第三話 南桜高校科学部に足りないもの



 翌日の放課後、裕昭が約束どおりに理科室のドアを開けると、先に教室から消えていた啓介と一年先輩となる祐一が待っていた。


「先輩お疲れさまです。啓介から先輩が悩んでいるということを聞きましたので」


 全員初対面ではないから、祐一も苦笑いしながら椅子に座るように促す。


「どこまで聞いているのか分からないけど、困っているのは事実。ちょっと話を聞いてもらえると嬉しいんだけど」


 裕昭が何となく事情を知っていると察した祐一は、隠すことなく最低でも五月末までに新たに三人の頭数をそろえなければならないという科学部の窮状を正直に話した。


「なるほどです。それで啓介が自分に電話をしてきたということですね。役に立ちますか? こんな俺でも……」


 それまで部活に興味を持ってこなかった裕昭にとって、科学部という名前だけでも難しい活動をしているようなイメージを持ってしまう。


 しかし、中学時代から世話になってきた祐一が困っているということでは、裕昭としても無碍むげにはできない。


「そんな心配はしなくても大丈夫。うちはどちらかと言えば出張イベントの方が多いからね」


「出張イベント……ですか?」


「そう。どっちかと言えば校内活動より対外的なそっちの方が活動としてはメインだな」


 啓介の説明によれば、部の活動としてはこの理科室で何かの実験をする時間より、近所の小中学校や児童館、科学館などに放課後や休日に出掛けていき、実験ショーなどを行うというのが主な活動内容で、普段の平日はその準備のための道具作りや練習などに費やされているということだ。


 もちろん、いつも同じものでは飽きられてしまうから、新しいテーマを考え出すのも重要な活動のひとつになっているという。


「なるほど。そういった本当は見た目以上にアクティブな活動内容が見えてなかったことも今回のトラブルの原因ですね」


「まったく、裕昭は昔から容赦ないなぁ」


 祐一が苦笑する。全くもって裕昭の言うとおりなのだけれど、いざ校内での部活紹介となってしまうと、どうしても他の部活に比べて地味に見えてしまう点が、今回の窮地を引き起こした根本的でありながら解決できていなかった問題でもあった。


「自分が入部するのは、先輩の頼みですから仕方ないかもしれませんが……」


「ちょっと待て裕昭。今、入部って言ったか?」


「そうですよ。先輩の悩みがこういう問題であれば、俺が入ることによって少しは解決されるんでしょうから?」


「もちろん、ものすごく助かる!」


 裕昭としてみれば、この展開は昨日の電話の直後から想定はしていたし、高校生活において特別な理由も無く、部活動が活発な南桜高校にいながらどこにも所属していないことに何となく物足りなさを感じてもいたので、メンバーと事情がきっちりと判明した今、それを断る選択肢は考えていなかった。


「でもですよ、あと最低でも二人確保しなければなりません。新入生頼みだとしてもそれはそれでリスクが高いままです」


「確かにそれはあるね」


 部活として存続させるためには、最低でも五人の部員が必要。裕昭としてはもう少し余裕を持って新年度を迎えたいと考えていた。そうでなくても、吹奏楽部や合唱部、人気のあるスポーツの部活はともかく、趣味仲間が集まっているような弱小部活は毎年新人の確保に苦労しているからだ。


 それならば、仮に在校生であっても、もう少し人数が欲しいというのが全員の本音ではあり、あと二人を確定して年度を超す前に無用な不安を解消しておきたいと考えている部は他にもあるはずだから、今のうちから早めに手を打つ必要があるとの認識では一致した。

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