第4話 俺と共に落花生の中に籠るか?
――――八雲の社で暮らし初めて、数週間。鬼の頭領も、
季節は目まぐるしく変わる。この頃は空気が一段と涼しくなってきた。
そんなある日のことである。
「まめ、なづき……ですか?」
「そうよ。豆に名月と書いて豆名月。落花生鬼神にとっては特別な宴なの」
那砂さんと台所に立ちながら、聞き慣れない言葉に首を傾げる。そして八雲にとって大切な宴……?
「ほら、壱花ちゃんもカボピー食べる?」
「はい」
煮込み料理の最中、手が空けばよく食べているのは……柿……ではなくかぼちゃの種&ピーナッツ。略してカボピー。
「豆名月ってのは、人間の世界では豆をお供えする儀式とされているのだけど、今は地域や家によってやる、やらないが分かれているようね。だけど鬼の社会としては、落花生鬼神に対して鬼たちが落花生をお供えする宴なのよ。壱花ちゃんは八雲の花嫁ちゃんだから、一緒に参加することになるわ」
一緒に……宴に。実家でも、白玻の元でも、私がそのような場に参加したことはない。強いて言えば祝言の時のみ。
しかし愛される花嫁では決してない。鬼にもらわれていく単なる道具としてだ。
それ以降、ただの道具であった私に、花嫁として宴に招かれる……なんてことはなかった。
それなのにあの晩は……花嫁として招かれた。白玻に離縁され、弥那花の晴れ舞台を見せつけられるためだけに。
今さら宴に参加させられるなんて、どうせろくな企みではないと分かっていたけれど。
人外の脅威にさらされ、道具としてただ在ることだけを求められた私には……断るすべなどなかった。
しかし今は……違うのだろう。八雲は私を道具としてなんて、思わない。ただ私が私として八雲の隣にいることを望んでくれている。
だから八雲と一緒なら心強い。ボロボロだった身体もだいぶよくなって、痛まなくなった。社の湯のおかげ……らしい。ここの湯は心身をよく癒してくれるのだと聞いた。
だんだんと回復してきたとはいえ。
「鬼が……来るんですか?」
それが何より、未だに恐ろしい。植え付けられた痛みは、身体の内外の傷と一緒に全て癒されるわけじゃない。
リラックスはできるけれど、ひとりになれば自ずと不安が襲ってくる。
それでもみんな、そばにいようとしてくれるから、まだ平気なのだ。
八雲や玻璃はもちろん、那砂さんや夜霧さんも優しくて、今まで私を苛んできた鬼たちと違うと分かるし、信頼できる。
――――けれど、痛め付けられてきた月日もまた、変わることのない真実である。
「そうね。宴会場の給仕も鬼だし、各鬼の頭領やそれに近い鬼や祭祀を取り仕切る鬼たちが来るわね」
頭領が……っ。私の顔色が変わったことに気が付いたのか、那砂さんが優しく微笑む。
「大丈夫よ。何があったのか……八雲に運び込まれたことを知ってるもの。何となく察してるけど。頭領ってのも一枚岩じゃないし、他にもいるのよ」
「そう……なんですか?」
白玻だけじゃ……ない?
