NTR政策に順応できてますか?私?今すぐにでもNTR政策を破壊したいです。

鈴川 掌

プロローグ みだれかみ(加筆 修正版)

 ポツポツと雨が降り始め、トタンの屋根は演奏会としては最低点を叩き出す不協和音のオーケストラを始め、ヒビの入った窓を今にでも突き破るのではないのかという勢いでぶつかり、孤独な秘密基地は今にも崩壊しそうな所で留まっている。

 屋根を飛ばすのではないかという突風に、壁を突き破るのではないかという豪雨、もうそれは嵐だった。この状況になれば嫌でも思い出す、あの日もこのような雨が降る日だった。

「やめろ!私は奈(な)鳥(とり)以外の男に気を許す気はない!前にもそう言っただろ!」

 男に言い寄られる女が一人、片方は高校生の男、もう一人は中学三年生の頃の私。

「だけどさぁ!これは政策の一部なんだよ!そのためなら少し乱暴なことでも許される、そういう政策なんだよ!」

「ふざけるな何が政策だ、まだ子供が考えたほうがマシな政策がどこにある!」

「ずっとお前を手に入れたかった、なのにお前は一人の男しか見ようとしない!」

「お前が私に見合うための努力を怠っただけだ!お前の責任を私に転換するな!」

 組みつかれ、押し倒される、身体的成長を互いに終えた状況では余程の事が無い限り男に女が勝つことないだろう。

 向かい合ってファイティングポーズからであれば、急所への奇襲でチャンスが一度くらいあったかもしれない、だが手紙の通りにやって来るや否や、視界を封じられ身動きもできない状態でどこかへ運ばれたと思ったらこの有様だった。

 油断のし過ぎと言えばそれまでだとも言えるだが、状況が状況でそれこそ以前住んでいた国と比べてもこの国は平和で、平和を謳う国だったのだから、油断なんて簡単な一言で済ませられても困る。

「この国は終わりだな、誰も住みたくないだろう、こんな政策の国になんて」

「ははそれがそうでもないらしいぜぇ、見ろよこれ!この世論調査、場合によっては一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る、短絡的な奴らにとっては持ってこいの政策だなぁ!」

「馬鹿馬鹿しいな。お前のような下種には分からんか…、この世界は愛で出来ている、愛が無ければ腹を痛めて子は産めない、愛が無ければ子は育てられない、愛が無ければ…うぐっ」

 思い切り腹を殴られる、いい趣味をしているなと女は笑って見せる、実際内臓に響く様ないいパンチだった、それくらいしか相手に対してできる事が無い。

「うるさい、うるさい!うるさーい!お前は黙って俺の傍にいればいいんだ!お前は…お前は!いつもそうやって人を誘惑しては、興味なさげに立ち去っていく!」

 服をはだけさせて、女のブラジャーに隠された思った以上に発育のしていない胸が顕わになる。これはなんだ、なんなんだ、なんなんだろうなこの世界は、何処から歯車が狂った?

 手で目元を隠す事しかできない、それ以外の行動は許されない、実に最悪な気分だった。

「何が楽しいのか、何が嬉しいのか、そこまで必死になって……ははは」

 乾いた笑いが響く、強がりでもなくただ、もう呆れる事しかできない乾いた笑いだ。

 幾分の時間が経過し唐突になり始めた着信音と発信者を見るなり、男は冷や汗を垂らし慌てて去っていこうとする。


 ふと思う。それを私が許すと思っているのだろうか?

「お楽しみは、これから……だろ?」

 乱れた衣服、乱れた髪、ぐちゃぐちゃになった心情、その瞳には生気なんてものは宿ってはいない。だがそれでもいつも通りの力は発揮できる、虚を突きマウントポジションを取る、そうすれば多少の男女の差など押し返せる、私は女にしては背丈に恵まれていた。

