第49話 特別じゃない
セレオン殿下のご挨拶、そして国王陛下のお言葉が終わると、いよいよパーティーが始まった。優美な音楽が流れ出すと、セレオン殿下がオルブライト公爵令嬢の手を取り、フロアの中央に進み出た。二人のその姿を見るだけで、胸がツキンと痛む。ゴージャスなブルーのドレスに身を包み、殿下のエスコートを受け堂々と優雅に踊る公爵令嬢のその姿は、まさに会場の華そのものだった。
「ジュディ様のお召しになっているあのドレス、王太子殿下の瞳と同じ色ね。やはり殿下が贈られたものなのかしら」
「素敵ですわ。本当にお似合いのお二人……」
「ええ。発表はいつになるのかしら。先ほどのご挨拶では、まだ仰らなかったわね」
私の近くに立って二人のダンスを見守っていたご婦人方が、そんな会話をしている。
セレオン王太子殿下からでございます。そう言って侍女が持ってきた今夜の私のドレスは、ブルーではない。まるであの日、殿下のお部屋で二人で見た夕日を思い出させるような、優しいオレンジ色だった。
そんなことでひそかに落ち込むなんて、馬鹿げてる。当たり前のこと。私はあくまで王女殿下の教育係であって、セレオン殿下の婚約者ではないのだから。だからあの方の瞳の色のドレスなんて贈られるはずがない。むしろこうして、折に触れて贈り物をいただいているこの状況が、充分大切にされ過ぎていておかしいくらいなのに。
優しくされればされるほど、あの方の寛大さに甘え、いつの間にか私はあの方の特別な愛情を期待してしまっていたのだろうか。
なんておこがましい、畏れ多いことだろう。
(馬鹿ね私。本当に愚かだわ。知らぬ間に図に乗っていたのかしら……。そんなはずがないのに。あの方がいくら私に優しくしてくださっても、それは特別な感情があってのものではない。ただあの方の大切な妹君のために、この王宮にいる存在。それが私なのに……)
最初から分かっていたこと。そして最初は、それでさえも身に余る光栄だと恐縮していたじゃないの。
それなのに、いつの間に私はこんなに……。
静かな眼差しでオルブライト公爵令嬢を見つめ、ダンスをリードするセレオン殿下。
その殿下を熱い眼差しで見つめ返し、ピッタリと呼吸を合わせ美しく踊るオルブライト公爵令嬢。
そんな二人のことを、唇だけ微笑みの形を保ちつつ周囲に混じって見守りながら、私の頭の中にはこれまで殿下と過ごした時間が次々と溢れてきた。
初めて出会った時から、私の耳を心配し優しく気遣ってくださった殿下。
アリューシャ王女への教育を労い、私のことを誰にでも優しくできる素晴らしい人柄だと褒めてくださった殿下。
私に不愉快な思いはさせたくないと、困ったことがあれば何でも言っておくれと真摯な眼差しで言ってくださった殿下。
夕暮れのバルコニーで、出会えてよかったと、君は本当に綺麗だと、私の心を甘く捕らえるような優しい言葉をくださった殿下。
……ああ。
私はいつの間に、こんなにもあの方のことを好きになってしまっていたんだろう。
(……ダメ。こんなこと、今考えてはダメ。弁えなくちゃ。私は決して、あの方の特別じゃない)
あの方は私などには手の届かない、雲の上にいるお方。
きっともうすぐこの会場で、オルブライト公爵令嬢とのご婚約を発表される。
これまで優しくしてくださったセレオン殿下のお幸せを願って、心から祝福しなくては。
流れていた曲が途切れ、二人のダンスが終わった。皆が一斉に拍手をする。ここからは他の方々もダンスを楽しむのだろう。
(アリューシャ様もどなたかと踊るのかしらね。大丈夫。ダンスもたくさん練習されていたもの。もしかしたらセレオン殿下、次はアリューシャ様と踊られるのかしら)
そんなことを考えながら何気なくセレオン殿下を見つめていると、その殿下がこちらに向かって歩いてくる。……あれ?
アリューシャ王女は向こうの奥にいる。二曲目のお相手はアリューシャ王女じゃないのかな。
ぼんやりとそう思っていると、殿下は他のご令嬢方の間を縫うようにして一直線にこちらにやってくる。そして、殿下のことを見ていた私と目が合うと、まるで私を安心させるようににっこりと微笑んだ。その笑顔の美しさに、心臓が大きく跳ねる。
素敵な方だな……。そんなことを思っていると。
セレオン殿下が、私の目の前にやって来て歩みを止めた。
(……え……?)
どうなさったのだろう。不思議に思い殿下のお顔を見上げると、彼は優しい声色でこう仰った。
「……ミラベル嬢。次の一曲を、お相手願えるだろうか」
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