第4話 湿布を大量に使用するズボラな男性
先輩が言うには体の痛みを訴えて来られる方の、1割程度が心霊的なものが要因となっているのだそうだ。
更に言うなら慢性疼痛の患者さんで、原因が全く分からない方となると3割に及ぶらしい。
慢性疼痛を抱えている方の中には原因が見当たらない、筋肉の炎症や、軟骨の異常や骨量の低下などが無いにもかかわらず痛みが出てしまっている方がいる。
心因性、ストレスや不安などから自律神経が不調になったり、虚血状態が起こったりするのが原因ではないかと言われている。が、その中の3割が心霊的要因なのだそうだ。
「教えてあげればいいじゃないですか」
「教えるわけないだろ。言ったって何言ってんだコイツって顔されて終わりだし」
まあ確かに薬を貰いに来て、霊に取り憑かれているのが原因ですなんて言われたら、もう二度とその薬局には行かないだろう。
「じゃあどうするんですか?」
「放っとくしかないだろ」
「放っといていいんですか?」
「だから言っただろ、見えるようになると色々大変だって」
「そんなこと言ったって、見えるようになっちゃったんだから仕方無いでしょ」
先輩が言うには『見えない、見えない』と自分に言い聞かせると見えなくなるのだそうだ。お前も出来るようにならないと大変だぞと付け加えてくる。
この人は何を言っているのだろうか。
これはそんなやり取りをしていた日の出来事です。
その方は50代の男性の方で、安藤さん(仮)は肩、腰、膝に慢性の疼痛を抱えているとのことでした。
長年通っている整形外科があるのだが、一向に痛みが良くならないとのことで別の整形外科を受診し、当薬局を訪れたとのことだった。
でも僕からすると原因は明らかだった。なんせ背中に年配の女性がおぶさるようにしがみついているのだから。
聞くところによると1日5枚湿布剤を使用しているが、全然痛みがとれないのだそうだ。僕はそりゃーそうだろと思った。
「新規オープンのところだからさー、なんか最新鋭の装置でもあるかと思ったのにさー、結局何も分かんねーのよ」
「しかも、湿布いっぱい出してくれって言ってるのに、そんなに出せないとか言うんだぜ。こんなのすぐに無くなっちまうよ。もうあんなとこ二度と行かねーし」
ほとんどクレーマーだ。
湿布剤の中には1日2枚までと上限がきっちり設定してある物もあるが、基本的に1日何枚までと決まっていない物が多い。
なので痛い箇所が複数ある場合は1日に何枚も使用する人がいて過剰使用ではないかと問題になり、月に処方できる枚数の上限が設定されてしまっている。
法に則って診療行為を行なっているのに、同情でしかない。
痛みの原因は取り憑かれているせいなのだが、初めて来られた方に『霊のせいですよ』なんてことは言えないので、取り敢えず1日5枚は流石に使い過ぎなんじゃないですかと伝えてみた。
「そんなこと言ったって仕方ないじゃん」
とまあ予想通りの反応が返ってくる。保険医療の範囲内の診療行為になるのでルールは守って欲しいものである。
1日4枚が許容範囲のギリ、3枚がまあ仕方が無いかのレベルだとお伝えすると、口を尖らせながらじゃあどうすればいいんだよと言ってくる。
いい歳こいた大人が何を言っているのだと思ってしまう。
取り敢えず左右の肩にそれぞれ1枚ずつではなく、中央に1枚貼ってみるようお伝えする。
湿布剤は貼った場所にだけ効くっていうわけではなく、主成分が体に浸透し中で多少は広がるので中央に貼るだけでも十分に効果は望める。
ただ痛みのある箇所の上に、何かが載っているというだけで安心感があるのか、効果が不十分だと言ってくる人が多い。
取り敢えず複数枚使用されている方には、無理ない程度の運動を進めながら減らせる方向へ持っていく。
特にご年配の方ともなると内臓機能が低下してきているので、複数枚の使用を続けているとどんな副作用が起きてしまうか分からない。
とこんな話をしているといくらか打ち解けることができた。あとはお祓いに行くよう勧められるタイミングがあればいいのだが。
先ほど言ったように慢性疼痛は心因性のものが多かったりする。痛みが出るようになった時の前と後で何か大きく変わったことはないかと聞いてみた。
「そういえば母親が生きていた時は病院通いなんてしてなかったなー、大きく変わった事といえば母親が亡くなったことかなー」
来たっ!と思った。
きっと背中にいるのは母親だと思った。背中に乗っている女性は、どことなく安藤さんに似ているような気がする。
慢性疼痛が心因性のものであれば軽い運動、散歩などを日課にすると変わったりするとの話から、気分転換がてらお墓参りに行ってみてはどうかと言ってみた。
ちょっとなんか良い感じで切り出せたんじゃね。と思った。
そーいえば、墓参りなんてしたことねーなー、とか言いながら安藤さんは帰って行った。その言葉に益々、やっぱりそれが原因じゃんと思ってしまった。
「今日は薬無いんだけどさー」
そんな感じの言葉を言いながら後日、安藤さんは薬局を訪れた。背中にはもう何も見えなかった。
あの後本当に散歩がてら、お墓参りに行ったそうだ。お墓参りの習慣なんて今までなかったので数年間訪れていなかったそうだ。お墓はかなり荒れた状態になっていたんだとか。
「綺麗に片付けたらさー、次の日から痛みなくなったんだよ。もしかしたら母親に取り憑かれていたのかもしれないなー」
冗談半分で言っているようだが、『そうだよ』と突っ込みたい気分でいっぱいだった。
今後は定期的に掃除に行くことを祈るばかりだ。
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