第3話 辛い結婚生活

 決して広くはないけれど、それなりに順調な経営をしていた我がクルース子爵家に暗雲が立ち込めたのは、私が14歳の時だった。父であるクルース子爵が長年の友人に騙され、莫大な借金を背負うはめになったのだ。その友人は完全に行方知れずになってしまい、我が家は途方に暮れた。

 そんなに学費が高かったわけではないけれど、それでも支払い続けていくことなど到底できず、私は通っていたクルース子爵領内にある学園を退学することとなった。学年断トツ一位の成績をキープし続けていた私にとって、退学は心の底から残念なことではあったけれど、両親にこれ以上気持ちの負担をかけたくなくて平気なふりをした。私の退学を惜しんでくださった学園の先輩方が、使わなくなった教科書や参考書などをたくさん譲ってくださり、私はそれらをありがたく受け取ってお礼を言った。これで家でも勉強が続けられる。

 領地の経営は傾く一方。そんな中、ある時両親から相談されたのだ。隣の領地の主であるハセルタイン伯爵家が私の評判を聞き、この知識を活かして経営の手伝いをすることを条件に、クルース子爵領に援助をすると言ってくれていると。

 父も母も暗い顔をしていたけれど、私は二つ返事で了承した。


「ありがたいお話じゃないの!お父様、お母様。私は全然構わないわ。ハセルタイン伯爵家に嫁いで、あちらの領地経営に全力を注ぎます。あんなに裕福な方々ですもの。うちの領民たちの生活もきっと守られるわ」

「……本当にいいの?ミラベル。あなたはハセルタイン伯爵家のご子息のことなんて……」


 いつも溌剌としている強い母が、見たことのないような悲しい顔をする。私はますます明るく言い募った。


「まぁ、正直よく知らない方ではあるけれど、貴族の結婚なんてこんなものでしょ?私の能力を買ってこんなに良い条件の結婚を提案してくださったのだから本当にありがたいわ。お受けしましょうよ!幸い領地も隣同士ですもの、きっといつでもお父様とお母様に会いにも来られるわ」


 私はこの家の一人娘。本当はいずれ婿を取りこのクルース子爵家を継がせたいと両親は願っていたのだけれど、もうそんなことも言っていられなくなった。ま、それはどうにでもなるはずよ。遠縁から養子を迎える手だってあるわ。


 こうして私は15歳にして、隣の領地であるハセルタイン伯爵家へと嫁ぐことになったのだった。

 けれど私の結婚生活は、予想していたよりもはるかに辛く厳しいものとなった。

 夫となったハセルタイン伯爵家嫡男のヴィントは私より4つ年上で、まだ15の幼い私を毛嫌いした。


「けっ。冗談じゃねぇ。なんでこんな色気の欠片もねぇ小娘と……。こんなの相手じゃ微塵もそそられねぇよ。おい、お前俺の部屋に近寄るんじゃねぇぞ。お前はただうちのために働く使用人の一人だ。そう肝に銘じてせいぜい仕事だけしてろ!俺の分までな!」


 ヴィントの両親であるハセルタイン伯爵夫妻もまた、私に辛辣に当たった。


「分かっているわね?わざわざお前のような貧乏子爵家の小娘など貰ってやったのは、我が領地の経営をより円滑に、そしてさらに発展させて利益を上げるためなのよ。お前がずば抜けて賢く、学園では飛び級するほどの成績だったらしいとか、家のために経営学も学んでいたとか聞いたからよ。しっかり働きなさい」

「ハセルタイン領にこれまで以上の利益を出さなければ、お前に存在価値はない。お前の実家の領地にこちらが支援してやっていることを忘れるな。それを補って余りある働きをするんだ。分かったな」

「は、はい。分かりました、お義父様、お義母様」


 嫁いだ初日から威圧的な態度でそうのたまった義両親に震え上がりながら、私は毎日懸命に勉強し、働いた。ハセルタイン領内の数々の事業を必死で学び、いかに効率良くそれらの事業の利益を上げていくか、今後どのような商売に手を出せばより大きな売上が見込めるか。遊ぶ暇など一切ないほどに、私は年がら年中、朝から晩までハセルタイン家のために尽くした。

 けれど私が婚家の三人から気に入られることは決してなかった。


「ミラベル、お前どういうつもりなの?ヴィントの妻となったのにいつまで経っても妊娠できないなんて。ハセルタイン伯爵家の後継ぎのことをどう考えているわけ?!この役立たず!!」


 ヴィントに相手にされないのだから、子などできるはずもない。それなのに結婚して一年が経つ頃から、義母は毎日のように私をそう叱りつけては、物を投げつけたり、頬を叩いたりするようになった。義父は見て見ぬふりを決め込んでいた。


 さらにその肝心の夫ヴィントは私の目など一切お構いなしに、結婚直後から次々に女性を部屋に連れ込んでいた。


「ね、あれがあなたの妻?」

「ああ、まぁ一応戸籍上はな。貧相でガキっぽいだろ?」

「でもすごく綺麗な顔をしてるじゃないの。可愛いわ。どうして床なんか磨かせてるの?」

「あいつはうちでは使用人の一員なんだよ。領地経営もやらせてるし、屋敷の掃除や雑用、何でもやる。何せ好きで結婚した相手じゃないからな。あいつの実家はど貧乏な子爵家でさ。助けてやる代わりに労働力としてあいつを貰った。それだけのことだ」

「へーぇ……かわいそ」


 ひたすら床磨きをする私の横を、そんな会話をしながら夫と愛人が通り過ぎていく。

 それに傷つき涙を零していたのは最初のうちだけだった。





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