しゃあ!器用貧乏だけど禁断の二段打ちで勝ち上がる
どるき
第1話 退学スレスレ
少し遡ること3月下旬。
自宅である櫛灘寮へと重たい足取りで向かう少女の姿があった。
うつむいて垂れた前髪と眼鏡で顔を隠した彼女が宮本静子。
後に「静かなる虎」と呼ばれるようになる女傑と同一人物には思えないほどに彼女は落ち込んでいた。
「こんなときお姉ちゃんが居てくれたらなあ」
彼女が落ち込んでいる理由は落第スレスレの成績によるもの。
この世界では魔法の類が誰にでも学べる学問として普及しているのだが、それを戦いに用いる戦技の成績において彼女は学年で最も劣っていたからだ。
なまじ勉強は得意な優等生な事もあってか基礎的な理屈の物覚えは秀でた彼女が授業についていけたのは入学当初の一ヶ月だけ。
頭では理解できても動きが追いつかない。
動きを優先すると無理な動作でボロが出る。
型稽古の段階ではうまくいっても実技が苦手な彼女につけられた評価は落ちこぼれとしか言いようがないモノだった。
座学の成績と基礎の理解度が高くなければ退学処分を受けて櫛灘寮からも追い出されてしまう皮一枚で首が繋がっている状況。
センスとフィジカル頼りな形無しの生徒より劣ると見なされるのもさもありなん。
そんな彼女の心の拠り所は行方知れずになっている二人の姉。
三姉妹のうち長女は魔界で遭難したと言われているし、その原因が同じく失踪中の次女に裏切られたからとも言われている。
噂の真相はさておき他に肉親のいない孤児の静子が1年前に二人揃って居なくなった姉たちという無いものをねだる不自然のない話であろう。
「おかえり宮本。俯いちまって元気が無いな」
そんな暗い顔で帰宅した静子を出迎えたのは寮母の阿良々木アオ。
自称アラサーのトレジャーハンターで寮母は義理でやっているボランティアだという。
少々ガサツな部分もあるが料理上手で面倒見も悪くない。
そんな彼女は年度末と言うことで続々と里帰りをする寮生を気にかけて話しかけているようだ。
「お前は確か里帰りをしないんだったよな。皆が居なくなっちまうのはやっぱり寂しいか?」
「そんなことは無いですよ」
「じゃあ成績か。たしかにウチに居る時点で戦技は苦手だろうけれどお前は頭が良いじゃないか」
「──いくら頭が良くてもこのままじゃ退学になっちゃいますよ」
「図星か。いや……コレはアタシが悪いな」
軽口のつもりで言った内容が直撃というのでアオも少しバツが悪そうに謝る。
少し溜めてから吐き出した「このままでは退学になる」という静子の言葉が真剣な悩みであると感じ取ったからだ。
アオはトレジャーハンターを自称するだけのこともあり戦技に秀でているのだが、八郷学園のOBではないのでこの学校の戦技偏重な教育方針を未だ計りかねている。
彼女が卒業したような、一般科目も等しく重視する一般校であれば運動が苦手程度の扱いであろう静子が退学候補になるのはありえないからだ。
そんな特殊な学校だからこそ八郷学園の生徒は注目されるし、そんな特殊な学校だからこそで孤児の静子も寮生として生活が保証されているわけだが。
自分のせいで寮生が余計に落ち込んだと感じたアオはお詫びとして彼女を誘うことにした。
「──そうだ。明日から休みだし、ちょっとお姉さんのお仕事を手伝って見る気はないか?」
(面倒事を押し付けられるのは嫌だなあ)
だが寮生と寮母という上下関係を考えれば「雑務を押し付けようとしている」と感じるのは仕方がないだろう。
余計に目を背けた静子に対し、逆ギレ気味に舌打ちをしたアオは一瞬で後ろに回り込むと胸元を鷲掴んだ。
アオも女性なので掌がそこまで大きくないとは言えこぼれ落ちる静子のソレは傲慢である。
発育の理屈で言えば「そういうモノ」とはいえ、スレンダーなアオからすれば年齢不相応に理不尽な凶器をぶら下げていると感じるほどだ。
「ひゃあ!」
「言い方が悪かった。つべこべ言わず、春休み中はアタシを手伝え」
「な、何でですか。それに……やめてくださいよ!」
「コレは荒療治だ」
「何を言って……イヤですって」
「どうせ暇しているんだろう? バイト代は出すし、絶対に損はさせないから」
最終的にバイト代という餌に屈した静子は落ち込む以上にドッと疲れた顔で自室に戻ると夕飯の時間も無視して着替えもせずに寝てしまった。
寝ている間に帰省の準備をしていた他の寮生も出ていったので深夜に目覚めた静子は一人残された夕飯とシャワーを済ませて再び布団に潜り込む。
その頃アオは静子を連れ出して行う本業の準備に勤しんでいたのだが、彼女もまさかこの冒険が静子にとって大きな転機になるとは思っていない。
このときの彼女は落ち込んでいる静子を励ましつつ実践形式で戦技のレクチャーをしてあげようとしか考えていなかった。
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