4話 風邪とお見舞い
「はぁ――――――」
清々しい朝だというのに私の口からは大きなため息しか出てこなかった。
「朝からどうしたのよ? 九音」
友人である胡桃が、ひょっこりと顔を覗かせながら尋ねてくる。
「ユウマくんが風邪でお休みなんだって…………」
まるでこの世の終わりの如く形相で、友人である胡桃に事情を説明する。
「そんな大袈裟な。単なる風邪でしょ。二、三日したら元気になるってば」
胡桃が励ましの言葉をかけてくれるが、今の私には効果はない。
ユウマくんと一緒に登校できないだけでこんなにも胸が痛むなんて―――――
心の中で思っているとそれを感じ取った胡桃が「あんた、どんだけあいつのこと好きなのよ」
呆れたような苦笑交じりの声で呟くと、そうだと何かを思いついたようにポンと手を打つ。
「………どうしたの?」
訝しげな表情を胡桃に向けると、「私、いいこと思いついちゃった」
悪戯を考えついた子供のような笑みを浮かべている胡桃。
その顔に何だがすごく嫌な予感がした。九音とは中学生のころからの付き合いだが、だいたいこの顔をする胡桃は何か良からぬこと考えているときのだからだ。
数秒後、私の不安は外れ、予想外のことを提案される。
「ねぇ――――九音、今日の放課後にみんなでユウマのお見舞いに行かない?」
「ふぇ…………?」
と、思わず素っ頓狂な声で出てしまった。
「どうしてそんなに驚いているの? あんたの大好きなユウマの家にお見舞いにいくだけだよ?」
「てっきり、胡桃のことだから弱っているユウマくんにちょっかいだしたり、悪戯するのかと思って」
「なっ! 失礼しちゃうわね。あんたはわたしのことを何だと思っているのよ」
すると私の言葉を訊いた胡桃がぷっくりフグのように頬を膨らませて不満を口にする。
「ごめんってば…………」
「まあ、いいわ」
「…………」
「どうしたのよ。急に黙って…………もしかして、ユウマの家に行くから緊張しているの」
ニヤニヤと口元を綻ばせながら胡桃がからかってくる。
「べ、別にそんなことないから」
「ホントに~!?」
「だから、そうだって言っているでしょ」
「そんなに必死になっちゃって可愛いんだから」
「もう―――胡桃ってば!」
「ごめんってば、つい、照れている九音が可愛くって」
と満足した様子でそう言ってくる胡桃に少しだけムッとする。
「ほーら、そんな顔しないの。せっかくの可愛い顔が台無しよ」
なぜか、元凶であるはずの友人に励まされると言う謎の構図に戸惑ってしまう。
「それより胡桃、とりあえずどこに集合すればいいの?」
「放課後、校門前で透哉と待っているから」
こうして、私はユウマくんの家にお見舞いに行くことになった。
それだけを楽しみに憂鬱な気分の中、なんとか一日を乗り越える。
ホームルームを終えて、課後となり、約束した場所に向かう。そこには人目もはばからずにイチャイチャしているバカップルがいた。
「ちょっと、透哉ったら」
「良いだろ、別に―――――」
「なにやってるの、二人とも」
その光景を目の当たりにした私は自分でも驚くほどに冷たい視線を向けながら声をかける。
「あ、遅いよ。九音、待ちくたびれちゃった」
イチャイチャを中断した胡桃が声をかけてくる。
――――遅いと言われても困る。これでもホームルームが終わっていのいちばんに教室を飛び出してきたのだ。逆になぜ、そんなに早く来られるのかが不思議で仕方がない。
「西園寺さんも来たことだし、そろそろ行こうか」と透哉に促されて移動する。
通学路を三人で歩きながら、近くのスーパーを目指す。
数十分ほど歩いたところで、スーパーを見つける。
「ここで買い物してこうか。九音も良い?」
胡桃が私に確認してくる。
「私は良いよ。藤堂くんも良い?」
胡桃の彼氏である藤堂くんにも訊いてみる。
「俺は全然いいぜ」
異議なしの全会一致で買い物をすることが決まった。店内に入って、各々、お見舞いの品を調達を始める。
まず私は店内を見て回っていき、品揃えを確認する。
お菓子にしようか、ゼリーにしょうか、それともヨーグルトにしようかと悩む。
「しっかりと選ぶんだね。ちょっと意外かも」
「何だよ。大事な親友が風邪を引いたんだから。真剣にもなるさ」
透哉と胡桃の会話が遠くから聞こえてきた。
普段は、ユウマくんのことをいじっている藤堂くんも優しい一面があるんだなと思った。
その話を訊いて少しだけ羨ましいと思った。私も早くあんな風にユウマくんと話したいと強く思う。
―――良いな、ユウマくんとあんな感じでイチャイチャしたいよ。
そんなことを考えていると、胡桃が「九音、見てよ。これ良くない?」
そう言って小さい子供が貰って喜びそうな物をこちらに見せてくる。
思わず、クスっと小さな笑いが零れる。私が笑ったのを見た胡桃も安心したように微笑む。
「やっと笑った。今日一ずっと暗い顔していたからさ。やっぱり九音は笑顔の方が似合うよ」
と言って、胡桃が太陽のように燦燦と輝く笑顔を向けてくる。
なんだかんだで心配してくれる友人に感謝の気持ちを抱きつつお見舞いの品を選びを再開した。
数分後、私たちはそれぞれが選んだ品を携えてユウマに家の前に来ていた。
――――ここがユウマくんのお家。
「それじゃあ、九音、インターホン押して?」
「どうして私なの? 胡桃が押してよ」
