異世界でも食い道楽に生きていく!

破滅

01話 もふもふ神様との邂逅

 俺の名前はリオン・ベーカリー。寒村の中では比較的裕福な家に生まれた、平凡な14歳の少年だ。


 転生者で、日本人として生きた前世の記憶を持っていること以外は……。


 前世での俺の名前は熊上くまがみ 鈴苑りおん

 奇しくも今世と同じくリオン。前世から慣れ親しんだ名前を手放さずに済んだのは望外の幸運だった。愛着もあったし、紛らわしくもなくて助かっている。


 前世での俺は、パティシエをやっていた。


 元々食べることが大好きで、特に甘いものは好物だ。

 俺が雇われていた洋菓子屋は所謂ブラックと言う奴で朝早くから夜遅くまでの労働を強要されてはいたが、賄いに消費期限の近いケーキやクッキーを貰えるのでそこまで苦ではなかった。


 もちろん、塩辛いものや脂っこいものも大好物だ。


 週一で貰える休みに街に出て食べ歩きをしたり、月に一度2連休があるのでそこで遠出をして一風変わった美味しい料理を食べたりするのが趣味だった。


 そして、自分の店を持つことが夢だった。しかしそれは、道半ばで潰えてしまう。


 食べるのが好きすぎた故に作り上げられた肥満体とブラック労働のコンボは、あらゆる生活習慣病を生み出し、最終的に心臓発作を起こして死んでしまった。32歳だった。


 死ぬくらいならダイエットするべきだったと後悔しながら倒れ伏した俺は、気が付くと転生していた。


 ニクロス公国って小さな国にある名もなき小さな村のパン屋の倅――リオン・ベーカリーとして。


 5歳の頃に転生? と言うか、熊上 鈴苑としての自我を覚醒させた俺は、テンプレよろしく幼少期から鍛えて最強を目指そうと思ったけど、三日と持たず挫折した。


 魔法とかは高い本を買わないといけないらしくて習得する機会がないし、筋トレは続けられるような根性がなかった。

 文字通り、の運動嫌いだぞ? 舐めないでもらいたい。


 そんなわけで、努力無双を早々に諦めた俺ではあるけど、転生特典チートが一切与えられなかったというわけではない。


 俺は倉庫から少々の小麦粉とリンゴとバターを一つ拝借し、バターを練り込んだ小麦粉を寝かしながらリンゴをコトコトと煮詰めていた。


 何もリンゴジャムを作ろうとしているわけではない。

 この村は人よりも多いくらいに牛がいるくらいには酪農が盛んなのでバターは割と簡単に手に入るけど、砂糖が中々手に入らない。


 だから砂糖をふんだんに使う保存食、ジャムなんて贅沢品は作れないんだけど――暫くリンゴを煮詰めていると、ボンっとリンゴから煙が沸いて鍋には綺麗な黄金色の液体が残った。


 純度100%の『リンゴ糖』が完成する。


 これが、この世界に転生した時に俺が得たスキル『食い道楽』


 レシピ本やメニュー表を思わせる薄い冊子の中には、様々な『クエスト』や『レシピ』が記載されている。


 今回実行したのはリンゴ糖作成のレシピ。


 本来、リンゴ糖はたった数十分煮詰めるだけで作れるような代物ではない。


 だけど、レシピに書かれている条件『リンゴを20分火にかけて煮詰める』を達成すれば自動的にリンゴ糖を入手出来てしまう。


 これが俺の『食い道楽』の能力の一端だった。


 寝かしていた生地にリンゴ糖を練り込んでいく。


 そしてリンゴ糖を練り込んだ生地を綺麗な角柱形に整えてから均等な厚さに切り分けていく。切り分けた生地をパン焼き用の鉄板に並べて、火にかける。


「おい、そこの……」


 後は焼き上がるのを待つだけ。


 待ち時間に、安全に達成できそうな『クエスト』でも探そうかと『食道楽』を開いたら、後ろから魂が震えるような厳つい声が響いた。


 地面に腰を着いていなければ、驚くままに釜戸に飛び込んで火傷していたかもしれない。


 心臓が早鐘を打つのを感じながらゆっくり振り向くと、白銀の毛並みの綺麗な狼が佇んでいた。突然目の前に現れた猛獣の存在に、心臓が止まりそうになる。


 今、人間の言葉、喋ったよね……? 絶対に、並みの獣じゃない。


 とはいえ相手は猛獣だ。

 目を離さず呼吸を整え、怯えているのがバレないように向きなおる。猛獣は、逃げない相手は追わないって、何かの本で読んだことがあった。


「その本……ただならぬ力を感じる。其方、転生者かえ?」


「えっと……」


「怯えずとも好い。其方が転生者だからと言って、取って食ったりはせぬ」


 素直に答えて良いか迷ったけど、嘘を吐いて不興を買う方が怖かったので素直に答えることにした。


「そうです。……転生者ってのは珍しいんですか?」


「うむ。まあ、珍しくはあるがないということはないという感じかの」


「なるほど。……ところで貴方は――」


「おっと、自己紹介がまだじゃったな。妾の名はアルテミス。月と狩猟の女神じゃ」


 女神と名乗ってる割には、思いっきり犬の姿だけど……。


「この姿は化身じゃ。妾本体の姿は美し過ぎるが故に、並みの人間は卒倒しかねん」


「それで……アルテミス様はどのようなご用件で?」


「別に、この世界ならざる魂の気配を感じ取ったから様子を見に来ただけじゃ。礼儀がなってないなら釘の一つでも刺してやろうとは思っていたが、其方は神たる妾への礼節を損なうような愚か者ではなかったでな」


「……お眼鏡に適ったようなら良かったです」


 とりあえず、この猟犬は転生者の俺を食い殺しに来た猛獣ではなかったようで一安心する。あと地味に、心の声も見られてるっぽいから余計なことも考えないように気を付けないとな。


「ところで、それは何を焼いてるのじゃ?」


「あっ、やべっ」


 アルテミス様に気を取られて、焼いている途中だったの忘れてた!

 俺は慌てて鉄板を取り出す。……ちょうど、良い感じに焼き上がっていた。


「これは、クッキーという食べ物です」


「クッキー……?」


「ええ。美味しいですよ。お一つ如何です?」


 鉄板から熱々のクッキーを一枚摘まみ上げ、俺が一つを齧って見せながらもう一つのクッキーをアルテミス様に差し出す。


「クッキー……これは、其方が元居た世界の食べ物かえ?」


「まあ、そうですね」


 正直、この世界にもクッキーくらいはあると思う(村にはないけど)。

 でも俺は、前世の知識を元に作ったので肯定しておいた。


 待って。態々聞いてくるってことは、異世界の物を勝手に作っちゃいけませんとかってことだったりしたのかな? 失敗したかと内心ビクビクしていると、手で持って差し出していたクッキーがいつの間にかなくなっていた。


「ふむ。人間界の食べ物も中々に悪くないではないか」


 そっけない表情でそう言い放つアルテミス様の尻尾はぶんぶんと嬉しそうに振り回されていた。


 どうやら、お気に召してくれたようだ。

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