聖なる夜に一日限りの愛を、孤独な君に贈り物を

@rinka-rinka

第1話 聖なる夜の出会い

いつも通りの金曜日のはずなのに。

街ゆく恋人たちとすれ違うたびに俺の心は荒んでいく。


この前俺は失恋した。

二年くらい付き合ってたんだけどな……。


彼女と三回目の聖なる夜を迎えることはできなかった。

その証拠に輝かしいイルミネーションとそれを彩る音楽とは正反対に、俺はひどく沈んでおり孤独感に苛まれている。


俺の心の空は灰色の雲に覆われて今にも泣きそうだ。

俺は駅前の煌めく異世界を訪れたが、自分が惨めに思えてきて、その場から逃げるように離れた。


家に帰っても結局独りなんだけどな。

それでもあのキラキラした世界にとどまり続けることはできなかった。


あの異世界とは真逆の閑散とした住宅街に戻ってきた。

俺は途中の公園に寄ってみることにした。

なんとなくこのまま家に帰りたくなかったから。


誰もいないベンチにそっと腰かけて、空を見上げる。

満天の星空と燦然と輝く月は異世界を闊歩する恋人たちを祝福しているのだろう。

でも俺にとっては嘲笑われているようにしか思えなかった。


目線を空から下に落とした。

その時俺は独りで俯きながら鞦韆に座る女の子を見つけた。

どうしたのだろう。

普段なら声をかけないであろう状況だったが、独りぼっちの俺は勝手に親近感を覚えて彼女に近づいた。


「あの、大丈夫?」


俺の声に反応して彼女はゆっくりと顔を上げる。

そして光のない目で俺を見た。


「あなたは……だれですか?」


俺は彼女の想像以上に整った容姿に思わずたじろいでしまった。


サラサラの金髪につぶらな瞳、肌は透き通るようにきれいで、唇は艶めかしさを感じる。


俺は動揺を悟られないようにしながら、優しい声音で返す。


「俺は独りぼっちの大学生だよ。君も同じなのかなって思って。それになんだか落ち込んでいるように見えからさ。お節介かもだけど声をかけたんだ。」


彼女は黙って俺の言葉を聞いていた。

そしてやおらに俺に問いかける。


「クリスマスプレゼントは欲しいですか?」


突然の質問に若干の驚きを見せつつ俺は答えた。


「今は……特に欲しいものは浮かばないなぁ。でも聖なる夜を誰かと過ごしたかったなって思う。孤独の夜はできれば迎えたくなかった。」


「そうですか。」


彼女はいったん黙ったが、再び感情のこもっていなさそうな声で話し始める。


「私って実はサンタさんなんです。」


急にカミングアウトされた事実に俺は言葉が出なかった。


「そ、それはどういう意味だ?」


なんとか言葉を絞り出す。


「そのままの意味です。私は今夜クリスマスプレゼントを欲しがっているいろいろな子供たちのためにプレゼントを渡して回るんです。」


「え……な、なんで、君がサンタさんの役目を果たしているんだ?見たところ君は普通の女の子に感じるけど……。」


「それは私が選ばれたからです。」


「え、選ばれたって……?」


彼女は空を見上げてゆっくりと息を吐いた。


「クリスマスが近づくと神様からお告げがあるんです。サンタさんの役割を果たして子供たちにプレゼントを贈るようにと。この世界の女の子が毎年一人選ばれます。クリスマスの夜に枕元にプレゼントが届くという出来事は、毎年一人の女の子の犠牲によって成り立っているんです。」


「そうなのか……じゃあクリスマスが終わったらもとの生活に戻れるんだな。」


俺の言葉に彼女は首を横に振る。


「いいえ、サンタさんとしての役割を終えると私の記憶と身体は消えてしまいます。神様からのお告げや、サンタさんとしての役割などについての話がこの世界に広まらないようにするためなんだそうです。そして何事もなかったように新しい身体で人生が始まりそこから新たな記憶を紡いでいくことになるんです。その身体は生まれたてからの場合もありますし、ある程度成長してからの場合もあります。ですが必ず今の私の年齢よりは若い状態から始まるみたいです。」


「そ、それじゃあ……今日まで君が過ごしてきた人生は……」


「はい、明日の夜で終わってしまいますね。もはやこの人生に意味はありません。どうせ忘れてしまうのですから。」


俺はあまりにも衝撃的過ぎて返す言葉がわからなかった。


「同情してくれなくても大丈夫ですよ」


「……君は怖くないのか……?もうすぐ君の人生は終わり記憶も消えてしまう。怖くないはずがないだろ……。」


「怖くはないですよ。もう変えられない運命ですから。覚悟はしてます。」


そう言う彼女だったが俺はかすかに震えている彼女の手を見逃さなかった。


そして気持ち悪いかなと思いつつも俺は彼女の手のひらを優しく包み込んだ。


「え……どうしたんですか?」


「君が震えているのを見て見ぬふりできなかっただけだ……。」


「そうですか、優しいんですね……」


「別に優しくなんてないさ……女の子が震えていたら寄り添ってあげるくらい普通のことだよ。」


その刹那、彼女は初めて笑みを見せた。


その可愛くも儚い笑顔を見たとき、俺は思わず彼女を抱きしめてしまった。


夜空の星が月がまるでここで立ち止まるなと言わんばかりに輝きを増している。


公園が静寂に包まれてまるでこの場所が俺たちだけの世界になったかのようだ。


俺は彼女を抱きしめたまま自分の思いを伝えた。


「君は多くの子供たちにプレゼントをあげるんだろう。でも君には誰もプレゼントを贈ってくれない。だったら俺が君に贈る。今晩は君はプレゼントを配るのに忙しいと思うから明日の夜、君が消えてしまうまで俺が君の人生の最期を彩るよ。最期に最高の時間と思い出を君に贈るから。どうかその時は心から笑ってほしい。」


彼女は黙って俺が紡ぐ言葉を聞いていた。


俺は彼女を抱きしめているので表情を見ることはできない。


けれど彼女の震えはなくなっており、こわばっていた身体も今はリラックスしているように感じる。


どのくらいの間抱きしめていただろうか。


時の感覚なんてとっくになくなっていた。


しばらくして横から彼女の声が聞こえた。


「ありがとう……ございます。あなたとこうして出会えたのももしかしたら運命なのかもしれませんね。あなたの言葉に甘えさせてください。明日の夜私の最期を最高のものにしてください。どうかよろしくお願いします。」


「ああ、約束しよう。必ず守るよ。」


満天の星空の下俺たちは約束を交わした。


これから彼女を襲う残酷な運命。


悲しい未来が待っているというのに。


今だけは煌めく星たちと激しく自己主張をしている月に祝福されているような気がした。

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