「あたしは何回も押しているし、透哉も同じだから。ここはあんたが押さないといけないの!」
よく分からないこと言って、二人は頑なに押そうとしない。
いくらお願いしても首を縦に振ってくれない友人から、彼氏である透哉にちらりと視線を送って助けを求める。
とびきりのイケメンスマイルで「ファイト! 西園寺さん」と言ってサムズアップされてしてくる。
緊張しているせいか指が震える。大きく深呼吸をしてから覚悟を決めて、インターホンを押す。
ピーンポーンと機械的な音が響き渡り、それからしばらくして「はいどちら様ですか?」という丁寧な口調の声が返ってきた。
声の主は言わずもがな、ユウマくん本人だった。どうやら、親は留守にしているらしく、体調不良のユウマ一人きりのようだった。
「西園寺です。急にごめんなさい。ユウマくんが風邪をひいたと聞いていてもたってもいられずにお見舞いに来たの。上がっても良いかな?」
素直な気持ちを伝えるが、正直、迷惑だと思う。私がユウマくんの立場だったらすごく戸惑うと思うから。脅して無理やり付き合わせている相手がいきなりお見舞いに来たといっても警戒するだろう。
現にユウマくんからの返事はすぐには返ってこなかった。もし、このまま帰ってくれと言われたらどうしようと不安に思っている。
「ちょっとユウマ! せっかくお見舞いに来てあげたんだからグダグダ言わずに早く開けなさいよ」
胡桃が急かすように言う。それに続いて透哉も「そうだぞ!ユウマ、せっかく俺たちがお見舞いにてやったんだから早く開けろ」
二人して早く開けるように催促してくれたおかげで、ユウマくんしぶしぶと言った感じで扉を開けてくれた。
「なんだよ。いきなり」
わしゃわしゃと頭を掻きながら不機嫌な声で訊いてくる。
寝起きなのだろう、パジャマが乱れており腹部がちらりと覗いている。すきまから見え隠れしている腹筋に図らずもドッキリとしてしまう。
そんな私を見たユウマくんはバツが悪そうにそっぽを向いてしまう。
「ユウマくん、具合どう?」
「…………」
「ちょっと! ユウマ。せっかく九音が心配してくれるんだから返事くらいしなさいよね」
「…………」
ご機嫌斜めなのか、ユウマくんは胡桃がそう言っても無言を貫いていた。
「まあ、良いわ。とりあえず上がるわよ」
ユウマくんが返事をする前にどかどかと家の中に入っていく胡桃。
「ちょ、勝手に入るなって」
ユウマくんが慌てて止めようとするが、構わず入っていく胡桃の神経に驚きながらも、良い意味で尊敬の念を抱く。
「さぁ西園寺さんも遠慮せずに入って、入って」
なぜか分からないがユウマくんではなく藤堂くんに促される。
「お邪魔します」と恐る恐る家の中に入る。
一人暮らしをしているようで、玄関や部屋の中はきちんと掃除が行き届いている様態だった。
「少し待っていてくれ」
言い残してユウマが自室に戻る。しばらくたった頃に小奇麗になったユウマが戻ってきた。おそらく着替えてきたのだろう。そんなことを考えていると。
「いきなりどうしたんだ?」
私たちにそう訊いてくる。
確かにだよね。約束もなしにいきなり訪ねてくるなんて非常識だよね、と申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると胡桃が、「だってユウマが風邪で休みだって言うから心配でお見舞いに来たけだよ」
胡桃をフォローするように言う。
「お前が風邪で休んだって言うんだから、お見舞いに来るのは当然だろ? アポを取ってなかった俺たちにも悪いけどな…………」
と言って、藤堂くんがバツが悪そうに頬を掻く。
「………」
そんな私たちを見たユウマがぷいとそっぽを向く。もしかして、怒っちゃったと思い、ちらりとユウマの横顔を見るとほんのりと耳まで赤くなっていた。
「もう、かわいいなー」
と、照れているユウマをニコニコした笑みで見つめる。
その後は、少し談笑してから、順番に買ってきたお見舞いの品を渡す。
「はい、ユウマ。あたしからはお粥と生姜湯をプレゼントするわ」と言って、胡桃がニコッと笑みを浮かべて手渡す。
藤堂くんも「俺からはスポーツドリンクだ」と言いながら、袋の入った2ℓサイズを二本を渡す。
最後に私の選んだものを渡す番が来た。手に持ったビニール袋をギュッと両手で握る。
大きく深呼吸をしてから「はい、ユウマくん。私からはこれをあげるわ」
ビニール袋の中身が見えるようにする。
「ありがとう、西園寺」
私から受け取った袋をユウマくんはそっけなく受け取り、中身を見る。
「…………」
中身を見た瞬間、ユウマくんがハッとしたように顔を上げる。
「西園寺、これって――――」
驚いた声を漏らす。
私があげた袋の中には、ユウマくんが好きな漫画とコラボした限定商品を買って入れておいたのだ。
「どうかなユウマくん。 気に入ってくれた?」
私は不安な気持ちでいっぱいになりながらも、上目遣いでユウマくんに訊いてみる。
「いいや、西園寺が俺の趣味に合わせてくれたのが意外だなと思って、こういうのあまり好きなイメージなかったから」
きょとんした表情をしたユウマくんがそう言う。
「ありがとう。西園寺」
もう一度、ユウマくんが小さな声でお礼を口にする。その言葉を訊いた私は、嬉しさから頬が緩むのを自覚した。
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