第7話 性の時間の行方

 俺がメガネ店にいる店員さんの胸を見た事で、アイが性に興味を持ち始めた。そして、彼女なりに調べて知識を身につけたようだ。


興味を持つのは良いが、入浴中の俺の裸をジロジロ見るのは感心しない。それをアイに指摘したところ「服の上から見る~」と言い出す…。



 「アイ。服の上からでもジロジロ見るのはダメだ」


言うまでもなく失礼な行為になる。AIが粗相をしたら、俺に責任が及ぶと考えるのが普通だろう。問題が起こる前に対処しないと。


「何で? お兄ちゃん見てたよね? 店員さんのオッパイ…」


それを指摘されると困る。適当にごまかすか? それとも事実と認めて釈明するか? 俺が取るべき行動は…。


「確かに見たが、あれは悪い事なんだよ。だからアイはやっちゃダメだ」


やはりごまかすのは、アイの今後を考えると良くないな。


「そうなんだ~。じゃあ店員さんに謝らないとね」


「えっ?」

予想外の言葉に頭がうまく働かない。


「悪い事をしたら謝らないと! おバカなアタシでも、それぐらいはわかるよ!」


「なんて謝れば良いか…」

当然ながら、そんなシチュエーションを経験した事はない。


「『オッパイ見てごめんなさい!』で良いんじゃない?」


墓穴掘ってるみたいで嫌だな…。あの店員さんの雰囲気からしてブチ切れる事はなさそうだが、お客さんとして見てくれなくなるかも。


「アタシも一緒に謝るから、ね?」


アイにここまで言われるのはさすがに情けない。それに、謝罪は社会人として何度もしている。“仕事モード”で謝罪すれば、誠意は伝わる…と思う。


「わかった。今度あの店員さんに謝ろう」

通報は勘弁してもらいたいが、は避けられないかもな…。


「今度? 明日にしようよ! 明日もあの人シフトだって!」


「アイ、どこでそんな情報知ったんだ?」


「メガネの度数を調整する時に店の奥? に入ったんだけど、そこにあったホワイトボードの“今日・明日”の部分に『下地しもじ』って名前が貼ってあったの。他の名前はなかったから、あの店員さんは下地って人だよ!」


アイの勘違いかもしれないし、そのホワイトボードがシフトを表すかはわからない。不確定要素が多いものの、明日の日曜日もやる事ないしな…。


「わかった。アイのその情報を信じて、明日も行くとするか」


「お兄ちゃんのAIとして、頑張ってサポートするからね!」


そのサポートが逆に不安にさせるんだよ。アイの善意だから“止めてくれ”とは言いづらいし…。



 話し合いが済んだので、俺は湯船から出て体を洗い始める。その時ばかりはメガネを外すが、アイの機能に支障をきたす事はないから安心だ。


メガネの置き場所は、俺のが見えないようにした。


「お兄ちゃん、背中のあの辺洗えてないよ?」


「あの辺ってどこだ?」

アイの言葉だけが頼りだ。


「えーと、右側の…」


何故か次の言葉が待っても来ない。伝えづらいのか?


「わかった、ちゃんと洗っておくよ。教えてくれてありがとな」


本当はよくわからないが、右側全般を意識して洗えばフォローできるだろう。こういう時は、人間とAIの距離感を意識せざるを得ない…。



 風呂から出た後、俺は早めに就寝する事にした。今日はアイが来てバタバタしたからな。それに、明日の謝罪のシミュレーションをしたい。


服装はどうすれば良いか…? “仕事モード”で行くならスーツ一択だ。ラフな格好では、何を言っても店員さんの心に響かないだろう。


問題は謝罪の内容だ。アイが言ったように「胸を見てしまいすみませんでした!」で良いのか? 遠回しにすると意図が伝わらない可能性がある。加減が難しいぞ…。


……もうダメだ、決まる前に眠気が限界になってしまった。明日考えるとしよう。

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