第9話 予選1回戦第3試合

 帰宅後に倒れて治療を受けたこともあり、準備の相談もままならない状態で迎えた3日目。

 全勝同士の対決ということで、勝ったほうが2回戦進出というシンプルな状態でその時を迎えた。

 対戦相手は2年生筆頭である瑠音の幼馴染。

 影道ボクシングジムでみっちりと静子の魔法を研究してきた高嶺瑠都である。


「今日はお互いに頑張りましょう」


 結果にかかわらず勝敗がそのまま2回戦進出に繋がるため、二人の試合は最後の方に回される。

 そこで瑠都は事前に静子に挨拶をしに来た。


「こちらこそ。でもわたしとおしゃべりしていて大丈夫? 影道さんって結構独占欲が強いし」

「宮本さんだったら大丈夫だよ。ルネとは仲が良いし」


 静子は冗談めかして「二人で仲良くしていると瑠音が嫉妬して怒り出す」と暗に示すわけだが瑠都からすれば取越苦労。

 実際のところはどうかは別にして二人きりのときにはリードを取るのは瑠都になるため彼にはこの程度の揺さぶりなど効果がない。


「それに……ルネはみんなの前では気を張っているだけで甘えん坊だから」

「そうなんだ」

「うん。でもコレは他の人にはナイショだからね。僕が話したのも」

「ふふ。わかった」


 結局この挨拶は「友人のカレシとの談笑」になったことで、試合に対してちょっとしたやりにくさを生む結果になった。

 だが静子は昨日一昨日の試合経験から今まで気づいていなかった自分の気質を自覚している。

 なのでその瞬間になれば懸念などない。


「次……高嶺と宮本」


 柴沼に名前を呼ばれたときには気持ちの切り替えは完了済。

 リングに上がり軽く身体を解した静子に曇り無し。

 淀みない静かな心を静水に例えるが、今の彼女もソレであろう。

 思えば勉学の試験のときも彼女は同じように集中する性質だ。


「はじめ!」


 落ち着いて迎え撃つ静子に対して、やや慌ただしい雰囲気のは瑠都のほう。

 だがコレは先制攻撃を仕掛けるための気負い。

 事前にギアゲルで身体強化を施した状態だった彼は呼び声を聞くと一気に静子目掛けて駆け寄った。


「肉弾穿甲!」


 不完全ながらフォレストが使用した破離剣の炸裂のように、上級魔法には後述詠唱による追加の魔法効果が存在する。

 それは静子が使う二重魔法とは似て非なるもの。

 瑠都が使った肉弾穿甲は歩速を加速させてその身を一個の弾丸へと変えてしまう。

 間合いの外から開始する試合開始直後に有効な攻撃という観点では熱線魔法などでも可能とはいえ、肉体強化魔法を使ったインファイターの接近はただの飛び道具の比ではない。

 ダッシュからのストレートが静子の顔面を捉えるが、とっさに展開したアプヴェーアがクッションとなり威力が軽減される。

 だがパンチの一発で弾かれた静子が立て直す間に近づいた瑠都はラッシュを開始していた。


「しゅ! しゅ! しゅ!」


 ガトリング砲めいた左ジャブの雨である。

 これがボクシングの試合ならば瞬く間にガードを崩されていそうなほどで、瑠都の左腕が増えて見えるほど。

 幻覚ではなく見きれないほどの速さでありそれらはすべて実体があるパンチ。

 昨日の試合で幻朧拳に慢心にしていた江が負けたのも納得である。


(そろそろ慣れてきた)


 受けに回る静子は最初こそ通常のアプヴェーアで防御することに専念していたが、制空間センサーの調整が終わるとアプヴェーア・エガシに切り替えてダメージの蓄積を開始。

 さながらボクシングの練習で行うミット打ちのようである。


(先制攻撃を綺麗に防がれた時点でルネの見立て通りだ)


