第40話 驚愕

「……。」


 ウィリス侯爵令嬢のその言葉に、アリューシャ王女は少し逡巡するそぶりを見せ、チラリと私の方を見た。私は目線で肯定する。セレオン殿下のご婚約者候補の方に対して、ここで「何のお話ですか?私は嫌ですが」なんてゴネるのも感じが悪過ぎる。私に対して何か思うところがあるのかもしれないけれど、それならそれで思惑を聞いておきたいと思ったし、侯爵令嬢の方からこうして謝罪の言葉と真摯な態度を向けてくださっているのに、こちら側が歩み寄りを拒絶していると取られても嫌だ。


「……ええ。あなた方さえよければ。私はこれから教師が来るから、こちらで失礼するわね」

「ありがとうございます、王女殿下」

「ではまた後ほど、お夕食の時に。アリューシャ様」


 お部屋に戻るアリューシャ王女に、二人揃って挨拶をする。アリューシャ王女は最後にもう一度私の方を見ると、そのままお部屋に入られた。


「……さ、では行きましょう、ミラベルさん」

「……え……っ?」


 てっきりここで少しお話をするだけかと思いきや、ウィリス侯爵令嬢はスタスタと歩き出し、さっきご自分がやって来た廊下の曲がり角をスッと曲がった。私は慌てて後を追う。


「あ、あの……、ウィリス侯爵令嬢。一体どちらへ……?」

「ええ。よければ少し庭園に出てみませんこと?ガゼボが整備されて美しくなったと聞きましたわ。私まだ行っていなくて」

「……っ、」


 私の返事も聞かず、ウィリス侯爵令嬢はほんの少し振り返ってそう言うと、そのまま歩いて行く。仕方ないから、私も大人しく従った。




「まぁ、本当に美しいこと……。以前よりさらに広くなったわね。あの椅子もとても素敵だわ」


 その後は庭園まで無言で歩いてきたウィリス侯爵令嬢が、ガゼボの辺りに来るとようやくそう口を開いた。


「下がっていなさい」


 そして侍女や護衛らにそう声をかける。ウィリス侯爵令嬢の後ろに付き従っていた数人が、一斉に私たちから距離をとった。


「……それで、ウィリス侯爵令嬢。私にお話というのは……」


 その後なかなか口を開かないウィリス侯爵令嬢に痺れを切らし、私の方からおそるおそる声をかける。すると彼女はその問いには答えず、私に背を向けたまま全く無関係なことを尋ねてきた。


「あなたはどう?もうこの整備されたガゼボには来たことがあって?」

「……。ええ、はい。一度ございますが……」

「ま、そうですの。それは、王太子殿下からお茶に誘われて?」

「……はい。さようでございます」


 嘘をついた方がよかったかな、などと一瞬頭をよぎったけれど、それもどうかと思うし、もう答えてしまったものは仕方ない。妙な誤解を招いてはいけないと、私は言葉を続けた。


「時折、王太子殿下とアリューシャ王女殿下のお茶会に、私もお誘いいただくことがございます。こちらのガゼボも、先週そのお茶会の折に来させていただきました」

「……そう。……それはよろしいこと。本当に、随分とセレオン殿下に目をかけていただいてるのね。あなただけが特別みたい。一体どんな薄汚い手をお使いになったのかしら。まさか、私たちなどには到底真似できないような下品な手でも、夜な夜な使っていらっしゃるの?」

「……っ!」


 こちらを振り返ってそう鋭い刃を突き立ててきたウィリス侯爵令嬢の瞳は恐ろしいほどに冷たく、私は思わず息を呑んだ。……やっぱりこの方は、私と歩み寄るつもりなど毛頭なかったのだ。

 だとすると、このままここで二人きりでお話してもろくなことにならない気がする。この人の言いたい嫌味を黙って聞いたら、早く切り上げて部屋に戻った方がいい。

 私が頭の中でそんなことを考えていると、ウィリス侯爵令嬢はさらに言葉を続ける。


「あなたって本当に、この王宮には似つかわしくない人だわ。いくらセレオン殿下や名ばかりの王女に気に入られようとも、所詮は没落寸前だった下位貴族の娘なんでしょう?権威ある方の懐に入り込んで何とかのし上がろうとするその野心は見上げたものだけれど、……やはりあなたのような野蛮な方には、生きるに相応しいそれなりの場所というものがあると思うの。……ね?そうでしょう?ハセルタイン伯爵」


(……え……?)


 ウィリス侯爵令嬢が突然あらぬ方向を見ながら、有り得ない人の名を呼んだ。理解が追いつかず、呆然と彼女を見つめていると、ガゼボの影から一人の男が出てきた。


「──────っ!!な……、」

 

(どうして……っ?!)


 ゆらりと不気味に姿を現して、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながらこちらへゆっくりと歩いてくるのは、紛れもなく私の元夫、ヴィントだった。






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