実験恐怖の注射

悪本不真面目(アクモトフマジメ)

第1話

 家族が目の前で惨殺され生き残った十三の少年は「殺」に恐怖していた。外傷は少なかったがそれ以上に精神ダメージが大きく、親戚の家に引き取られたがそこでもまともに学校に行くことや生活することも困難だったと言う。


 そして社会人となって三十歳を迎えるはずの彼は未だに引きこもって怯えていた。

「ぼ、僕はコロ、殺される!」

その時の犯人は捕まり死刑も去年執行されたけれど未だに彼は怯えていた。「恐怖」に全て支配されていた。


 一方で「殺」に別の意味で支配されている男がいた。彼が事件を犯したのは十三の時女子高校生を刃物で刺そうとしたところを、たまたまパトロール中だった警官に見つかり取り押さえられ捕まった。


 彼の両親の話によれば、幼稚園の頃からぬいぐるみの首を引きちぎり、おもちゃを壊していて遊んでいた。彼はよく親にこう聞いていた。

「どうして人を殺したらダメなの?」

両親は元々この子に危険性を感じていたから、強く「そんな話するんじゃない!」と聞くたびに叱ったと言う。「赤ちゃんはどうやって生まれてくるの?」という生の理由よりも死、それも「殺」に対する興味が異常にあった。

 

 彼はこう語った。

「俺は、次こそやる。」

それを聞いた両親は涙を流しながら絶望をしたという。もう自分たちではどうすることもできなくなり少年は精神病院へと入院になった。


 そして彼は十八の時に何故か退院となってしまった。噂によればそこの患者の誰かを殺し手に負えなくなった病院が厄介払いをしたのではとされている。案の定彼は事件を犯した。


 親に車に乗せられ帰っていたが、途中でガソリンスタンドに立ち寄った隙をつき脱出した。酒屋の前に置かれている空き瓶を拾いそれを割ってその破片を凶器として、たまたま目についた五十代のくたびれた中肉中背のサラリーマンを刺した。刺された後急いで交番へと駆け込んだのであっさりと少年は捕まった。


 そこで以前入院していた病院から私に協力を求めてきた。私は少年を預かることにした。私の研究のいい実験材料として使えると判断したからだ。


 私の研究所にいる実験体には例の「殺」に恐怖する三十歳を迎える男がいる。男は私がドアをノックして入るとパニック状態に陥る。彼は叫んだ。そして少しでも安心がするのか逃げ場などない角の方へ行き頭を押さえ縮こまりながら私か何かに謝る。


 まるで獣である。握力検査をしたところ通常時彼は30㎏程度なのだが、このように恐怖状態だと200㎏を超える。これは成人男性のギネス記録を超える。「恐怖」というのは潜在能力を超える程のとんでもない力を出すことがある。それにしても彼は異常ではある。


 一週間にかけて私は彼に特別な注射をしていた。それは脳にある「扁桃体」が刺激されることで生み出される「恐怖」を固形化し、それを体内へ排出させる注射である。


 扁桃というのはアーモンドのことで文字通りアーモンド形をしている。そこが刺激されることによって「恐怖」が誕生する。「恐怖」は自らの危険性を察知したり回避するために必要で所謂生存本能がこの機能をもたらしている。しかしそれが異常に強いと生存本能だけが異常に働き他のことがおろそかになり、現在の彼の様に生活をするのが困難となる。


 排出の方法は肛門や口からや鼻からなど色々あるだろう。イメージとしては尿管結石などが近いかと思われる。排出が困難な場合は体を切開して手術という形をとろうと思う。いずれにせよまともに実験するのはこれが初めてだ。


「うぐぁぁ!」

怯えてた男は苦しみだした。恐怖が固まり体が排出したがっているのだろう。腹に今激痛起きているのだろう。妊婦が出産するのとどちらの方が痛いのかは分からない。興味はあるが彼の場合尋常でない量の恐怖を持っているのでひょっとしたら今の彼はそれ以上の痛さなのかもしれない。鼻の孔からスイカのバーゲンセール程の痛みといったところか。


 彼はこの部屋に備え付けてある専用のトイレに駆け込んだ。注射の効果はしっかりあるようで私は安心した。二日間彼はトイレから出てこなかった。


 彼の排出物は特別な研究室のタンクへと流れる仕組みになっている。もちろん便や血などが混じったものもありそれを研究者たちが手作業で洗い流し、細かく砕けた「恐怖」だけを採取する。


「恐怖」をパズルのように組み立てていくと白く図々しい胡坐をかいた昭和の親父のような形をしていた。これはしんどそうだなと私は思った。


 彼の肛門を調べると広がり裂けていて、これから排出するときは必ず激痛からはまぬがれないだろうなと私は思った。


 組み立てた「恐怖」はドロドロに溶かし液状化した。あくまで組み立てたのは興味本位であり目的だけを考えると無意味ではあった。ドロドロに溶かした「恐怖」を人肌に冷ましそれを注射器に入れる。