 事前に瑠音とのスパーリングで対策を立ててきた瑠都もコレには舌を巻く。

 彼も何処か瑠音の過大評価に思っていた静子の受けを破るのは生半可ではない。


(だったらルネの作戦通りエガシの弱点を突く)


 ジャブの連打が早いということは、それだけ攻撃を受ける際に魔法力を吸収するペースも早いということは。

 瞬く間に江の幻朧拳を返した際の蓄積を超えて頃合いを迎えていた。

 そろそろ反射攻撃を警戒するタイミングなのは受け止められた際の消耗から瑠都も理解しているわけだが、ソレを潰すのは瑠音に授けられた秘策に他ならない。


(大振り……よし、ここで……)


 先に動いた瑠都の誘いに乗った形で静子は攻撃に転じようと動く。

 制空間センサーを解除して爆発魔法をセットアップ。

 それを盾に連結することで吸収した魔法力を爆発魔法に転用し炸裂させるのが江との試合で見せたカウンターの発動プロセス。

 このアプヴェーア・エガシ・オイという「制御が難しい防御魔法を使用した爆発魔法によるカウンター」を運用するには静子独自と言ってもいい魔法の同時使用が重要なわけだが、言い換えてしまえばあくまでズルをして精度を上げているだけで別の魔法になったわけではない。

