第71話 事件の真相

 次に目を覚ました時、私の手を握っていたのはアリューシャ王女だった。瞼を開けた私の視界に、今にも泣き出しそうなアリューシャ王女の顔が飛び込んでくる。……あれから何時間眠っていたのだろう。まだ頬も口も痛い。

 彼女の不安そうな顔を見て、無意識のうちに私は引き攣る口角を上げ、微笑みの形を作っていた。


「……アリューシャ、さま……」

「……ふ……、……うわぁぁぁんっ!!」

 

 私が名を呼んだ途端、アリューシャ王女は顔をくしゃりと歪め、大きな声を上げて泣き出した。

 ああ、やっぱり心配をかけていたのね。可哀相に……。ごめんね、私の可愛い妹。


「……おいで……」


 安心させてあげたくて、私は重い腕を無理矢理動かし、アリューシャ王女に向かって広げる。すると彼女はベッドの上の私に覆いかぶさるように抱きついて、わんわんと泣きはじめたのだった。


「……可能であれば全てが解決するまでアリューシャには知らせたくなかったのだが、王宮中が大騒ぎになってしまったからね。気付かないはずがなかった。……すまない」


 私の上で震えているアリューシャ王女の髪を撫でていると、セレオン殿下が静かにそう言った。その声で、彼が近くにいたことにようやく気付いた。視線を横に滑らせると、困ったような顔をしている殿下の姿が見えた。




 数日間、私は痛みとめまいに悩まされた。

 けれどたびたび施される手当てのおかげでそれも徐々に和らいでいき、一週間も経つ頃には、会話も、立って歩くことも、ごく普通にできるようになっていた。

 何度も様子を見に来てくれるジーンさんから、私が攫われてからこれまでの経緯を教えてもらうことができた。


 あの日、昼食を済ませた私が部屋にやって来るのを待っていたセレオン殿下は、来るのが少し遅い気がして不安を覚えていたそう。そこに息せききった護衛が飛び込んできて、事の報告をしたことで激昂。身支度を整えるためにほんの一瞬私が一人になった隙を突かれて連れ去られたと気付き、王宮中が大騒ぎになったらしい。

 けれど、そこはさすがに王家に仕える人々。異変に気付いてから私の行方を追跡するまでの行動の速さと、近衛兵や王家の影たちの連携のとれた動きにより、私の監禁先はすぐに突き止められた。向こうもかなりの大人数を動かし、周到に準備して決行に臨んだようだけれど、全力で追ってくる王家の兵たちの相手ではなかった。


 大男にぶたれた瞬間私が悟ったとおり、首謀者はジュディ・オルブライト公爵令嬢であった。あの場で捕らえられた男たちが、拷問の末にようやく白状したらしい。男たちはジュディ嬢に個人的に雇われた、犯罪行為を請負う集団だった。

 ジュディ嬢の取り調べもすでに行われていた。このような大それたことを企てた理由は、やはり私を排除し、自分が王太子妃の座に納まるためであったという。


『……どうしても納得がいかないのです。あのようなぽっと出の下位貴族の小娘に、王太子妃という重責が務まるはずがない。どう考えても、王太子妃になるべきなのはこの私です。それなのに……、セレオン様は私情を優先し、もっともらしい理由をこじつけてこの私を邪険にしたわ。本音はただご自分が懸想した女を妃にしたかっただけなのよ。……馬鹿らしい……。いやらしい男……』


 取り調べを受けながら、彼女は呪詛のようにそう呟いていたそう。

 ジュディ嬢の気持ちはよく分かる。けれど、私はそれは違うと声を大にして言いたい。たしかにセレオン殿下は、私のことを想ってくださっている。けれど、私情を優先して王太子妃を決めてしまうような方ではないし、私は自分にできる最大限の努力を続けていくつもりだ。

 殿下があなたではなく私を選んでくださったのには、ちゃんと理由がある。自信を持って、そう言えるし、彼女にそれを伝えたい。

 だけどあの人は、セレオン殿下がいくら言葉を尽くしてそれを説明してくださったとしても、決して認めはしないのだろう。




「……それが今回の件の真相です。オルブライト公爵家には国王陛下より、爵位剥奪の上、一家全員国外追放との沙汰が下りました」

「……えっ……」


 あまりに厳しい沙汰に驚き、私はジーンさんの顔を見上げる。しかし彼は平然と言った。


「王太子殿下の婚約者を攫い、亡き者にする計画を企てていたのですから、当然の罰でしょう。未遂であったとはいえ、決して許されることではありません。国内に留まらせておけば、またいつよからぬことを企むかもしれぬと、セレオン殿下も追放を強く望まれました」

「……そう、ですか……」


 陛下やセレオン殿下がそうお決めになったのなら、私が口を出すことではない。けれど。

 

(あの方も、必死だったんだろうな……)


 そう思うと、後味が悪い。

 何とも言えない暗い気持ちになっていると、ジーンさんがため息混じりに言った。


「殿下との婚約が成立しなかったのは、間違いなくオルブライト公爵令嬢自身の問題です。あのお方が王太子妃として相応しい人物であれば、殿下は必ず妃に迎えていらっしゃいました。ですが、我が身を省みなかったばかりか、あなた様を逆恨みして、このようなことをしでかした。全てはご本人の責任ですよ。……大人しく引き下がっていれば、王家に嫁ぐことは叶わずとも、条件のいい縁談を王家から世話していただけていたはずなんですがね」

「……。」

「あなた様のせいではありませんよ」


(……あ)


 その言葉で、ようやく気付いた。ジーンさんは私を励ましてくれているのだと。


「……はい。ありがとうございます、ジーンさん」


 私がお礼を言うと、ジーンさんはツンと澄ました表情のまま、


「いえ、別に」


と、淡々と答えたのだった。





 

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