3話 九音の過去とユウマとの出会い
「いいか、九音。常に西園寺グループの娘としての自覚を持ちなさい」
幼いころから、そう言い訊かされてきた。西園寺グループの一人娘として、幼いころから厳しい教育を受けてきた。
書道、華道、茶道、ピアノに塾。将来は西園寺グループを支える一員になるため、様々な習い事をしていた。
小学校、中学校は両親の意向で県下一の進学校に通っていた。全ては西園寺グループを支えるため。その一心で。
でも、本当は心のどこかで、窮屈だと感じていた。
もっと自分の意思で決めたい、やってみたい、そう考えていた。
高校も両親の勧めで、同じく県下一とされている常盤学園に進学することになった。
そんな時、彼と出会った。
あれは卒業後の春休みの時だった。
高校生活で必要になる新しい小物や服などを選びに街中に出かけている時、休日だったせいか、人混みが多くて、私は執事の伊織とはぐれてしまった。
そして、運が悪いことにナンパ男に掴まってしまった。
「君、可愛いね。俺と少し遊ばない!?」
「ごめんなさい。私、急いでいるので――――」
茶髪にチャラチャラした雰囲気の男だった。私とは住んでいる世界が違う住人のようだ。
不快に思いながらも必死に断るが、相手は訊く耳を持ってくれない。
そして何より伊織とはぐれたことが仇になった。
「ちょっと? 無視しないでよ」
目の前にいる、ナンパ男は執拗に絡んできた。
「ちょっと、や、やめてください」
「ええ? いいじゃない、俺と遊ぼうよ」
痺れを切らした男が、力くずで九音の手首を掴んでくる。
「離してください。嫌がっていますよ?」
視界の外から、毅然とした声が聞こえてくる。
声が聞こえてきた方を見ると、書店の袋を片手に持った私と同じくらいの年の男子が立っていた。
黒髪に栗色の瞳を持っていた。ナヨナヨした感じの頼りない感じの子だった。
「なんだ? お前」
ナンパ男が苛立ったように彼を睨む。
「…………」
睨まれた彼は、怯むことなく言い返す。
「嫌がってますよ。離してあげてください」
「何だ? 女の前だからってカッコつけてんじゃねえよぞ!」
威嚇するように大声を出して、彼の胸倉を掴む。
と、同時に、またしても、後ろから声が聞こえてきた。
訊き慣れた声に振り返って、視線を向けると、鋭い目つきをした伊織が立っていた。
「何をしているんですか?」
「何だ。お前、この男の仲間か?」
二度も邪魔をされた、男は苛立ったように声を荒げる。
「いいえ、知り合いではありませんが、お嬢様のことを助けて下さったようなので、他人といわけではありません」
伊織が怒りを押し殺した声で言い返す。
「彼を離してください」
ナンパ男を言い訊させるようにそう言う。
伊織に言い方が気に障ったのか、男は逆上したように喚き始める。
「っせえな。こいつをどうしようがお前に何の関係があるんだよ」
と言って、ものすごい剣幕で伊織に掴みかかろうとしてきた。
「ふざけんなよ、この野郎!」
怒り狂ったナンパ男がこちらに殴りかかってきた。
「………危ない!」
ハスキーな声が九音たちの耳朶を打つ。
ドンっと大きな音とともに、庇うように割って入った男の子が尻餅をつく。
彼は苦悶の表情を浮かべていた。倒れ込んだ彼に男が追撃をしようと拳を振り上げる。
「いい加減にしてください。これ以上、お嬢様に危害を加えようとするならば、容赦しませんよ?」と鋭い視線向けて、凍てつくような声で言う。
「く、くそが! 覚えてやがれ」
ナンパ男は、そう言い残して走り去った。
姿が見えなくなったのを確認した後、倒れ込んでいる男の子に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
スカートのポケットからハンカチを取り出して、彼に差し出す。
「いいえ、これくらいたいしたことはないので、気にしないでください」
男の子はケロッとした様子でそう言う。
「それはいけません。お怪我をされているようですし、お屋敷に来ていただき手当と―――」