 今度私が訪れたのは例の「殺」に支配された十八の少年の部屋だ。この少年は危険で実験体としてうまく機能しない恐れがあったため、基本的に薬で眠らせていた。


 私は眠っている少年を車椅子に座らせ別室へと連れて行った。少年は寝言を「アワアワ」と何か言っていた。部屋へ入るとどの部屋もそうだが真っ白な部屋へ着いた。真っ白な部屋にはベッドがありそこに少年を置いた。


 そして少年の腕を消毒して注射を刺す。1000mlの量を三本分うった。

「うわぁぁぁぁぁ!」

少年が叫びだして私は部屋を出た。


 これを朝の九時、昼の十四時、夕方十八時の一日三回を一週間続けた。少年は基本ずっと叫んでいた。四日目ぐらいで喉が枯れカスカスになっても少年は叫ばずにはいられないようだった。


 正直まだたくさん残ってはいるのだが、少年は元は「殺」が好きだから「殺」の恐怖がそもそも体との相性が悪いようでこれ以上は入れることが出来ないと私は判断した。実際に私の予想を超える程に少年は暴れた。言い忘れたが、私はこの注射をうつようになってから少年を無理やり薬で眠らせることはしないことにした。


 やはり反応を見なければ実験の意味がないからだ。反応としては壁を叩いたりドアを叩いたり、彼の口からは初めての謝罪の言葉なども言っていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい開けてください。うぁぁぁぁ来る!コロ、コロされるぅぅぅぅぅ!!!」


 実験の結果は満足いくものであった。元の持ち主は空っぽになっていた。やせ型の身体もさらに痩せていてあばら骨がよく見える。やはり「恐怖」に全て支配されていたので、その全てであった「恐怖」がなくなることにより背骨が抜けダルンダルンな状態ということなのだろう。


 そんな彼は誰かのいう事をよく聞く。何かに支配されなければ彼は彼ではないのかもしれないと思った。だからこちらが指示をすればその通りしてくれるので実験体としては優秀な存在になったなと私は思った。


 さて私は確かめたいことがあって少年を久しぶりに薬で眠らせ、地下牢のようなところへと地べたに寝かせ入れた。ここは防音も完璧でいくら叫び暴れようが平気である。糞尿をぶつけても水で簡単に洗い流すことができる特別な素材のタイルを使用している。どんな実験体が入っても安心である。


 この部屋に私はナイフを床に落として私は部屋を出る。そして空っぽとなった男にナイフを持たせ、少年と対面をさせた。

 

 私は二人だけにして部屋を出た。私の予想では少年はもうすぐ目が覚めるはずだ。その予想を反することがなく少年は目を覚ました。私はそれをモニターで確認した。


「アウアウ・・・・・・うぐぁ!うぁぁぁ!コ、コロされる!!!、嫌だ、ごめんなさい、ごめんなさい。」


 私は少年の声をヘッドホンを通して聞いている。予想通りの反応で面白さはなかった。さて少年は気づいてくれるのか。


 少年は床を這いながら逃げる。私は空っぽの男に「ナイフを持って少年をゆっくりと追え」と指示を出した。


 男はナイフを持ちながら少年をゆっくりと追った。少年は叫びながら逃げている。

「うぁぁぁぁ、ゲホ、オエ、嫌だよぉぉぉぉ、コロ、コロされる・・・・・・あ、あーーーーーー!!」

少年は気づいた。きらりと光るナイフに。少年は藁をもすがる思いで掴んだ。そして、空っぽの男に襲い掛かった。男は床に倒れ少年は馬乗りの状態になりナイフを空っぽの男の心臓めがけて刺す。

「うぁぁぁぁぁぁ!!!エイ、エイ!!」

コミカルな掛け声とは裏腹に少年は無我夢中で残酷に空っぽの男の心臓を何度も刺した。正確には数えなかったが十回以上は刺していた。素人が見ても空っぽの男の死亡は明白である。


 「ああぁぁぁ、ぼ、ぼくがコロ、コロした・・・・・・うわぁぁぁ!!!」

少年はパニックになり壁に頭を打ちつける。頭から血が出てその傷口を人差し指でほじった後にナイフで刺そうとしたところで私はスイッチを押した。


 少年と死体のいる部屋から催眠カガスが出て、私は少年を眠らせた。


 実験の結果

『おおまかには実験は成功をしたが、やはり「恐怖」に立ち向かうために暴走をし、逆に相手を殺すという結果になる可能性あり』


 私は雑にそうメモした後で助手たちにこう言った。

「これは表では使えないな。実験は成功だ!」






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