白玻は鬼の中でも特別で髄一の存在。そう教えつけられた。いや、それしか許されなかった。疑うことは、鬼への翻意でもあったのだ。
「そうそう、まずは人間界に主に影響力を発する頭領とか」
それは白玻のことだろう。
人間界での頭領の名は、白玻しか聞かないから。弥那花も実家も、白玻こそが最上と見なしてきた。
逆に言えば弥那花も実家も……それ以外を知らされる【立場】ではなかったのか……。
「他には鬼の社会を主に統率する頭領。頭領の中では一番影響力を持つ方ね。そして鬼神を祀ることを主な務めとする頭領がいるわ。鬼神の血を継ぐ八雲のことは鬼の崇める対象なのよ。その花嫁ちゃんに酷いことをしてみなさい?鬼神の怒りはもちろん、祭祀の頭領も、それぞれの勢力の鬼たちからも爪弾きにされるわよ。そして……八雲も怒るわ。
知らなかった鬼の知識が、まだまだたくさんいる。白玻が最上で、鬼に逆らってはならない。それ以外のことは学ぶことすら許されなかった。知恵を身に付けることでさえ……モノには、必要のないものだったから。でもこれからは八雲が守ってくれる……。こうして鬼のこと、八雲のことを知ることができる。
――――だけど。
「あの……八雲は……怪我とかしないでしょうか」
頭領に怒ったら……何をされるか。
確かに八雲は強いと思う……けど。
「しないわよ。少なくともあの……白鬼の頭領だったかしら?あれよりも八雲の方が強いもの。八雲に楯突く輩がいらば、即乱れ豆鉄砲食らわせるわよ」
「……そう言えば」
乱れ豆鉄砲、食らわせていたっけ。
そしてあの恐ろしい頭領の白玻や……鬼たちまで悲鳴をあげていた。
「そうそう、だから安心して行ってらっしゃい。玻璃ちゃんは……まだ早いから、私たちに任せて」
うん……お豆が……やっぱり出るんだろうか。それならお留守番の方が……いいよね。間違えて食べちゃったら心配だ。
それに、頭領の前に出して嫌なことを思い出させたら、嫌だ。そして那砂さんなら、信頼できるもの。
「お願いします」
「もちろんよ」
※※※
「豆名月のことを那砂に聞いたのか」
「うん」
出来上がったお昼ご飯を那砂さんと運んで、玻璃と八雲と食べていれば、不意に先程の豆名月の話になった。
「まぁ……宴だし……。そうだ、花嫁を自慢するにはもってこいだな!」
嬉々として笑う八雲を見ていると、やはり元気になるなぁ。
だけど……そこには白玻も来る。
「俺の前にいるのに、他の鬼のことを考えるのか?」
不意に真顔になった八雲にびくんっと来る。
「え……っ、だって……」
やはり不安になる。また、何かされないだろうかと。
「俺の隣にいるのに、手を出させるようなことはしない。そのような身の程もわきまえぬ鬼など笑止。だから何も心配するな、壱花」
「……うん」
きっと八雲は私を守ってくれるのだろう。八雲は優しくて、優しくて……。
「あぁ、俺の嫁がかわいすぎる……っ」
不意にぎゅっと身体を包んでくる腕に、私も傍らの玻璃もびっくりしつつも安心できるものだと分かる。
「それでよい。むしろ……宴の場では俺と共に落花生の中に籠るか?」
「いや……さすがにそれは」
宴会場に普通に巨大落花生がいるのは……以前見たけれど。
「俺とひとつになりたければ言うとよい。誰も文句は言わん」
「だからって……その、最初は……殻の外でいい」
「そうか?」
何だか……残念そう?
「でも、隣にいてね?」
「あ゛――――――――っ」
「ひぇっ!?」
いきなりどうしたの!?
「俺の嫁がかわいすぎるうぅぅ――――――――っ!!!」
その……目の前でそう言われると、照れてしまうのだが。いつも……弥那花と比べられてきたのに……。
「俺の嫁は至高の存在だぞ?誰かと比べるなどとおこがましい」
妙に真顔なところが恐いのだけど。
しかしその後もぎゅむぎゅむしながらすりすりしてくる八雲に身を任せていれば。
「あの……玻璃のご飯が」
玻璃がびっくりしたままこちらを見ている。
「ふむ、なら玻璃も来るといい」
「えっ」
けれど、八雲に抱っこされ、私と一緒に抱き締められれば、玻璃も溢れんばかりの笑顔を見せてくれる。
何だか……家族、みたい。
「そうであろう?」
「……うん」
この幸せな時が……ずっと続けばいいな。
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