伊織が言い終わる前に、男の子は口を開く。
「気にしてもらわなくても大丈夫ですから。俺が勝手にやったことなんで」
頑なにお礼を拒む彼に困ったように言葉を詰まらせる。
「俺はこれで」
軽く一礼した彼は颯爽と走り出してしまった。
その後ろ姿を眺めながら、私の心の中で一つの感情が芽生えた瞬間だった。
それから数週間後、私は県下の進学校である常盤学園の入学式に参加していた。
つつがなく、入学式を終えた私たちは事前に送られてきたクラス表に従って、それぞれのクラスに移動する。私のクラスは一年四組だった。
体育館から移動する際に、ちらりと見覚えのある横顔が見えた。
ナヨナヨした雰囲気に大人びた顔立ちをした男の子。
―――あの子。この前、私を助けてくれた人だ。
そう確信した私は声をかけようとするが、移動中だったため雑音で私の声はかき消されてしまった。
仕方がないので入学式の後、昇降口の下駄箱の近くで誰かを待つように立っていた彼を見つけて、話しかける。
「あの―――」
「えっと、俺に何か用?」
私の声を訊いた彼は、困惑したように尋ねる。
「覚えていませんか? この前、ナンパされそうになったところを助けてもらった者で、西園寺九音と言います」
軽く頭を下げてから、名前を名乗る。
「お、俺の方こそごめん。出しゃばったくせに何もできなくて」
申し訳なさそうに言う彼に「そんなことありません。わ、私嬉しかったです。本当にありがとうございました」
私がそう言うと、彼は照れくさそうに頭を掻きながらそっぽを向く。
「あの、お名前を訊いても良いですか?」
遠慮気味に訊くと慌てた彼が「ごめん。俺は昼神ユウマ」
「えっと、これからよろしくね。西園寺………さん」
「九音でいいですよ」
「分かった。名前呼びはハードル高いから西園寺って呼ぶことにする。だからもっとフランクに話そうぜ。俺たち同級生なんだしさ」
と言って、快活の笑顔を私に見せる。
この時、この瞬間から昼神ユウマという男の子に完全に心を奪われてしまう。
それから休み時間や廊下ですれ違う時、昇降口で見かけたときなど、彼を見かけるたびに胸がドキドキと高鳴っていた。
この何とも不思議な気持ちに名前を付けるとするなら、きっとこの感情の名前は……。
そんな自分自身の気持ちと向き合っていった結果、ある一つの感情が浮かび上がってくる。そう、それは恋愛と呼ばれる感情だ。いつの間にか私は彼に恋をしていたのだ。
最初はただ、気になっただけだった。助けてもらったこともあり、彼がどんな人物なのか興味があった。
少しずつ関わっていく中で、彼の人柄や性格にドンドン惹かれていった。
だから私は―――――あんなことをしてしまったんだと思う。
いくら脅して付き合っても本当の意味で相手の心までは手に入れることはできない。
そんなことはわかっている。でも、そう思えば、思うほど彼を好きだと言うこの気持ちはどんどん膨らんで溢れだしそうになる。私は一体どうすればいいの?と自問自答しながら眠りにつく。
週明けの月曜日。伊織に送迎をしてもらった後、自分のクラスでユウマが来るのを待っていた。
三十分ほど、待ったところで見慣れた姿を見つける。眠たそうに欠伸をしているユウマだ。
私は勢いよく廊下に出て、昇降口に向かう。
「おはよう、ユウマくん」
ちょうど、外履きから上履きに履き替えたユウマに声をかける。
「おはよう、西園寺」
「眠たそうだね。夜更かしでしたの?」
ふあと大きな欠伸をしているユウマに訊いてみる。
「ああ、新刊の漫画を読んでたら、つい」
眠た気にそう言う。
「西園寺は元気そうだな」
ユウマがため息交じりに言う。
「だって、ユウマくんに会えるんだからそれは元気になるよ」
私の言葉を訊いた、ユウマくんは「そうか」と言って歩き出す。
「ちょっと待ってよ。ユウマくん」
そそくさと歩いていくユウマくんの後を慌てて追いかける。
いつか、私の想いがユウマくんに伝わることを信じて。
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