第十一話 光の点の正体
あれは幾つの時の出来事だっただろうか、私は父上と共に長崎を訪れていた。私は宣教師が持つ教典に興味を惹かれ何となく眺めていた。
そこには異国の文字が並んでいた。読み書きを教えてもらった記憶はない。なのに書き記されている文字がどんな意味を持っているのか理解する事ができた。
文字から意思が伝わってきて、その意思を日ノ国の言葉に変え書き記す。
父上と宣教師が驚愕していた姿が思い浮かぶ。
私が初めて奇跡の子と呼ばれた瞬間だった。
筆を執ると自然と背筋が伸びる。
文字にはそれぞれ意思があり敬意を持たなくてはならない。そんな思いからか、文字を書くときは自然と背筋が伸びた。
「よし、こんなものだろう」
助けに来たとだけ木の札に書いたものを三つ程用意した。これを屋敷内に投じれば、何らかの反応は示すだろう。
明かりを取るために開いている窓を見つけると、そこに向かい木の札を投じようと狙いを定める。
窓には格子が縦に何本か並んでいて、その間を通さなければ中に投げ入れることは出来ない。狙いを定め集中する。
「どこ投げてんだよ」
私の失態ぶりに大蔵が呆れた声を上げた。木の札は窓どころか屋敷の壁に当たることもなく、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。
侍と対峙した時の影響がまだ残っていたのだろう、体の震えが止まっていなかったようだ。
「仕方ねーなぁー」
そう言うと大蔵は肩をぐるぐると回し、俺に任せろと言わんばかりの仕草をして他に用意していた木の札を拾い上げると、屋敷に向かい投じた。
「どこ狙ってんだよ」
大蔵は真っ赤になっていた。投じられた木の札は屋敷を越え、遥か彼方の方角へ飛んでいってしまったのだ。
気まずそうにこちらを向くと頭に手を当て、髪を摩りながら苦笑いを浮かべる。
もしかしたら重くもなく、軽くもない木の札を真っ直ぐ投げるのは難しいことなのかもしれない。
「やはりここは私が」
大蔵は疑うような視線を向けてくる。先程の放り方を見てしまうと自分の方が良いのではと思い、そのような視線になっているのだろう。しかし引き下がらなかった。
「今度は私の力を使う」
大蔵に言われここ数ヶ月間、自分の力がどういうものなのか探究してみた。物を引き寄せる力があるのなら、物を弾き飛ばすことも可能なのではないかと思い練習していたのだ。
練習の成果を試すときが来た。胸の前で手を合わせ指を組み『飛んで行け』と念じる。
「大蔵よ。私の力を見て跪け」
大蔵の前でなければ言わないような気取った台詞だった。他の者の前でこんなことを言ってしまったら本当に跪いてしまうことだろう。私のことを理解していると思っているからこその大袈裟な台詞だった。
「あれ?どこいった。消えちまったぞ」
私の力によって確かに屋敷の方角へ木の札は飛んで行ったはずなのだが、衝突音も何も聞こえなかった。周りを見渡すが残骸は転がってはいなかった。窓内に飛び込んでいったのだろうか。
「どこ飛ばしたんだよ。もう替えないぞ」
また書き直さなくてはいけないかと思った時、屋敷から物音がして人の声が聞こえ出した。
扉が開き、人が顔を出してきた。
「四郎様」
楓だった。丸い瞳をさらに大きく丸くさせこちらを見ている。初めは大蔵の方に視線を送って、その後にこちらに視線を向けた。
楓は通りに出ると注意深く周りを見渡した後、やけに大回りしながらこちらに向かって走ってきた。
「四郎様、何故このような場所に」
屋敷からは数人が顔を覗かせている。楓の他にも何人かいたようだ。
「囮はもう良い。島原城は夕刻どきには落ちるであろう。全員を連れこの場から逃げるぞ」
楓の瞳がさらに大きくなった。
「私達のために危険を冒してここまで来てくれたのですか。なんと勿体無い。でも動けぬ者もおります故、全員では無理です」
「馬を待たせてある。動けぬ者は馬に乗せるとよい」
そう言って屋敷の方へ向かおうとすると楓が抱きついてきた。私は心の臓が飛び出るかと思うほど驚いた。
「通りには撒菱が撒いてあります」
その言葉を受けて通りに目を凝らすと、砂と砂の間に鈍く光るような物体が見受けられた。
そういうことか。
人が走り込んでくるとその重みで周りの砂は沈み、撒菱が現れ足に突き刺さるようにしているのだとか。
なるほど、だから島原兵は通りを通らず家々を壊し近づこうとしていたのか。
楓について行き屋敷に飛び込むと、中は女の人と幼子ばかりだった。お腹の大きな人や赤子の姿まで見られる。
蜂起した時、戦えぬ者は囮を務めるのがよかろうということになったそうだ。
この場にいる者達は、銃を撃つくらいなら出来るだろうから、引き付ける役目をしようということになって志願してこの場にいるとの事だった。
それぞれの想いを抱え皆、戦っているようだ。胸が苦しくなる。
「楓、頼みがある。この者達を連れ、原城へ行ってくれ」
私が楓にそう申し付けると、一人の老婆が割って入ってきた。
「四郎様、我々をお抱えになられては食糧が持ちませぬ。ここで死にます故、どうかお気遣いなされず、お戦いください」
その言葉に更に胸が苦しくなった。
「老婆様。ご安心なされよ。食糧は私がなんとかします」
諭すように言ったのだが老婆は私の提案を頑なに拒否した。自分達がいては足手纏いになるだろうから、原城には行くべきではないと思っているのだろう。
その場にいる全員の目が私に集中し、誰も言葉を発することをしなかった。皆、同じ意見だということなのだろうか。
皆の覚悟はわかるが私はこの場の全員を救いたい。この場に置いて行って仕舞えば皆殺しにされてしまうのは明らか。そんな事をさせる訳にはいかない。
両手を重ね、お椀状にし高く掲げ、天に祈りを捧げた。その場の全員の目が私の仕草を不思議そうに、食い入るように見つめ出す。
天から光り輝く点が現れ出した。光の点は私の手の上にひらひらと舞い降りてくる。一つ、また一つと降りてくる。光の点は徐々に増え出し、光の川となって私の手に降り注いだ。
頃合いを見て祈りを止め、私の手に舞い降りて来ていた光の点の正体を、皆が見えるように差し出した。
米だった。
皆、驚きの表情を見せ、目の前で何が起きたのか理解できずに答えを求め首を忙しなく動かしていた。
「私は天の御子、天草四郎。私は奇跡を起こせます。私の前では食糧不足など起こりません。どうかご安心ください」
私の言葉にその場にいる全員がひれ伏してしまった。皆、有り難や有り難やと繰り返す。私の意見に反論する者などいなくなっていた。
「四郎、不味い。島原兵が動き出したぞ」
その時、入り口で見張りをしていた大蔵が駆け込んできた。
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