ゴーゴーヘブン!
隅田 天美
どうせ、運命なんて嵐!
天上界、地上、地獄。
この三つの世界の隙間に、中立地帯がある。
人間的には『夢の世界』とも呼ばれることもある世界だ。
夜の雑踏を異形の頭を持った異世界人や半裸状態の神々が酒を飲んだり、帰宅したり……
人間界と変わらない様相で動く中、地下のバーで一人の死神がローブを着てウィスキーをちびちび飲んでいた。
店主はあらかじめ理由を話して、退室してもらった。
「旦那、遅れてすいません」
そこに一見人間に似た男が入ってきた。
「おう、ダゴン。忙しい中、悪いな……」
「ええ、ええ。一級書記官を顎で使うのはあなたぐらいのものです」
ダゴン。
クトゥルフ神話に出てくる邪神の一人だが、この世界では「特別書記官」という肩書の元、様々な神々のサポートや配下の『深き者ども』に事務手続きの指示を出す。
それを示すように皮膚はうろこで覆われている。
「こちらが、あなたが転生して関りを持つ人たちの履歴書及び調査報告書です……骨だったんですよ……これ、本来は部外者閲覧禁止ですから……」
「さーっんきゅ。感謝しているよ」
そう言いながら、渡された封筒から数枚の書類を見た。
最初に興味を引いたのは凛々しい男だった。
「あー、彼はあなたの相棒で友人で弟子になる男です」
「鍛え甲斐のありそうな男だ」
「ええ、あなたも彼に多大な影響を及ぼします……彼も面白いですよ」
そう言ってダゴンは、複数枚ある紙のうちから一枚を出した。
「なんだ? 少し間抜け面じゃないか?」
「人のことは言えないでしょう……あなたの息子です。顔はあれですが、賢く強い子に育ちます……大木のような男になります」
「大木?」
ダゴンにウィスキーを注ぎ、前に置いた。
「大地に根を張り、大きな幹を生やす……そこが誰かの心休める陰になる、疲れたものを休め再び飛びだたせる……最近の人間にはいない面白い人間です」
仕事中なのか、ダゴンは一口だけ飲んで止めた。
「……ふむ……」
死神は骨の手で書類を数枚、吟味するよう見た。
あることに気が付く。
「こいつは、どうなるんだ?」
そこには幼い妻になる予定の女の写真があった。
そこまで愛想のよかったダゴンが真顔になった。
「彼女はあなたのせいで亡くなります」
「なんだって?」
「あなたは、世界で一番強い人間になる。しかし、そのせいで多くの人間から狙われる。その流れ弾に、巻き込まれます」
痛い沈黙が流れる。
--私、人間になった貴方と恋愛をして結婚して子供が欲しい
死神は一枚の書類をダゴンに渡した。
それは彼の父になる男の書類だ。
「この男をめいいっぱい強くしてくれ。それこそ、人間になった俺でも太刀打ちできないぐらい強くな……」
「旦那。この
死神はダゴンの反論に黙って聞いていた。
人間の命は一つしか持てない。
安寧な人生を来るのなら、別の女性と生きるのがいい。
「俺は弱くなる。それで、みんなと強くなる。そうすれば、みんなを守れる」
「旦那、それ、本気で言っていますか?」
ダゴンが思わず死神を見る。
「こんな時に冗談は言わん……でも、あの親父殿が『お前の勘を信じる』と言ってくれたんだ。多少は踊らされるさ」
本当はただのわがままだ。
--私はあなたが好きなの
『俺らしくねぇなぁ』
と自分に皮肉めいた笑みを浮かべる。
完璧な仕事をこなす死神に起こった人間らしい感情に彼自身が驚いていた。
もう、ダゴンに言う言葉はない。
「わかりました。では、あなたの父親を可能な限り強くしましょう……旦那、よき人生を」
そう言ってダゴンは去った。
『よき人生を……か……』
誰もいないバーのカウンターで死神はウィスキーを煽った。
上では、まだまだ魍魎や神々が雑踏を歩いている。
ゴーゴーヘブン! 隅田 天美 @sumida-amami
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