3話 夏休みの思い出②花火大会と夏祭り
「西園寺たち遅いな………」
スマホの画面を見ながら待ち合わせ場所である駅前の広場でひとりぼやいていると―――――。
「女の子は色々と時間がかかるもんなんだよ、焦らず気長に待とうぜ」と俺の肩をポンポンと叩かれる。
普段とは違って何というか、落ちゆかないというか何だがすごくむず痒い感じがするのはおそらく気のせいじゃないはず………。
それも当たり前だ、何せ俺たちは今、人生で初の浴衣を着ているのだから。透哉が灰色の浴衣、俺が青色の浴衣といった格好だ。
透哉はともかく俺は進んで着たいとは思っておらず甚平くらいでいいかと思っていたところに当日に隣人であり実姉である琴音が「これを着ていけ!」と謎のドヤ顔とともに一着の浴衣を包んだ風呂敷を持ってきたことがすべての始まりだった。
そもそも、なぜこんなことになったのかというと話は一昨日まで遡る。
花火大会当日のお昼どき―――――。
「ポンポーン、ピーーンポ――――ン」
夏休みであるこの時期に来客用のインターホンが鳴る。
何故だが分からないが、すごくデジャヴを感じていると、「私だ、ユウマ早く開けろ!」
高圧的な態度で、まるで無血開城を求める敵将の如く口調で玄関の扉を開けるように迫ってくる。
………が、もちろんだが俺の対応は既に決まっている。
「俺は姉さんに用事はないから大人しく帰ってくれ」
扉越しに伝えるが――――――。「無駄な抵抗はするなユウマ」
無条件降伏を叩きつけられる。
そして、「これ以上抵抗するなら、こちらにも考えがあるぞ………」
脅かすような言葉をかけてくる琴音に素直に降参して扉を開けることにする。
中に入ってくるなり、ギロリと鋭い眼光で睨まれる。
「そういえば、お前――――――今日は夏祭りに出かけるそうだな」
(っていか、何で俺の予定知ってるの?怖いんだが――――)
そんな実姉である琴音に対して少し恐怖感を抱いていると、「おいおい、そんな目で見るなよ。 まるで私が今日のことを知るために壁に耳を澄ませて盗み聞きでもしたような顔をしているぞ」
「へぇ………?姉さん、まさかいくら弟が心配だからと言ってそこまでするのは――――」
「バカか?お前は………いくら私でもそんなヤンデレ気質全開なことするわけないだろう」
琴音が呆れ顔でそう言ってくる。ではなぜ知っているのかと不思議に思っていると。
「彼女さんから連絡が来たんだ。 当日に皆で浴衣を着るから準備をお願いしたいって――――――」
「西園寺が―――――?」
「ああ―――そうだ」
「いつの間にそんな仲良くなったんだ?二人とも………」
「別にそんなんじゃないさ、ただお互いにWin-Winな関係を築いていこうと向こうから提案されてんだ。 私としても西園寺グループの御令嬢に恩を売っておくのも悪くないと思ってな」
「っ………おい、本音が駄々洩れだぞ!?」
いたいけな女子高生の対して良からぬことを画策している琴音にドン引きしつつも手に持っている物について尋ねる。
「ところで手に持っているそれは何なんだ?」
右手に持っている小さなビニール袋を指さすと途端に琴音がニヤニヤし始める。
「何だ………気になるのか」
「もったいぶってないで早く教えてくれよ」
時間に余裕があるとはいえ、こちらも色々と準備をしなければならないためできれば手短に済ませてほしい。
「分かった、分かった。ほれこれ―――――」
そう言って右手に持っている物を俺に渡してくる。
気になって中身を覗いた俺は見たことを激しく後悔する。 なんと中には大人のブツが入っていた、しかもひと箱十個入りだった。
「ッ………な、なんだこりゃぁぁぁ―――――――――――――――――――!!」とつい大声を出してしまった。
俺の絶叫に琴音が鬱陶しいそうに耳を塞きながら
「そんなに大きな声を出すな近所迷惑だろうがバカ者めが!!」と顔を顰める。
「バカはどっちだ!! なんでクラスメイトと夏祭りに行くだけなのにこんなものが入っているんだ」と盛大なツッコミを入れる。
「言っているんだ何事も備えあれば憂いなしと言うだろ」
「………何に対する備えだよ」
押し問答を繰り広げた後、はあと大きなため息を吐きブツの入った袋を大理石のサイドテーブルの上に置く。
ともかく、これは持っていくわけにはいかないから捨てるなり好きにしてくれと琴音に言って自室に向かうとするが。
「おい、どこにいくつもりだ」
「どこって着替えに行くんだよ」
「お前浴衣の着方、知っているのか?」
琴音が試すような視線を向けてくる。
「………調べればどうに何とかなるだろう」
回れ右をしようとしたところで、「遠慮するな弟よ。 こういうことは素直に姉に甘えればいいんだ」
と言いながら滑らかな動きで俺の背後に回ってくる。
「とりあえず、脱げ」
「はいはい、分かりましたよ」
正直、あまり自信がなかったのでやってくれるというのはありがたい。まずは言われた通りにパジャマを脱いで下着姿になる。
「これでいいか?」
琴音に確認をするため声をかけるとまじまじと視線を向けられる
「そんなに見られると恥ずかしいんだが―――――」
そう琴音に苦言を呈するが聞き入られる様子はなくじーっと俺の身体を眺めていた。
「シックスパックか………お前、意外に良い身体しているんだな。 」
人の身体をジロジロと眺めながら変質者の如く発言をしてくる。
「いつまで見ているんだよ、っていうか、実の弟の腹部を見て欲情するなよな、この変態ブラコン姉貴」
「心外だな、お前に身体なんかに欲情するわけないだろう。 ただのスキンシップだ」
そんなことを言いながらベタベタと人のお腹を無遠慮に触ってくる。
(ここはお触りOKなお店はないっつの! これ以上触るならお触り料とるぞ!)
