠牲にしたのです、強くなければ困りますね……」



不安になりながら、その女性を見つめていると、体がぴくりと動き、腕を伸ばす。


「んんっ……ふあぁ……」


女性的な欠伸をしながら、女性はゆっくりと起き上がった。

寝ぼけ眼を擦りながら、瞼をゆっくりと上に上げる。

その時、僕は初めてその人の瞳を、美しい瞳を見た。



珍しい黒い瞳、

何処までも吸い込まれそうな黒い瞳に、僕は一瞬にして心を奪われた。

その瞳で、彼女はあたりをきょろきょろと見渡し、彼の方へと目線を向ける。

瞳孔が見開き少し驚いた表情をするだけで、叫んだりなどしない。


(……魂を呼んでいるから、一度死んでいるはずなのに)


魂を呼び込む転移の魔術は、魂のみ、

つまり一度死んで魂のみの強い者を、呼び込む。

だから彼女は一度、死んでいるはずなのに、それにしては反応が希薄だ。

そんな事を考えていると、彼女が声をかけてくる。


「あの……ここは?それに、私は死んだ筈……」

「うむ、その通りだ。貴公は一度死んだ、

 だが私とここに居る彼が、貴公を蘇らせた」


彼は、威厳のある声で、彼女にそう話しかける。

彼女は、驚いた表情をするも、少し考えた素振りをして、また言葉を続ける。


「異世界転生……みたいなものですか?」


異世界転生、向こうの世界については、ほとんど記録が無い。

同じような概念があるのだなと、僕はメモを取った。

こんな機会滅多にないのだ。


「うむ、その概念に近いだろう。貴公とはまた違う世界、そこに呼ばせて貰った」

「……何故私を?」


彼女は、自分の何倍もある彼を見て、臆することなく話しかける。

肝が据わっている女性なのだと、関心しながら一言一句、メモを取っていく。


「今我々、魔王軍……といっても、もう二人しかおらんが。

 ともかく窮地にあるのだ」


彼は、一拍おいてから、玉座から降り、片膝を着く。

彼女へと手を差し伸べ、救いの手を請った。

魔王とは思えないほどに、美しく潔い行為だ。


「共に、この魔王国に再度平穏を、共に戻して欲しいのだ」


真っ直ぐに、鎧の顔を彼女に向ける。

ここで断られてしまったら、元も子も無いのだ。


彼女は……首を傾げ、少し考えた後、掛かっていた布を持ちながら、

ゆっくりと立ち上がり、彼へと近づく。

そしてその手に、華奢で無垢な白い手を添えた。


「えっと、私で、よければ」

「おぉ……我らを救ってくれるか、救世主よ」

「その、一度死んだところから、生き返らせて貰ったので」


そう言って、彼女は軽くお辞儀をした。

礼節正しいその姿は、とても美しく魅了される。

僕は彼女の言動を、隅々まで、記録していった。


「う、うむ。そういえば、足早に事を進め過ぎて、名を名乗っていなかった」


彼は、軽く震える手を戻し、立ちなおして、改めて自己紹介をした。


「我はシュヴァリエ、魔王なり、と言っても二人だけの王国だが」

「ご丁寧にありがとうございます、私は花城ひれんです。よろしくお願いします」


そう言ってにっこりと笑う。

彼の方を向いていたが、僕の方を向くと、ゆっくりと近づいて、目の前に立たれる。彼女は僕よりも大きく、そして……美しい。

布一枚のみで、目のやりどころに困った僕は、メモ帳で顔を隠した。


「えっと、貴方は…?」

「あっ、えっと……カ、カルマンテ!です!

 魔王様の側近で、薬学と料理を研究してます!」


僕がぎくしゃくに、自己紹介をすると、彼女はふふ、と柔らかい笑いをして。


「よろしくお願いしますね、カルマンテさん」


そう、柔らかな声を僕にかけた。

なんて返せばいいだろうか?そんな事を考えていると、

彼女がまた僕に向けて、声をかけてくる。


「お顔、よく見せてくれませんか?」

「へっ!?あっ……は、はいっ!」


じたばたと手を動かしながら、メモ帳を顔からどける。

彼女は、僕の顔が見える様に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

あの黒い瞳で、僕の事を物珍しそうに、じっと見つめてくる。

僕はそれに顔を、長い耳を真っ赤にした。


「あら……ふふ、可愛い人」

彼女は自分の指を唇に当て、ふふと微笑する。

そして、ちらりと、舌なめずりをした。


「……?」


一瞬、背筋がゾッとする。

何だろうか漠然とした恐怖感が、背筋を通った気がした。


「どうしました?」

「うむ、その、カルマンテは女子とは、絡みが無かったのだ。

 それくらいにして欲しい」

「あっ……そうだったのですね、すみません」


僕にぺこりと一礼すると、彼の方へと歩みを進めた。

僕はただ彼女の美しさと、先ほどの漠然とした恐怖感で、


体が、動かせなかった。

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