「ヒッ…、ヒェエエ!……俺が悪かった、だからその手に………ギィァああああああああ」

 目の前の彼は何に怯えているのだろう?私はそう思う、今私が手にしている棒切れよりも先ほど散々私を辱めた、汚物の方が余程恐ろしいと私は思う訳だが。

 先ほどまで恥辱の限りを味わっていた少女はそこには居ない、居るのは狂気を孕んだ赤い瞳を左目に持つ、私と一人の人間だけだ。

「安心しろ…、私は人に誇れるほどの胸はないが、お前が言う様に誰かを惹きつけられる、例えお前のような下種でも、この美しさは理解できると思うんだ」

「だ、だから、それでなにを……」

「答える必要があるか?」

「や、やだ。やだやだ!助けて…助けてぇエエエ」

「死にゃしないんだから…な♡…騒ぐなよ…私は優しいから♪」

 口角が異常なほどに上がっている、そう私は実感する。

 この雨が煩い倉庫で、一人の叫び声を聞くたびに私は性を実感できている、とてもとても心地よくて物心が芽生えた時からの疑問はある、どうして皆はこの悦楽を興じしないのだろう?どうしてこの男の様に怯え、苦しみ、叫び、喚くのだろう。


 静かな倉庫で一人が横たわり、私は立ち上がる。暗い暗い倉庫の中で偶に光る雷は、この倉庫を一瞬照らし、何か水分が滴っていることを知らせている。

 ただ私はそこにあった、痕跡という名の無を見つめ気づいてしまう。

「あぁやってしまった…。最悪だ、彼になんと説明しよう…本当は彼に捧げる筈だったんだが…私の……」

 酷く残念なことだからこそ私は残念な気持ちになった原因を失って初めて気づく、私の終わりが始まったのはどうあがいてもここだ。どれだけの事があったとしても私が望む終焉への足取りはこの薄暗い倉庫の中からだ。

「この男、私を好いていると言う割には最後の最後で頬をぶつとは…、余程気に入らなかったのか?私の顔……顔には自信あったんだかな…違うか…」

 あたり前事だ、この男は愛を軽視していた、愛というモノを両者が抱き、初めて互いの性的思考は歯車の様に噛み合い、両者が悦楽という底なしの泥に溺れるのだ。

「着信が鳴っている…」

 乱れた髪を直す気力もない、乱れた衣服など体裁だけ整えれば誰も文句は言うまい。

「はい、もしもし?……………」

 鳴り響く着信源を発見し、誰かもしれない相手からの着信に出た。

「…………は?」

 最悪だ、今日は本当に最悪の気分だ。

 スマホの先から聞こえるのは、ある女の嬌声と男の謝罪の言葉。

 泣きじゃくるように謝りながら、けれどどこかその甘美なる快感には抗えぬと知ってか、その漏れ出た声が絶えずスマホの先から聞こえてくる。

 確認を取ろうとも一方的な宣言と共に、通話は切られ、リコールを繰り返そうともその通話が再びつながることはない。

 気づいた、恐らくこの女の策略に私は嵌ったのだ。あの男が急いで去ろうとしたのも、流石に政策という大義だけでは済まないのだろう。

 トークアプリを開く、そこには画像が何枚も添付され、何度も何度も確認を問う先ほどの通話相手の悲痛な叫びが記載されている。

 信じていたのに、嘘だよね、君がそんなことする訳ないって、そんな何件もの否定の文脈、その最後にあるのは、この画像を否定する文ではなく、私を否定する文と謝罪だ。

「先に裏切ったのはそっち……か、人間関係はすぐこうなるから困るな……少しだけ…あぁ少しだけ寂しい…」

 中学三年の秋を迎えたころ、私の最初で最後の恋は政府がいきなり叩き出した、最もふざけた政策で終わりを告げた。

 世界が狂ったのか、この国が狂ったのか、私が狂ったのか、それとも私だけが狂っていないのか、できれば最後の感想こそが真実であってほしい、そうでなくては心が壊れそうだ。

 一等星のように煌めいていた関係は、流れ星の様に一瞬で過ぎ去っていく。

 だから私あの日思ったのだ、決意したのだ、これは正当な怒りだと信じて。

「P………NTR特別推進政策………私はコイツをぶっ壊す!」

 土砂降りの雨が降る、雨で人を殺せるのではないかという雨が私を打ち付ける、ただ雨の中で私は佇み延々と雨水が私の体を滴り続ける。

 人生最悪のあの日に、私は脳を破壊されるほどの怒りを覚え、寝取り、寝取られを推進する政策PNTR政策の破壊を目論んだ。

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