第3話 膝に纏わり付く濡れ髪の女性

 ある日、薬局で仕事をしていると怪訝そうな男性が大きな声で愚痴りながら入ってきた。


「マジで何なんだよ。あの医者はよー!この薬ちゃんと効くの?」


 その男性、岡村さん(仮)は数日前より膝の痛みが辛く、しばらく様子を見ていたが全く治る気配がないので、整形外科を受診したそうだ。

 何回もレントゲン撮影したにもかかわらず結局原因がわからなかった上に、高額の診療費を請求されたとのことで怒りまくっていた。


「診察中もさー、一度もこっち見ないでパソコン画面ばっかり見てんだぜ。あんなんで診断下せんの?」


 医者の態度や言い回しも気に食わなかったようで、愚痴が止まらない止まらない。

 確かに最近は患者さんの言葉を聞こうとせず、何を言っても検査結果に異常が見られなければ、特に問題ないですね、気のせいでしょう、お薬を出しておくのでそれで様子みてください。で、片付けてしまう医者がいるみたいなのだが。

 

 岡村さんはその最たる例に当たってしまったようだ。


 要するに岡村さんは自分の言葉を信じてもらえなかった上に、分かりもしないくせに色々検査されて、料金が高額になったのが腹立たしくてしかたがないのだろう。


「高い検査したくせに、分かんねーとかふざけてんじゃねーよな」


 分からないから検査したんでしょうに。そんな事を薬局で愚痴られても困る。病院の方で文句言ってくれればいいのになーっ。と思った。


「しかもさー、脳外科に行けとか言うんだぜ。何なんだよ、あのジジイはよー」


 ここまで来ると笑ってしまいそうになった。


 患部に異常が見られないので神経に何らかの異常が起こっているのかもしれないとの判断のもと、そう言ったのだろうがどうやら岡村さんは頭がおかしいと言われた気分になってしまったようだ。


 愚痴が止まらないのでこのままでは埒が明かないと思い、急いで痛み止め持って来るからと言って、何とか宥めすかせ待合室で待つように促した。


 でも、霊感のある僕には痛みの原因がすぐに分かった。だって岡村さんが痛みを主張している場所には濡れ髪の女性が纏わり付いているのだから。

 岡村さんの勢いがあったので全然怖くなかったが、髪で顔が覆われていて表情が全く見えない、全身ずぶ濡れの白いワンピースを着た女性が膝の辺りにしがみ付いていたのだ。


「先輩どうします?病院じゃなくてお祓いに行った方がいいなんて言ったら、あの方さらに興奮しそうですよね?」


「だな」


 僕の言葉を聞いた先輩は苦笑いを浮かべていた。


「おい、これ見ろよ」


 先輩に言われパソコン画面を見ると、岡村さんの過去の服用データが映し出されていた。そこにはアニサキスの治療歴があった。


「あー、あの人か!」


 つい先日、真っ青な顔をして腹痛が酷いと言っていた人だと思った。顔色が全然違ったので同一人物とは全く思わなかった。


 どうりで親しげに話してくると思った。先日顔を合わせていたようだ。


「俺の予想では釣りに行って、あの霊を連れてきたってところだろうな」


 アニサキスとは寄生虫の一種で、加熱処理や冷凍処理をすれば死滅するのだが、ちゃんと処理をされていない寄生された生魚などを食べてしまうと、寄生されアレルギー反応が出てしまう。


 先輩はその治療歴から釣りが趣味なのだろう、それで水辺に赴きあの濡れ髪の女性を連れてきてしまったのではないかと予想した。


 僕はお薬の準備を整え岡村さんの元へ向かった。


「岡村さん足どうされたんですか?釣りに行って挫いたか何かしたんですか?」


 真意を悟られないように遠回しに聞いてみる。


「はっ!?なんで釣りが好きだって知ってんの?」


「前来られた時、自分の釣った魚食べてえらい目に遭ったって言ってたじゃないですか」


「そうだっけ?」


 岡村さんは僕の言葉で一気に打ち解け、今度は釣りの話が止まらない止まらない。


「クソ暑い都会を出てさー、山間の渓流に行くわけよ。そこは川のせせらぎと共に爽やかな風が流れてきて気持ちがいいわけよ」


「鳥の囀りがあって、自然の音に包まれながら釣り糸を垂らすのがサイコーなわけよ」


 かなり上機嫌になってきていたようなので僕は冗談っぽく、水辺というと水難事故とかもあったりするんじゃないですか?医学的に不明なら変なもの連れてきてしまったんじゃないですか?と言ってみた。


 不謹慎なこと言うんじゃねーよ。とか、どやされたらどうしようとドキドキしていたのだが、、。


「あー、そんな話聞くよなー」


 意外にも悪くない反応だった。


「この薬飲んで効果なかったら、お祓いにでも行ってみるよ」


 そう言い残し、急にトーンダウンして岡村さんは立ち去っていった。


「あれは何か思い当たる節あるな。何か罰当たりなことでもしたんじゃねぇーの」


 隣でやり取りを見ていた先輩はそう言ってきた。


「いやー、ありがと、ありがと」


 後日、岡村さんは入って来るなり満面の笑みを浮かべながら謝意を言ってきた。


 その後、お祓いに行ったみたいで、足の痛みはピタリと止まったそうだ。そしてお礼を兼ねて自分の釣ったお魚を携えやってきたのだ。


 詳しく聞いてみると渓流釣りには遊漁券というものを買わなくてはいけないそうだ。渓流釣りを始めた頃はきちんとお支払いをしていたそうだが、長年続けるうちにおざなりになってしまっていたそうだ。


 その行為は命を粗末に扱っているとみなされ、怒りをかってしまったのだろうと神主さんに諭されたそうだ。


 もしかしたらアニサキス症を発症したのも、それが原因だったのかもしれない。


「なんかメチャクチャ感謝されましたけど、これどうしましょうか?僕魚とか捌けないんですけど」


「いやー、これはマジでありがた迷惑だな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る