第3話 悪ガキ達
持ち出した金は、調印当初へと遡る。
奴らは、我が国から通貨を取り上げた。
そう、こだわりの純度九十五パーセント以上を誇っていた、国の貨幣と交換に、持ち込まれたのは、帝国製粗悪貨幣。
金貨のくせに、錆びるほどの混ざり物が加えられた粗悪品。
初期の一年ほど使われたが、帝国の商人が国境で両替せず、本国に持ち帰り、流通させた。
当初の為替レートは、十対一くらいだったようなので、商人は大もうけだっただろう。
だが、流石にそれが問題となり、今流通しているのは、レートが五対一で、真っ二つにされた硬貨。
切り替わったときに、全部回収されたはずだが、王家の隠し金庫に積んであった。
馬鹿な王国の重鎮だが、流石に金鉱山や銀鉱山についても情報は封じている。
何かを考えては、いるのだろう。
目の前に積まれている、現在は使えない貨幣。
帝都に忍び込み、入れ替えれば良いだけ。だが、リスクが高い。
道中も商人達には護衛がいるから、俺達では歯が立たないし、持っているだけでおそらく死罪。
こそっと、流通している貨幣の中へ紛れ込ませたい。
そして、広がったところで噂を流し、帝国の失墜を誘う。
考えた末、手間だが、少しずつ宿場の宿辺りを狙い、少しずつ交換をする。予定。
今は、泥を付けて、錆びた貨幣を洗っている。
十年足らずで、きっちりと錆びていたからだ。
泥は、研磨剤として使える。
手を動かしながら、その間に、手順を考える。
荷車と宿の周囲にも、絶対護衛がいる。
人通りがあるため、通りかかるくらいなら大丈夫だが、入れ替えてとなると、中を見て、数を確認をして入れ替えることになる。
時間、それを稼ぐ必要がある。
大商いでは、手形も存在するが、王国と手形を使う馬鹿はいないだろう。
そして宿では、少額なら持って上がるだろうが、硬貨はかなり重い。おそらくだが、馬車に備え付けた鍵付きの宝箱に放り込み、積みっぱなしだろう。
中身は大抵、小分をして革袋だろうから、確認が必要だ。
鍵については、この世界で見たことのあるものは大体、ウォード錠だったから、
ウォード錠は良くある鍵で、棒の先端部分が一本か二本突き出て、凸凹になっている。
そう、ファンタジーな鍵だ。
L字にした、針金があれば、開けられる。
まあ、基本的な作戦は、騒ぎでも起こしてフィジカル・ミスディレクションで、護衛たちの目を釘付けにして、その間に何とかして貰おう。フィジカル・ミスディレクションというのは、『あっUFOだぁ』そんな声と、指さし。そして視線で、他の人の意識をそちらに向ける行為。
ただやり過ぎると、騒ぎが大きくなりすぎる。
思考の海に沈んでいると、背後では悪ガキ。スヴェトたちが、俺の変化について話していたようだ。
「なあ、どう思う?」
「確かに雰囲気は変わったが、オネスティはオネスティだ。本人が言うとおり、大人になったんだろ」
スヴェトがそう言ったら、ジャンナがすごい勢いで食いついてくる。
「えっ? 誰としたの?」
「エッチの話じゃない。そっちはまだだろ。あいつ変に恥ずかしがるからな」
「王族なら着替えも侍女がするはずなのに、変わっているよな」
「まあ王子だと聞いたときは驚いたが、ダチはダチだ。あいつのおかげで俺達は生きていける」
「そうだな」
うだうだ言っているのは、悪友達。今回、計画に引っ張り込んだ。
男が八人。女の子が四人。
こいつらとの出逢いは、悲惨だが、この国では良くある話。
オネスティと最初に出会ったとき、俺達は盗みをして、殺されかかっていた。
そんな俺達を救ってくれたのが、オネスティだった。
その時、一人は死んじまったが……
俺達みたいな、親のいない子供の命は軽い。
親は、帝国兵に殺されたり、母親に捨てられたり、色々だ。
その日、畑から芋を盗んだのが、運悪く見つかった。
俺、スヴェトとイサーク共に、七つくらいだったと思う。
「このガキども。せっかくの芋を。返しやがれ」
声と共に、いきなり拳くらいの石がとんできて、一緒にいたレナートの頭を直撃した。
レナートは、俺達より少し小さかったが、正直、正確な年なんか判らない。
石を食らい、ぶっ倒れて、痙攣を始める。
俺達は、レナートを置いて逃げることができず、走ってきた農民のオッサンに捕まり、殴られ、蹴られた。
まずった。絶対死んだ。そう思ったときに、気の抜けた声が聞こえたんだ。
「こらやめろ。そいつ死んだぞ」
「それがどうした。こいつらは、芋を…… あんた貴族か」
そう、この頃はまだ、貴族の威光が多少残っていた。
「これで許せ」
最近出回った、半分にされた銀貨。それを一枚出す。
「ああ。なら、まあ良いだろう。そのガキは死んだか?」
農家のオッサンが確認しようとしたとき、二人の声が重なる。
「「さわるなぁ」」
獣の様な目で、オッサンを睨む。
「ちっ。死んだらきちっと埋めとけよ」
そう言って、立ち去るオッサン。
あの年なら、幾度か従軍経験があるはず。
殺すのも殺されるのも、人の死など見慣れている。人が死ぬのは当然のような目。
「ちょっと見せてみろ」
俺が言っても、目は怪訝そうだが、噛みつかれはしないだろう。
首と、手首。脈を取って見たが、脈はすでに無く、口からは泡を吹いていた。
「頭に怪我を負うとこうなる」
戦争に行った兵の症状は、症状別に書類として王城内で管理されている。
戦争時、見捨てるか、連れて帰るかの判断のために、上位の役職に就くものは、小さな頃から教えられた。
「もう…… 息もしていない」
俺が伝えた後、確認をしていた男の子が、こちらを見上げて報告をしてくる。
「そうだな。おれは、オネスティ。こいつは?」
そう言って、亡骸となった体を指さす。
「レナートだ」
「手伝うよ。山へ埋めよう」
そう、この国。何かと山へ埋める。
「いいのか?」
「ああ」
山へ行き、深くは掘れなかったが、見晴らしの良いところに埋めた。
ほんとうは、二メートルとか三メートルは埋めないと、獣に掘り返される危険がある。だが仕方が無い。
オネスティと言ったこいつは、何かぶつぶつと、お祈りをしてくれた。
「仲間でお祈りをしてもらったのは、コイツが初めてだ」
そう言いながら、涙が流れ…… 止まらない。
「さっきまで、元気だったのによぉ」
二人とも、思い出したのだろう。
数時間前には、元気でしゃべっていたんだ。
石ころ一つ。人間は脆い……
「ああ、だけど…… 最後は皆同じだな。何でも良いけれど、お腹いっぱい食べたいね…… だな」
畑に入る前に、彼が残した言葉らしい……
それを聞いて、俺はこいつらに猟の仕方や魚の捕り方。
食べられる草も教えた。
オネスティは将来、兵を引き連れ、戦争に行くため、子供の頃から色々なことを教え込まれていたようだ。
それから後、猟などに参加する仲間が増え、皆とオネスティは友達になった。
よく笑う、人の良い奴だった。だが、数年後から、奴は荒れ始める。
「王族はくそだ、貴族もくそだ。こんな国滅んじまえ」
そう言って……
それからは、一緒になって悪さをし始めた。
だが今、一生懸命に金を磨く奴は、表情から棘が消え、出会った頃と同じ匂いがする。
なぜか嬉しくなり、イサークと笑ってしまった。
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