月を観る
菜月 夕
第1話
なんで、こうなった。
俺はため息をつきながらその薄汚れた子供をみていた。
俺は非公認の金貸しだ。金になりそうな所に投資して見返りを貰う。
あくまで善意と返礼で法のちょっとした隙をつくような商売だが、うまく金の匂いを嗅ぎつける事で上手くやって来たつもりだ。
今回のも手堅い投資だった筈だ。
それがコロナ禍でこの店も夜逃げしてしまったのだ。
しかもこんな子供だけ残して。
警察や保護施設に連絡しても、このご時世どこも簡単には受け入れる空きはないらしい。
保護施設が決まるまでの約束で預からされる始末だ。
まったく金目になればなんにでも噛みつくスッポンと言われる俺がなんでこんな事を。
そう思いながらガキをうちに連れて行く。保護費用として支援金と扶養手当が出る分だけマシだし、足りない分はこき使えば良いだろう。
俺も丸くなったもんだ。俺もみなしごで保護施設で育ったというコイツと似た境遇から這い上がったシンパシーもあったのかもしれない。
雑然と考えながら小汚い恰好をなんとかしようと風呂の用意をして抵抗するヤツから服をはぎ取ると女の子だった。
ふん、こんなガキなんて男だろうと女だろうと差は無い。自分で洗えるなら自分をなんとかしろと風呂場に押し込み、はぎ取ったボロを一応洗濯機に入れる。
着るものも用意しなきゃ、だな。今回はジャージを端折ってだな。
リビングで酒を飲みながら待っているとぶかぶかのジャージをまくって風呂から出てきたヤツを見て、ドキッとした。
これはなんとかなるかも知れない。今回の損失分を完済して余りそうな可能性を感じる美少女だった。
「名前は?」今さらだが、怒涛の展開に名前も聞いてないのを思い出した。
「瑠奈」
少しふくれっ面に短く応えるそれも瑠奈の魅力を輝かせる。
それから俺は瑠奈を教育した。
勉学や作法から歌唱やピアノにダンス。
俺の顧客やコネを使ってこいつをアイドルとして育てたのだ。
その一方で俺も表の肩書に事務所を作り、瑠奈はそこの新人として登録した。
特に瑠奈には人を見る眼を養うように教育する。
俺も人を見る事でこの世界で生きてきたのだから。
驚いたことに瑠奈はアイドル養成プログラムを嬉々としてこなし、水を得た魚の様に吸収していった。
まったく、こんな才能のある子供を捨てるなんて。
人間、切羽詰まってくると周りが見えなくなるとは言え、瑠奈の才能はどこにいても光ってくる類のものだろうと思えるのだが。
ネットで小出ししながら瑠奈を推して行くとたちまち人気が出てきた。
しかし、順調になってくると俺の背後関係が突かれる怖れがある。
いくら金に煩いスッポンとは言え、離し時を間違えると食い時を失う。
ここまででも今までの損失分はとうに上回って稼がせてもらった。
瑠奈ももう一人立ちできるのだし、身の回りを整理してさっさと次の事業を始めるころ合いだろう。
俺はやはり一人で地べたを這いつくばるのがお似合いなのだ。
瑠奈と言えばお月様の事だ。地べたから眺めるのが一番なのだ。
俺は事務所の代表を瑠奈に書き換え、ドアを開けた。
「瑠奈、どうしてこんなところに」
宵の月明かりの下に瑠奈が化が行く様に立っていた。
「私に人を見る眼を育ててくれたのはオジサンだからね。この位、判るよ。
私にはオジサンが必要なの。私を育ててくれたのはオジサンよ。
そんなオジサンを離す訳、無いじゃない。だてにスッポンと言われた男に育てられてないわよ。捕まえたら離さないんだから」
瑠奈はびっくりするほど微笑んで微笑んで俺に飛びついて来た。
月を観る 菜月 夕 @kaicho_oba
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