第22話 帝国は忙しそうだから、その間に……

 両方面から惨敗の報が入ってくる。


「何をやっておる」

 宰相リヴィオ=アレッサンドロが、頭を抱えながらため息を付く。

 そして、速やかに軍の再編を命令する。


「流石に捨て置けんな」

 そんな事を言いながら、軍団長ブラット=バクスター侯爵が立ち上がる。


 兵を招集して、普段の倍以上を双方の国へ向かわせる。

 エルドランド王国方面へ五千人。

 エッカルト王国方面へ五千人。


 それにより、メーヴィス王国で遊んでいた兵も招集される。

「まいったなあ。戦争かよ」

 ぶつぶつ言いながら、メーヴィス王国方面から帝国方面へ兵達が引き上げてくる。



「何か異物が、紛れ込んでおるな。我が楽しみを崩すとは、おろか……」

 均衡していた戦力が、いきなり崩れてしまった。

「何か、仰りましたか?」

「いや。何でも無い」

 そう言ったまま、皇帝カリスト=ウルバーノは黙り込んでしまう。


 宰相リヴィオ=アレッサンドロは、数年前から皇帝が恐ろしくてたまらない。

 昔は、聡明で明るく。良い子だった。

 即位後、いきなり変わってしまった……


 皇帝は、即位後。帝都の改築を行った。

 その時、一つの小さな碑を破壊する。

 そう、たったそれだけ。


 その後、妙な夢を見始め、十三日後。黒い影に食われた。

 そう。本当に食われてしまった。

 封印された碑は、前時代の強力な物だった。

 封じられていたのは魔人。


 元は人だったが、力を求め。触れてはいけない禁忌に触れた。

 それは、強大な力。

 言わば、魔法ともいえる力を得る代わりに、人の心を失い、凶悪な人類の敵となってしまった。


 そう。自分以外は、矮小なコマ。

 暇つぶしのために適当に動かし、破滅する姿を見て楽しむ。


 そうアリの行列を俯瞰し、フェロモンの道を切ってしまう。

 そして道を見失い、慌てふためく姿を見て楽しむ子供のように……


 それに気が付いた神は、昔、人に知識を与えて、封印した。


 だが、今回それを破られたことに気が付き、神は偶然にもこの世界に紛れ込んだ異物にその力を与えた。

 むろん本人は気が付いていないが、対峙したときには、その力が封印を解除され、発動する。

 だが、本人はそれを知らない……


 そう、すでに神による予定調和は成されている。

 その大いなる流れに乗っていることは当人は知らず、知恵を絞り。あがく。


「ねえ。今日は、私」

「そうか…… たまには、一人でゆっくりと寝たいな…… なんて……」

 困った顔で言ってみる……

 疲れていようが、こっちのことは関係なく、誰かがやって来る。


「私のことが、嫌いなの?」

 じっと見つめられて、そんな事を言われては、優しい彼は否定など出来ない。


「いや、そうじゃ無い」

 一度、手を出せば、それは共有されて広がった。


 優柔不断は己を追い込み、体力の限界を知ることになる。


「ブラックじゃねえかぁ」

 だが。ヘタレなマジシャンは、優柔不断さをこじらせ、女の子の誘いを断ることもできず。順に相手をする。

 せめてもの抵抗は、先に寝かしつけること。

 そうすれば、ゆっくり寝られる。


 すべてのことに凝り性で真面目な彼は、技を考え、相手の反応を見て、その技を昇華させる。

 マジシャンは、手先の器用さと人の反応を見るのが得意。

 ゆっくり寝たいがため、彼は立派な、たらしともいえる技を覚えていく。


 この星に、愛をばら撒く。

 それは、使命か偶然か……

 だが、彼の予想に反して、お相手を願う者が増えてくることになる。

「ねえ。私たちだけじゃ、満足させられないようなの。あなたもオネスティの相手をなさい」

 そんな勧誘が、広がっていくことをオネスティは知らない。


 そうすべては裏目。自業自得ともいえる。

 せっかく相手をしたのに、先に意識を飛ばされた彼女達は焦った。

 私では彼のお相手が、満足に務まらない…… 絶望の中で、涙をこらえて、他の子に託す。オネスティのために……



「両国が頑張ったおかげか、メーヴィス王国内の帝国兵は、数を減らしています」

「よし。王城へ攻め入るぞ」

 オネスティはあらかじめ、王都近くの村々に、武器を与え、決起の合図を待てと通知していた。

「よし行け」

 連絡員達が、周囲の村に散らばっていく。


 実は引き上げる帝国兵達も、農民達の反応が、変わっていたことは知っていた。

 前は、自分たちの姿を見かけると、目を合わせず、こそこそと逃げていっていた。


 ところが最近、ふとしたときに視線を感じる。

「この辺りで、誰か娘を攫ったか?」

「もうどこもかしこも、年頃の奴らはやっちまった。今じゃ食いもんのためにすぐ股を開くじゃねえか」

「そうだよなぁ。でも最近視線を感じるんだよなぁ」

「まあ、恨まれてはいるんだろ。すぐに本国に帰れって言う通達は来ているし、問題ないだろ」

「それもそうか……」


 村々に伝令が走る。

 闇に紛れ、農民達は武器を手に走り始める。

 自分たちの夜明けを求めて……


 そして王城への決起は、真っ昼間に行われる。

 むろん、異変を帝国に知ってもらうためだ。


「いいか、帝国兵を幾人かは逃がさなきゃいけないが、兵装の奴らは皆殺しでいい。密告者は、普通の格好をしているからな。そいつらは逃がせ」

「分かった。一〇年ぶりで練習をして体が痛え」

「ああ、俺達もだ。酒を貰っている。決起の為だそうだ。第三王子オネスティ様に感謝をしろ」

「第三王子オネスティ様が王になるのか?」

「いや、予定では、第二王子ウェズリー様が王位に即くそうだ」


 そんな話が決起前に、おおっぴらに流れていた。

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