第二話 若者達の覚悟

「身を投げ打つことで死して天の楽園に行けると思っているのなら、思う通りにさせてやれば良いんじゃねーの」


 大蔵の言葉が頭に浮かぶ。大蔵らしい単純な考え方だと思った。


 幕府に反旗を翻すなど馬鹿げている。死を招くだけではないかと思っていたのだが、そうではないのかもしれない。


 皆が思い願う方向に導くことこそ、私の役目なのかもしれない。それが正しいことなのかどうかは私には分からない。

 私はただの人だ。皆が言うような御子様でも何者でもない。これからの世を見通す力も無いし、人々をどのように導けば良いのかも分からない。


 ただ今の圧政が良くない事だということは分かる。切支丹信仰者への殺戮行為、苛烈な年貢の取り立て、完全に度を越している。


 再三にわたり異議申し立てを行ったが、聞き入れる気配などまるでない。私達は立ち上がらなくてはならないのだ。


 ただ立ち上がるにしてもそれは皆の総意でなくてはならない。皆の意見を踏まえた上での行動でなくてはならない。


 島原の若者達が何を考え、何を希望しているのか見極めなくてはならない。


「さあ、皆の意見を聞かせてくれ」


 小屋に五人を招くとお茶とお茶菓子を用意した。五人とも余程お腹が空いているのだろう、お茶菓子の団子を食い入るように見つめていた。


「四郎様はお食べにならないのですか?」


 皆の前に皿が並んでいるのに対し、私の前には皿は無く茶飲み茶碗だけ置いてあることに気付いた椿がそう声を上げた。


「私の分は先程の漁師殿に上げてしまいました」


「なら私の分をお食べ下さい」


 そう言って椿は自分の前に置かれた団子を差し出して来た。椿の行動に皆もどうすべきか思案している様子だった。私はまた余計な気を使わせてしまったようだ。


「私は良い。皆、遠慮などせずに召し上がって下さい」


「私はお腹など空いてはいません。どうか四郎様がお食べになられて下さい」


 そう言った瞬間、腹の虫が大きく鳴き出した。椿は真っ赤になりお腹を押さえ顔を伏せる。


「天草は豊作となり十分な食事が摂れている状態です。私に遠慮などする必要はありません」


 島原と天草は目と鼻の先だ。今年も島原は凶作だったと聞く。私も満足な食事ができていないだろうと椿は考えたのだろう。


 しかし天草は大蔵が機転を利かせたお陰で豊作となり、暫くは十分な食事を摂ることができた。島原の方々よりは恵まれている状態だろう。


「腹が減っては戦はできませんぞ。今日は皆の話をじっくり聞きたい。腹の虫が騒いでしまっていては話が進まぬ。さあ、召し上がって下さい」


 五人とも額を床に押し付けるように下げると、感謝の言葉とともに食べ始める。凶作と苛烈な取り立てが無ければ、団子を口にするだけで涙することなどなかったであろうに。


 胸が苦しくなる。


「では島原の現状を教えてくだい」


 皆が食べ終えたのを見計らって、私はそう切り出した。


「本当に酷い有様です」


 初めに口を開いたのは新兵衛だった。


「彼奴等、人じゃねーです。凶作で取り立てる物などねーというのに、隠してる物があるだろ、全て出せ、と村中の家々を家探しして滅茶苦茶にしてしまうんです」


 新兵衛は怒りを滲ませ、時々拳で床を叩きながら話していた。


「全て滅茶苦茶にしても飽き足らず、庄屋の旦那の妊っている嫁さんを人質に取って、身ぐるみひん剥いた挙句、水牢に押し込め殺めてしまったんです」


 私は目を瞑り、天を仰いだ。


 なんという残酷なことを、そこまで人道に反した行為が何故出来るのだろうか。その場に居合わせ、何もできずにいた新兵衛はさぞ辛かったであろう。


「新兵衛よくぞ動かず耐えてくれた。其方の行為、誠に立派であった」


 蜂起はいつ勃発してもおかしくない、だがまだ準備の途中、動くべき時ではない。

 

 一つ目の話を聞いただけで、いたたまれない気持ちでいっぱいになってしまった。


「私の村では」


 今度は楓が話し始めた。


「観音像に見立てた、聖母様を所持していた老婆様が役人に見つかってしまい、像を取り上げられてしまいました。老婆様は家から引き摺り出され、村の広場まで連れて来られると、村中の人が見ている前で役人共は聖母像を叩き壊し、老婆様に踏み躙れと命じていました」


 心の支えとなっている像を踏み躙らせようとするとは、どれほどの屈辱感だったのであろうか。


「老婆様が拒否すると縛り上げ、棒で打ち据えだしました。そして、打ち据えられたくなければ像を踏み躙り、私は棄教すると宣言しろと強要するのです。老婆様が拒否し続けると何度も何度も容赦することなく打ち据えていました。そして遂に老婆様は動かなくなりました」


 これが島原の切支丹弾圧の現実なのだろう。天草もかなり酷いが島原はそれ以上のようだ。このような非現実的な行為が日常的に行われているかと思うと言葉もない。


 私が口を開こうとすると、楓はまだ先があるんですと言わんばかりに目で制してきた。


「しかも役人共の暴挙はここで終わりませんでした。亡骸を杭で串刺しにし、見せしめと言わんばかりに磔にして放置して帰って行ったのです」


 なんという鬼畜の所業か。


 心の支えを目の前で叩き壊すという屈辱を与え、踏み躙らせようとし、命まで奪い、それでも飽き足らず亡骸を冒涜するとは。人のやることとは到底思えない所業である。


「楓殿、老婆様の無念晴らすために共に戦いましょう」


「私の村でも」


 数々の悲話に心を痛めた椿も顔をしかめたまま沈痛な面持ちで話し始めた。


「ある日、鋏に隠し十字が刻まれているのが、露見してしまった者が取り立てられてしまいました。棄教を迫ったところ、私は切支丹故、死など恐れぬと言い放ったので銃殺刑になってしまったのです」


 普通の鋏ですで、押し通せばいいものを。


「役人共は銃弾を浴びせだしました。銃弾は急所を狙わず、手や足などに撃ち込むのです。銃弾を浴びるたびに悲鳴を上げるのを見て、死など恐れぬのだろ、なら何故叫び声を上げる。死など恐れぬのなら、叫び声を我慢して見せよと言いながら絶命するまで銃弾を浴びせ続けてました」


 役人共は鬼に心を乗っ取られているのだろうか。想像を絶するほどの悲話が続き抱えきれなくなってしまった。


「このままではいずれ我々も残忍な方法で処刑されることになるでしょう」


 新兵衛が床に両手を付き、首を項垂れながら怒りの籠った声でそう言った。


「殺されるのを待つだけなのであれば、無念の思いを抱えたまま逝った者達の、無念の思いを少しでも晴らすべく、一人でも多くの役人共を道連れにして逝きたいです」


 楓は表情ひとつ変えずそう言い放った。


「私達の運命は暴君松倉により、処刑されるか干し殺されるかです。どうせ死ぬなら戦って死にたいです」


 椿のその言葉に私は愕然とした。


 君主のことを暴君とまで言って退けた。敵愾心を隠す必要もないという強い決意の表れであろう。


「君達の意見は島原の総意か?」


「総意でございます」


 五人全員が力強い視線を向けたまま言ってきた。

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