第30話 葛藤
魔人の意識が大半となり、目に付くものを殺すと、すぐに何もいなくなってしまう。
彼は考える。これではいけない。
楽しみを少しでも、長く続けるために、手加減をする。
それにより、人々は致命傷を与えられず、生かされる。
だが、それのおかげで、逃げ延びる者が増えた。
噂が広がり、恐怖に駆られ、多くの人々はすべてを投出し、帝都から逃げた。
あれは決して興味本位で、見に行ってはいけない。
あれと会ってしまうと、殺される。
あれが居る、広場には近付くな。迂回しろ。
それでも幾人かは、のぞきに行き捕らえられた。
生きたまま食われる。
おぞましさと痛み、そして後悔……
そうして、多くの人々は帝都から逃げたが、やはり、住み慣れた家。
数割の人間は、帝都から脱出をせずに、とどまっていた。
息を潜めて、魔人が帝都からいなくなることをただ願う。
だが、潜んでいることが判っているからこそ、魔人はとどまり続ける。
得てして、世の中とはそうしたもの。
自分が望むように、物事は動いてくれない。
そして日に数件、家が壊され、巣から引っ張り出される餌達。
家族が目の前で少しずつ壊され、食われていく。
それを周りの建物から見ている視線。
逃げれば良いのに、怖くて逃げられなかった。
そんな恐怖と戦った、一月程度。
そして、転機はやって来た。
そう、地方へ行っていた軍が帰って来た。
「今しか無い。どさくさに紛れて逃げるぞ」
窓から外を見ていた彼は判断をする。奥さんと子どもに向かい意思を伝える。
「でもあんた、軍が倒してくれれば」
それは理想的な希望。だが……
「無理だ。奴を倒すのは、人間じゃ無理だ。いま逃げないと、機を逸してしまう。それに、こうやって潜んでいたって、いずれ捕まる。夢を見ないで逃げるんだ」
そう、そんな聡明な市民もいた。
ただ、奥さんと同じ様な、考えも多かった。
住み慣れた家を離れて、今更新天地で、新たな暮らし? どうやって?
そんな、命に比べれば些細な不安。
軍が何とかしてくれる。
きっと大丈夫。
根拠のない希望を持ち、留まってしまう。
その不安は、自身の命よりも重要かどうか、それを彼らは考えられなかった。
逃げる自分たちと逆。次々と突っ込んでくる、自軍の兵。
逃げろと声をかけたい。でもそれを聞かれたら……
彼らは軍の流れに逆らい、町の外へとひた走る。
中に入っていく軍。それを見ているフレーベ侯爵。
やがて軍の流れを避けながら、市民達が出てき始める。
軍を横目に、彼らは止まることなく逃げていく。
「おい、話しを聞いてこい」
「はっ」
多くは無視をされるが、帝都から出られて気が緩んだのか、話しをしてくれるものを見つける。
「一月ほど前、王城が吹き飛んだ。そこからあの黒い奴が出てきて…… 皆を襲い始めたんだ。兵や騎士達も一発でやられちまった。悪い事は言わねえ。あんたらも、逃げられるなら逃げろ。あいつを見てしまうと最後だ…… 忠告はしたからな…… おっと軍なら食料があるだろ。少し分けてくれ」
意外としっかりした者だったようだ。
「いま抜けるのは厳しいが、自分の命も大事。死んじまうと報告が出来ないからなぁ」
ぼやきながら、ちゃっかり男は、デルヘーストの町へ向かう。
そう、彼はオネスティの手の者。
見張っていて、逃げる事が出来なくなり町に留まっていた。
かくまって貰った、未亡人と娘を連れて逃げる。
一月の間に、娘と仲良くなり、デルヘーストの町で暮らそうと考えた。
まあそれがあるから、二人も家を出たのだが、以外と余所で暮らす不安といものは大きいようだ。成れた暮らしを手放すのはどうしても……
「そういう事で、帝都は近寄ると危険状態です。国境にいた軍が戻ってきて、いま餌になっていますから、しばらく動きは無いでしょう」
「そうか。ご苦労」
オネスティは、鍵を取り出す。
「夜とぎですかい?」
「バカだろ。お前達はどいつもこいつも。そんな趣味はない。おまえが言っていた家の鍵だ」
眉間に皺を寄せ、嫌そうにオネスティは鍵を渡す。
「ありがとうございます。場所は?」
受け取って、真新しい鍵を眺める。
「さっき馬鹿なことを言った罰だ。自分で探せ」
「ええっ? 殺生な。オネスティ教えてくれよぉ」
彼は、カール。つまり昔からのダチだ。
オネスティの手伝いで、諜報をやっていた。
今回の報償に、家をたのんだ。
無論あの娘と暮らすため。
母親も付いてきているが仕方ない。
どうしても、オネスティが言ってくれないため、ニクラスに聞く。
いまニクラスは、オネスティの右手として動いている。
「ああ。それなら、新興の住宅地だ」
頭の中で、思い出す。
「あそこか。それで何処なんだ?」
「鍵に番号が付いているだろ。入り口に案内板がある」
「なるほど」
どうやら、自分で探しても、たいした手間では無かったようだ。
「ううん。オネスティったら。お茶目なんだから」
などと言いながら、家を探しに行く。
「さあてと、魔人君をどうしたもんかなぁ。ニクラス。俺死にたくないんだが、どうしよう」
オネスティでも、怖いものは怖い。
作ってみた武器は有るがしかし……
爆弾で手足がもげかかった話しは聞いた。
だが不安。
「だけどお前が倒さないと、この世界の安寧とやらが来ないんだろう?」
「それはそう……」
「まあお前が先に死んだら、後のことは見られないし、心配しなくて良いんじゃ無いか」
「それは、そうだなぁ。でも、死ねなかったらどうしよう。カールが言うには、生きたまま食うのが好きみたいだぞ」
情報を伝えると、流石のニクラスでも嫌そうな顔になる。
「それは痛そうだな。毒いるか?」
「持っておこうか」
前に発見した、トリカブト。
魔人に食わすために採取をした。
やばそうなら、自分でも飲める。
「死にたくないなあ……」
「あれ? ママん。オネスティは?」
「おや、聞いていないのかい? いま帝国の拠点に行っているよ」
「―― 僕って要ります?」
「オネスティは動き回らないといけないからね。良いじゃ無いか王に成れて。この国の王は楽だろ」
「ええ、まあ」
普通の王と違い、何もすることが無い。
勝手にすべてが決まっていく。
それどころか、今何が起こっているのか僕は知らない。
オネスティに聞くと、「知らなければ漏洩もない…… 安全優先」
王は代表なのに、それで良いのかと。そう思いながら、今日もウェズリーは王座に座る。
「うむ。良かろう…… 後に精査する」
書類を受け取り、そう答える。
それが僕の仕事……
給与は、月に金貨一枚……
王って意外と安月給……
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