君の声が聞きたい
ぬヌ
どこかの家、引き出しに仕舞われた一枚の羊皮紙
こんなことを書くのは僕らしくないと、君に笑われてしまうだろうか。
この時期になると、夢を見るんだ。
君の夢。
太陽のように眩しい、君の夢。
あの笑顔が忘れられない。
手の温もりが、優しい言葉が、その記憶が、僕の心をそっと撫でる。
それと同時に、チクリと痛む。
胸が、心臓が。
君の輪郭を思い出す度、その姿が鮮明になる度、どうしようもない寂しさが満たす。
君はどこに行ったのだろう。
どこまで行ってしまったのだろう。
それを確かめる術は、僕にはない。
最後に愛を交わしたあの瞬間、君は遠くへ去ってしまったが、君は何を思っていたのか。
幸せな時間というものは、往々にして一瞬で過ぎ去るものであるが、君の残した後味は、僕の記憶に刻まれている。
何年も経とうとしているが、未だ鮮烈に覚えている。
しかし、薄れゆく思い出は確かに存在していて、やがて僕は、君の肌の温もりを忘れてしまった。
君の香りは、その眼差しは、いったいどんなものであったのか。
口元に残った甘さだけが、君の影を覚えている。
焼き付けたはずのあの笑みさえも、僕の底にある記憶だけが覚えている。
夢で見る君はきっと、僕の記憶の中の君。
でも、本当の君を覚えているのは、君の記憶の中の僕だけ。
次第に消えていく君の形に、夢で見る君に似た何かに、僕は怖くなる。
このまま全てが、記憶の海の底に沈んでいくんじゃないかって。
僕の夢に、『君』が完全に侵食されてしまうんじゃないかって。
それが、堪らなく恐ろしい。
……叶うなら、今直ぐに君に会いに行きたい。
『その時』まで待てなくて、君にどうしても会いたくて、早めに来ちゃったんだって。
冗談っぽく笑いながら、君に伝えたい。
君はどんな顔をするかな。
来るのが早すぎだって、『私との約束』はどうしたんだって怒るかな。
でも、なんだかんだ言っても、最後はきっと、君はしょうがないなって笑って許してくれる。
そんな気がするんだ。
……最期の瞬間、君は僕にこう言ったよね。
『あなたに生きていて欲しい。この世界の誰よりも幸せになって欲しい。』って。
そして、こうも言った。
『私を覚えていて欲しい。たとえ、あなたがこの先、誰かを好きになることがあったとしても、私のことを忘れないで欲しい。』って。
……まったく君は、無茶なことを言うよね。
君の存在を心にずっと残しながら、僕は世界の誰よりも幸せにならなきゃいけないのか。
生きている限り、きっとこの先も様々な出会いがある。
そして僕は、様々な事象を目の当たりにするだろう。
……もしかして、君が僕に生きて欲しいと言うのは、その経験談を、いつか土産話として聞きたいからじゃないだろうな?
何はともあれ、確かにあの時、僕は君に誓った。
僕の最愛の人は君だけだ。僕は『その時』が来るまで生き続けるし、君を永遠に愛してる。
僕がそう言った時の、君の恥ずかしそうな表情といったら、思い出すだけで思わず口元が緩んでしまう。
君に会いたい気持ちは山々だけど、やっぱり僕は、君との約束を破れそうにはない。
僕にはまだ、この世界で生きていく理由がある。
―――だから。
全てが終わったら、何よりも先に、君の元へ会いに行きたい。
それがどこなのかは分からないけど、きっと君はそこにいるだろうから。
何のしがらみもない場所で、笑顔で待っていて欲しい。
またバカみたいにはしゃぎ合おう。
何の憂いもなく、ただ君のことを愛せるような
そんな世界で
また、君の声が聞きたい。
君の声が聞きたい ぬヌ @bain657
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