メーヴィス王国は騙された。

久遠 れんり

第一章 メーヴィス王国の没落と少年

第1話 王国の没落と天命

「おにいちゃん。おなかすいてるの?」

 絶望に沈み、道ばたで座り込んでいた俺。


 その声で、暗雲立ちこめる俺の心が晴れる。

 だが…… 声の主を見て、再び心に冬がやって来る。


 ガリガリに痩せ細った幼女。

 彼女が差し出すのは、落葉樹の甘皮あまかわ。柔細胞と呼ばれ、堅い外樹皮の内側に在り、よく鹿などが囓るところ。

 慢性的に食べるものが無く、そんなものを囓っているのだろう。


「おにいちゃん。お腹がすいて…… いないわけでもないけれど、大丈夫だから」

 話ししていると、彼女の背後へやって来たのは、母親だろうか?


「フィヤ。そいつは貴族よ。石でも投げて追い払いなさい」

 貴族ではなく、王族だが、言えば火に油を注ぐだけだろう。


 心の中に、寒さだけではなく、雪まで降ってきた。

「ああいや。これをどうぞ」

 たまたま、台所から盗み。持っていた干し肉を差し出す。

 母親はひったくるように干し肉を奪うと、彼女の手を引き、逃げて行ってしまった。


 そう、我が国メーヴィス王国は、馬鹿な大人達が毒まんじゅうを食らい。この状態になった。

 メーヴィス王国は、騙された……


 完。


 ―― と、言うわけにも行かないか……


 俺は、第三王子のオネスティ十五歳。元は、手島 真武てしま まなぶと言う日本人だった。

 思い出したのは教会で、さっき受けた、本洗礼の最中。

 王族や、貴族は成人をすると、よく分からないが教会に行き、それを受ける。


「あー。空が青い」

 立ち上がるついでに、思わず空を仰ぐ。

 朝と変わらず、おまぬけで、くそ暑い七月の良い天気。

 ここでは火の季節と呼ばれる。火の季節一の月。

 三ヶ月をひとくくり。

 秋は、土の季節。

 氷の季節。

 木の季節。この四つ。


 空には、同じように月があり、多分三十日で満ちかけをする。

 それを三回で、季節が一つ回る。


 気分的には、雷雲でも出てきて、吹きすさんでほしい。

 それだけの、ショックを受けた……



 ――洗礼の途中。


 突然声が聞こえた。

『魔人を倒し、この世界に安寧を取り戻せ』

 男の声だが、ハイトーン。髪の毛を立て、突き抜けるようなハイトーンで歌えば似合いそう。その言葉と同時に、前世の記憶が蘇る。


「ぐはっ」

 聖なる水で、清めの最中に苦しむ。とっても怪しい奴。

 その場で、緊張が高まる。


「すみません。鼻に入って……」

「儀式の最中です。静粛に」

 神官さんの冷たい目。

 何とかごまかせたが、周りで、「第三王子はやっぱり」などという声が聞こえる。


 そう、記憶は残っている。

 第三王子だからと、ある時期からほったらかしにあい、悪ガキだった。

 勝手に城を抜け出し、盗んだ馬で走ったり。侍女のスカートを捲ったり……


 この世界。下着はまだ、短いふんどしみたいなものだが、たまに穿いてなかったりする。


 だけど侍女たちも、相手が王族の場合。

 お手つきになると、家ごと面倒を見てもらえるから、文句も言わないし。


 この世界、そうでなくとも、基本おおらかなんだよな。

 トイレも一応あるが、侍女達は庭の端で、しゃべりながら適当にすましていたりするし。

 最も、トイレに溜まったモノも、業者が山へ埋めに行くらしいから一緒と言えば一緒。

 中世フランスみたいに、窓から捨てるようなことは流石にしていないから、それよりはましかもしれない。


 多分魔法は無く、剣の世界。

 だけど噂では、精霊のようなスピリチュアルなものは、居るらしい。この辺りでは見ないが、モンスターも……


 ここは、メーヴィス王国。

 大国シュプリンガー帝国の属国……


 ここから、第三王子オネスティが十五歳の成人を機に、神からの天啓という、無茶振りをもらい。

 何とか大陸を統一し、善政を敷き、近代化を進めた偉大なる王となる物語が始まる。


 人呼んで『希代のペテン師』…… 誕生の話である。



 元日本人の手島 真武てしま まなぶ

 大学の時、モテるという理由で、大学のマジックサークルに所属。だが、彼は本来の目的を忘れるほど、どっぷりハマる。


 かといって、いきなりコンテストや、ショーなど開けない。

 彼は、工学部と言っても、会計寄りの情報処理学科を取っていた。

 授業のコマによっては、経済学部で受ける。

 そう。経済には、以外と女の子が多い。


 だが入学時の思いを忘れ、マジシャンへの道を突き進むことになる。

 大学の在学中から、マジックバーなどで営業をする。

 だが、当然ギャラは安く、年中金が無い。彼は、マジックアイテムも手作りしていた。


 そんな彼だが、大学を卒業後も、人の良いマスターの手伝いをしていた。

 童貞歴二十三年のある日、マスターのところに怖いお兄さん達が現れ、借金の形に命を差し出すことになったマスター。そのとばっちりを受ける。


 怖い人達に囲まれ、強制される、初めての大マジック。

 水槽からの脱出……

「脱出できたら、見逃してやる」

 言質はとった。

 だが……

 種も仕掛けもなしで、本番ぶっつけ……


 『もっと人を喜ばせたかった。俺のマジック…… もっと可能性があるはず……』

 消えゆく意識の中で、おれはそう考えた。そう、強く……


 無事、事故扱いになったようだから、彼の保険は、親に行っただろう。


 王城の自室。その晩、彼は考えた。

「魔人はとりあえずおいといて、帝国を倒さなければ、貧乏のままだ。何もできない」


 彼の思うとおり、この国は帝国の属国。自由はなく。飼われている存在である。その状態では、王族と言っても金は無い。

 当然、この国に、武力などは存在しない。


 国内で、うろうろしている兵は、すべて帝国兵。


「おい。上手く当てろよ」

「任せておけ」

「ついて行きますから、お父さんを離してください」

 父親は柱に結ばれ、兵達に矢を射かけられている。

 その脇で泣いている年頃の娘。


 この国では、良くある光景だ。


 なぜこんな事になってしまったのか?

 毒まんじゅうを喰らったのには、理由がある。

 そこには、帝国との長い戦争と、疲弊した国民。

 そして王族。


 そう、あの時は、全員疲れ果てていた。


 小国では、専任の兵など雇えず、農民達が兵を兼ねる。

 すると、戦争で男手は減り、農作業にも困ることになる。

 貧困と、食糧難は国を蝕んでいく……


 そしてまた戦争。

 兵は弱く…… 辛い戦い。


 そんな時に、いきなりやって来た講和の使者。

 王国の上層部は、深く考えずに受け入れることになる。戦争が終わる。それだけを望みに。

 その、甘い毒の入ったまんじゅうを、手に取り。食べてしまった……

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