第17話 自分で造る

「契約をしている問屋がある。勝手に流せるわけないだろう。そんな事をしてみろ、皆が大挙して買いにくるだろ」

 その店の親方は、呆れた顔でそう言った。


「いや、結構遠いし、来ないだろ……」

「バカやろう。来るんだよ。お前みたいな若造が知らんだけだ。ほら帰れ」


 街道を上がってきて、一番近い工房。

 結構店構えがよく、綺麗そうだったのに。

 親父は偏屈で綺麗じゃなかった。


 周りの馬車に、荷を積むのは問屋の人だろうか? 薄ら笑いを浮かべて、こっちを見る。


『ふん。ど素人が、明後日来やがれ』とでも思っていそうだ。

 だがしかし、腐っても元工学部の学生。情報系だけど。

 鍛冶の基本くらいは、ゲームで覚えた。

 素材を指定して、炙って叩けば剣ができる。

 後はスキルさえあれば……


 後は、宝具……


 いや、真面目に行こう。この世界にそんなものは無い……

 パンクな神様が、適当なことを投げてくる世界。

 まずじっと見て、物理や科学的法則が地球と違わないことを確認しよう。


 商業ギルドに行って、窯付きの家を購入する。

 なるべく、安いところ。

 居抜きで使える家がいい。


 そこで、おやっさんが言っていたのが嘘だと知る。

 拘り鍛冶師達が集まり、此処で鍛冶を始めたが、造るだけで全く売れない。

 だがその日が食えれば、他は気にしない連中。夢中で造っていた日々。

 そうは言っても限度はある。


 そこを救ってくれたのが、火の国屋と言う商人。

 重い武器や防具を、嵐や盗賊達にも負けず他の町へ運び売ってくれた。

 そして、彼が帰りに買ってきてくれた食料や酒で、鍛冶師達は生き延びた。


 そのため彼らは頭に乗り、商人に商品を渡して、高値で売るように依頼し始めた……

「と言う事なんですけれどね。実際は、皆バカですから…… 自分の造った剣の価値も知らないし、酒一樽で剣十本とか渡しちゃうし…… 困っているんです」

 そう言って、商人ギルドのお姉さんが泣いていた。


 ちょっと、お年を召したと言っても、二十五歳くらいだろう。

 少しのお怒りと呆れた表情を見せる。カウンターに頰杖ほおづえをつき、ぼーっと入り口を見る横顔。少し色気のある憂いを感じさせる瞳。


 思わず……

「頑張って」

 そう言って、最近作り始めた水飴を渡す。

 それだけで、ころっと落ちたぜ。


 説明通りに、水飴へ二本の棒を突っ込み、かき混ぜると、恐る恐る口に入れる。

 すると、口腔に広がる甘み。

「んんー。ああっ」

 驚き、目を見開く。そして、蕩ける表情。決して女の子がしてはいけない顔。

 棒を何かのようになめ回す。


 くっくっくっ。

 そうだよ、平民にとって甘みは夢。

 串焼きの横で売り始めた。


 一度口にすれば何も言うこと無く、それだけで理解できる。脳みそを揺さぶる甘み。この体験をしてしまえば、女子供達は、なけなしの金を持って、ゾンビのように求めて来る。

 芋などのでんぷん類に、水と少量の大麦麦芽粉とか大根の酵素を入れて、煮詰めて作る。小学校だったか中学だったか、子供科学教室で作った記憶が役に立った。


 人が妄想中も、すごくいやらしい感じで、木の棒をなめ回すお姉さんから、格安で二軒の窯付き物件を買う。


 人数が増えたので、二軒を買い、壁をぶち抜く。

 いや目を離したら、抜かれた。

 トンカンと適当に通路が繋がれる。


 家は谷に面していて、崖っぷち。

 見えてている玄関部分は三階という。まあ恐怖物件だな。


 そして陸側、つまり、道の下に窯が造られている。

 岩をくりぬいて、耐火レンガで形を作っている。

 これなら、高炉と同じ感じで、火を点ければ勝手に空気は吸い込まれて、温度が上がるだろう。

 ふいごも付いているが、最初だけで良さそうだ。


 そして、山と積まれた石炭と、鉱石。

 商業ギルドが管理をしているが、鉱石は利用自由。

 出来上がった鉄製品の重さを申告をして、月一精算をするらしい。


 石炭は近くで採れるらしく、ただ同然。

 薪の方が高い。

 そして、泥炭も近くの高原部分の湿地帯で採れるらしく、乾燥されて積まれていた。


「とりあえず、石炭をコークス化しよう」

「コークス?」

 疑問はある様だが、窯の中へ石炭を積み込み、蒸し焼き。つまり、炭を作る要領で、石炭の燃料としての性能を高める。


 あの唐変木なオッサン達は、多分千度くらいの火だろうが、こちらは一千五百度くらいまで上げられるはず。

 問題は、レンガが耐えるかどうかだが、この岩で造られた窯自体も熱の変化で壊れそうだ。一応、チャートぽいから、途中にあった花崗岩よりはましだが……

 この分布なら、昔海だったところに、噴火口ができた。

 そして、隆起してこの山ができたのだろう。

 地層が、斜めに立ち上がっているし。

 


 高い山と、深い谷。地層の境目が割れ、弱いところが流され作られた険しい光景。


「よし、卓上レベルで良いから工作機械を造る」

 そうして俺は、此処に数年籠もることになる。ああいや、気が付けば二年経っていた。 一発作った工作機械を基本として、精度を上げて、さらに高精度のものを組み上げていく。


 そのおかげで、マジックはできず、ジャンナ達のおつまみとしての串焼きと、ニクラス達の冒険者活動。そして麦を買ってきて、泥炭で燻製。造った酒を蒸留して樽につめて熟成する。

 人数が増えたから、色々なことを並行して進める。


 そういえば、うちで造っている酒は、偏屈な親父達から、武器を譲って貰うための重要な品物。

 だったのだが……

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