 ならば欠点は瑠音のように戦技に博識な人間が知るソレと変わらず。

 先に盾を砕けば手も足も出ない。


「アプヴェーア……」

「マグナム!」


 センサーを解除して見切りが甘くなった刹那を捉えた拳の弾丸。

 渾身の右ストレートは爆発魔法を展開しようとしていた盾の術式を破壊して、行き場を失った魔法力の奔流は二人に襲いかかった。

 もとよりこの右ストレートは後述詠唱によりギアゲルの残り発動時間を一撃の威力に還元して放ったモノ。

 瑠都への流れはパンチの余波に運ばれてすべて静子に降り注いだ。


「きゃ」


 突然の爆発に巻き込まれた静子の眼の前は眩しい。

 襲いかかる衝撃の強さの前に試合中であることを忘却してしまいそう。

 吹き飛ばされてリング端で仰向けに倒れた静子が見たのは晴れた青空の眩しい光。

 地面で擦った背中の痛みは幼い頃に感じた何かのようだった。


──

 今考えると彼女のアレは魔法だったのだろう。

 双子の姉はもとより運動神経抜群ではあったが、その一言で済ませるには度が過ぎている部分があった。

 もしかしたらわたしが知らない所で大人に習ったのかもしれない。

 それとも孤児院の年長組が持っていた中学の教科書を盗み読んで独学で覚えたのか。

 どちらにせよズルをしていた姉と喧嘩したときにも、こんな風に背中を強く打ち付けたモノだった。

──

 ただでさえ魔法力を必要とする身体強化魔法を使用して、なおかつ後述詠唱を2回。

 ギアゲルの持続時間を使い切った瑠都は肩で息をしながらゆっくりと魔法力を練っていた。

 残りの体力とそこから導き出される最大魔法力量を計算すると、もう1セット、ギアゲル状態で戦える訳だが出来れば静子にはこのまま眠っていて貰いたい。

 瑠都がそう思うのもさもありなん。

 いくらガード越しの一撃とは言え最大火力の必殺パンチに相手の自爆を上乗せした一撃を受けても立ち上がってきたら相手のタフネスが末恐ろしいからだ。


「こっそり魔法を使っていたんだっら、そりゃあ凄いって思うよね」


 そんな瑠都の思いも虚しく立ち上がる静子はまだ戦えると言いたげな表情。

 柴沼も昨日の逆転劇もあってかハナから立つものと思って瑠都に軍配をあげようとしなかったほど。

 むしろ1回ガツンと強いダメージを受けたあとのほうが静子は冴えていた。

 温まることでカクテル・グラスの中で酒の香りが開くかのように、ダメージという強い刺激でセンスが磨かれたのだろうか。

 これまで攻防一体の必勝戦術として使っていたアプヴェーア・エガシの使用をここで静子は取りやめる。


「ギアゲル!」


 瑠都からすれば立ったのならば再び攻めるしかないというもの。

 魔法力のチャージ量を考えれば初回の6割程だが、フィジカルでゴリ押しするぶんには充分な出力で瑠都は殴りかかる。

 魔法力不足で後述詠唱に頼れないからこその堅実なワンツー。

 身体強化したうえでの基本に忠実なボクシングはそれ故に難敵である。

 迎え撃つ静子も両腕を盾に見立ててガードするこちらもさながらボクシング。

 腕を魔法力で包み込む防御魔法「テッコ」で固めているがいつまで保つか。


(あのときもこんな感じにお姉ちゃんの攻撃を防いだんだっけなあ)

(エガシじゃないから高威力な魔法でのカウンターはないんだろうけれど、ガードを崩す好きがなさすぎてエガシよりやりにくい。右も左も通らなくて焦れる)


 攻めている側の瑠都が焦る一方で攻められている静子は冷静である。

 ジンジンと打ち付けた背中に走る痛みのビートが彼女の感覚を研ぎ澄まし、頑強なテッコが強化された瑠都の拳を弾き返す。


(そこ!)


 そしてついに静子は隙を感じ取った。

 コンビネーションで左から続けて右を打とうとしたタイミングで懐に飛び込んだ静子は体躯の小ささを生かしたショートレンジの右フックで瑠都の顎を捉えた。

 このとき彼女が思い返していたのはある日の姉妹喧嘩。

 双子の姉である龍子の顔面にカウンターを綺麗に決めて、見たことのない大涙で泣かせてしまったときと同じ感触が右手に残った。

 いくら喧嘩の弾みとは言えやりすぎたので心が痛かったが、それを加味しても快感が勝る、柔らかい何かを粉微塵に吹き飛ばしたかのような心地よさ。

 あの日を境に自分に蓋をしていた黒い快感が呼び起こされた理由は結果を見れば明らかだった。


「そこまでだ!」


 防御の魔法であるテッコに包まれた腕は魔法力を多く含む。

 それをカウンターパンチに乗せて顎から注ぎ込まれた瑠都が脳震盪を起こすのも無理もない。

 的確に急所を貫かれたことが理由による失神。

 ボクシングの試合でも確実にタオルが投げられる状況は静子の勝利を如実に表していた。


「おめでとう」


 試合後、背中の痛みが強くなったのかゆっくりと歩く静子のもとに寄ってきたメイの顔はにやけ顔。

 友人の勝利が喜ばしいのもあるが理由はそれだけではない。


「そういうメイも勝てたから明日の延長線次第で勝ち残れるんでしょ? しかも植田くんには昨日勝っているんだし、やったじゃない」

「えへへ。まあ油断は禁物なんだけれどね」


 メイの割り振られたブロックの勝敗は彼女を含めた2勝1敗と1勝2敗が二人ずつの一人勝ちが居ない状態。

 日程としては水曜日までの3日間で一人勝ちが決まらない場合は木金の2日間で延長戦で勝ち残りの選手を決めることになっていた。

 彼女も授業の成績としては静子ほどではなかったと言うだけで戦技の評価は高くない。

 だが彼女なりの戦いの妙もあり実践形式に近い戦技大会においてはハマれば強い選手だった。

 スタンスは違うが静子がさきほど倒した瑠都に近い。


「先に待っててよ。あたしが静子の快進撃を止めちゃうからさ」

「お手柔らかにね」

「だーめ」


 そして翌日、メイは再び植田に勝利をして2回戦に駒を進めた。

 これで戦後における落ちこぼれが集まると言われていた櫛灘寮の生徒から2回戦への進出が二人。

 例年にない出来事に少女二人への注目が強くなった状態で週末を迎えていた。

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