内心、愚痴っていると―――――。
「さて、冗談さておきそろそろ準備するか」
急に真面目モードになった琴音が風呂敷の入っている浴衣を取り出しててきぱきと準備を始める。
そんなこんなで現在に至るわけである。
「ねぇ、お兄さんたち―――よければあたしらと遊ばない?」
突然、声をかけられてスマホの夢中だった俺たちは反応するのに遅れたしまう。
「………はい、何ですか?」
透哉の代わりの俺が声をかけてきた女性の対応をする。前回の海の件でナンパにひどく嫌悪感を抱いてしまった透哉はナンパには二度と反応しないと強く誓ったらしく、今も完全フル無視のスタイルを貫いている。
さて、何って返事をしようかと考えていると………。
「お待たせ透………透哉、ユウマ」
胡桃に声をかけられ振り返った俺たちは思わず息を呑んだ。
そばにいたナンパ女たちも息を呑んでいた。
「なんだ――――彼氏持ちか………」
諦めた瞳と声でそう呟きながら去ってしまった。
まさにそこには和服美人と言っても過言じゃないほどに浴衣が似合っている胡桃と九音が目の前にいたからだ。 そして二人とも浴衣のセンスが抜群に良かった。
胡桃は見た目通りの紅色の生地に牡丹柄の浴衣、九音は白色の生地に朝顔の柄の入った浴衣をそれぞれ着ていた。
二人ともイメージに合っていてですごく似合っているな、と感心していると――――。
そういうお二人さんもすっごーく爽やかなで男前ですよ、とどこぞのセールスガールのようなセリフを口にし始める胡桃。九音の方も何か言いたげな雰囲気を醸しながたちらちらと俺の方を見てくる。
そこからは他愛もない話とさきほどのナンパ女たちについての事情を歩きながら話しているとすぐに目的地に到着した。
「すごい人混みね、それにお店もたくさん出てる」
「ホントだね、これはたくさん食べないとだね………」
「胡桃は本当に食いしん坊だよね」
「なに~よ九音だって甘い物のことになると人が変わったようになるくせに――――」
「ふぁっわぁぁ!!ちょっと声が大きいよ胡桃。ユウマくんに聞えちゃうでしょ」
「別にいいじゃん、悪いことしているわけじゃないんだからさ」
「そうだけれどさぁ―――もしユウマくんに食いしん坊な女だって思われたら嫌だしこの先、生きていけないよ」と言うと――――。
「もう―――本当に九音は大げさなんだから、第一ユウマがそんなことくらいであんたのことを幻滅するわけないでしょ」
励ますようにそう口にするが―――――。
「うぅ―――だって―――――――」
隣を歩く九音があーだこーだと胡桃の文句を言っている。
すると透哉が、「祭りといえば、やっぱり焼きそばとリンゴ飴は欠かせないよな」
意外にも乙女チックなことを口にする。
「へえ――――なんか意外だな。お前ってこういう場所好きだったか………?」
隣を歩く、親友にさりげなく訊いてみると、「ああ、俺も最初は苦手だったんだが、胡桃のおかげで今ではすっかり好きになったよ」
どこか懐かしそうに思い出す透哉を横目に一歩先を歩く胡桃に視線を向ける。
(正確に言うと、胡桃をだが―――――――)
「………見て胡桃あっちに可愛らしいお面があるよ。 それから射的もあるよ」
と、ルンルン気分で浴衣姿の美少女たちがそう口にしながらあちらこちらに出ている屋台を見て回っていた。
「二人とも楽しそうで何よりで俺は嬉しいよ。 お前はどうだんだ?」
微笑みを浮かべながら俺の隣を歩いている透哉がそんなことを口にする。
「おいおい、どうしたんだよそんなおっさんくさいこと言って――――」
「そんなに俺が老けて見えるのか、よひでぇなユウマは………」
「冗談に決まっているだろ」
俺の冗談に苦笑する透哉。
「な~に、な~に――――――! 何を話しているの?」
両手に持ちきれんばかりの食べ物を持った胡桃がご機嫌な様子で話しかけてくる。
胡桃が手にしている量の食べ物を見て、思わずすげえなと思ってしまった。
「ユウマも食べる?」とにやりと笑いながらそう訊いてくる胡桃に「いいや、遠慮しとく」と言って断る。
「ええ?別に遠慮しなくてもいいんだよ?」
と、なおもにやにやとしながら迫ってくる。
それを見かねた九音が「あまりユウマくんに意地悪しないでよ」と言いながら俺に差し出されていた食べ物をパクリと食べてしまった。
「ああ―――もう、何で食べちゃうのよ九音」
胡桃がぷくりとフグのように頬を膨らませて不満を口にする。
その後も色々な出店を回り、金魚すくいや射的、お面を買ったりと楽しんだ。
お祭りの終盤に差しかったところで、ドンっと大きな花火が打ち上げられる。それを皮切りに次々に花火が上がっていく。
赤、緑、青と彩りが良い物が賑わっている夜空に打ち上げられていく。
その光景を四人で見上げながら、今後の九音との向き合い方を考えていく必要があると強く思うのだった。
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