第3話 落花生鬼神にピーナッツバター
落花生鬼神の社には、人間でも居住できるように台所もあり、食材も揃っていた。
八雲が……揃えてくれたのだろうか。それはそれでありがたいのだけど。
「はぁ……はぁ……っ」
3歳児の
――――絵面的に。
「あの……やっぱり別のメニューに……」
した方がいいのでは?だって……。
「いや、ピーナッツバターサンドがいい!
――――とは言っても。
「あの、八雲は落花生鬼神なのに……ピーナッツを食べることは……いいの?」
「むしろ……食べて欲しい」
そう言えば……お母さんの落花生の精は、人間に豆を食べて欲しかったのよね。
「そしてピーナッツが壱花の中に取り込まれることで……はぁはぁ、肉体すら壱花の一部になる……!すごく……震えるほど、感じる……っ!」
しまいには何を言ってるのかよく分からなくなってきた。
「それに、身体の中にピーナッツがあれば、同時に俺の守護にもなるからな!」
八雲の……守護。
「もちろん普段からも、壱花と玻璃に守りの加護は与えているが……落花生鬼神にピーナッツバターサンドと言う」
何だろうか、その格言じみたものは……?鬼に金棒的なものだろうか……?
「そうともいう!さぁ、壱花と……はぁはぁ、ひとつになりたい……っ」
それは子どもの前でしていい会話なのだろうか……?いや、ピーナッツバターサンドを食べるだけなのだが。
とにもかくにも。
「できたよ」
ピーナッツバターサンドをテーブルの上にあげる。
玻璃には小さな子どもでも食べられるような、粒のないペーストタイプのピーナッツバターを、小さく食べやすいようにくるくるサンドにしてみた。
八雲曰く、玻璃にはピーナッツアレルギーなどはないらしく、食べられるそうだ。落花生鬼神だからこそ分かるらしい。
いろいろと……チートらしい。落花生や、豆に関しては。
「こっちが、玻璃の分だよ」
「うむ」
玻璃の分は八雲が自然と手にとって食べさせてくれる。
本当に……優しい。こんな風に夫婦で子育て……なんて想像もつかなかったことだから。
「花嫁には優しくするものだろう?」
鬼にはなかった感性……いや、
でも私は八雲のように優しい鬼は知らなかった。
「壱花に優しくする夫は俺だけでいい」
「……」
白玻のことを思い出してしまったから……八雲なりに励ましてくれているのだろうか。
「さぁ、壱花も食すがよい」
「……うん」
ピーナッツバターサンドなんて……久々に食べる。
「……おいしい」
「そうそう、病み付きになるほどであろう?」
「うん」
久々の……おいしくて穏やかな食事だ。こんなにも穏やかに食事をできたことなんて、今までになかった。そして誰かと一緒に、楽しく食事をするなんてこと。
「あ……八雲も、食べて?」
玻璃に食べさせてあげている八雲の口に、ピーナッツバターサンドをつまんで近付け……。
「あ、ごめんなさい、食べれない……よね……?」
だって、八雲自身がピーナッツの殻を背負ってるのだ。共食いに……なっちゃう……?
「この身にピーナッツを取り込むことは、ピーナッツたちのパワーをもらい俺もパワーアップする。ピーナッツを食すこと自体は問題ない」
それはちょっとホッとした。
「俺は神だから普段は食事をしなくてもよいのだ」
そっか……神さまだから。
無理に食べさせたら、きっと迷惑だよね。
「そんな顔をするな。壱花があーんしてくれるのなら、喜んで食そう」
「あ、あーんっ!?」
するの!?
「新妻からのあーん」
そんな訴えるような目を向けられたら……っ。
「あ、あーん……」
ドキドキしながらピーナッツバターサンドを八雲の口に再び近付ける。
「はむっ。ん……うまい。壱花に料理してもらったピーナッツたちが……喜んでいる……っ」
そんなことまで分かるのか。
そして八雲にあーんしつつ、玻璃がもぐもぐと食べる姿を見つめながら、私もピーナッツバターサンドを口に運ぶ。
「あら、もう食事にしてたの?」
その時唐突に女性の声が響いて顔をあげる。
深緑のロングヘアーに銀色の瞳の……美しい女性の、鬼。それを示すように彼女の頭からは緑の2本の角が伸びている。
頭領の家では女鬼はほとんど見なかったから、新鮮だ。そして女鬼はとても少ない。それゆえに鬼は人間から花嫁を娶り、繁殖の道具とするのだ。
「うむ、我が花嫁にピーナッツバターサンドを作ってもらっていたのだ。やはり自らピーナッツを調理してくれる嫁は尊すぎるとは思わぬか?そして俺にあーんをしてくれるのだ。これはまさに……ゾクゾクする……!」
ぞ……ゾク……?
「はいはい、あなたが花嫁ちゃんを気に入ってることは充分に分かったから。でもそれだけじゃ栄養が片寄るわ。今、何か作るわね」
「あ……じゃぁ私も……っ」
慌てて立ち上がろうとすれば、女性が首を振る。
「いいのよ。花嫁ちゃんはゆっくりしていて?その方も八雲が喜ぶ……と言うか大人しくしてるから」
稀に見る女鬼は、人間の花嫁であることをことさらに憎んで来た。キツく当たってきた。道具であることをいいことに、蹴られ叩かれ、遊ばれたこともある。だけど……。
「私は
那砂さんが示せば、続いて夜霧さんも入ってくる。
「八雲ったらひとも鬼も選ぶから、なかなか社の手伝いを任せられる鬼もいなかったのだけど。八雲が自らひとでを確保してきてくれるのは助かるわ」
「その……追放された身ですから。ここに置いていただけるのでしたら、できることをさせていただきます」
夜霧さんもぺこりと頭を下げる。
むしろ今までは私が一番、底辺だったのに……調子が狂う。
「壱花は我が花嫁なのだ。大切にされる権利があるのだ」
権、利……?
白玻のもとでは全て取り上げられていた。自分の意思で生きることすら。
「あら、壱花ちゃんっていうのね。かわいいじゃない」
「おい、こら、那砂。勝手に呼ぶな」
「私は構わないけど……」
今までの人生でも、呼ばれることなんて、ほとんどなかった。名字は弥那花と被るから、『あれ』『それ』と呼ばれるだけましだった。
鬼の嫁になってからは……名前自体を取り上げられたから。八雲が呼んでくれるのも、那砂さんが呼んでくれるのも……嬉しいのだ。
「ほら、壱花ちゃんもそう言ってるじゃない。独占なんてずるいわよ?女には女にしか分からないこともあるんだから」
「むぅ……それはそうだが」
八雲は渋々ながら……認めてくれた……?
「それじゃ、壱花ちゃん。女同士、何かあったら何でも頼ってね」
「は……はいっ」
那砂さんは……優しい。同じ女性からも蔑ろにされることが多かった。普通だと。弥那花に比べれば価値もないと。こんなに素敵な女性に……そう言ってもらえるのは……とても嬉しくて……。那砂さんなら……頼れる気がするのだ。
「価値などどうでもよい。壱花だから良いのだ」
私だから……。
「それに那砂は面倒見がいい。あまり那砂に懐かれるのは嫉妬するが……だが、何かあれば頼るといい。那砂は喜ぶ」
嫉妬……しちゃうの……?ちょっとかわいらしい……と思えば八雲とじっと目が合う。その印象が意外だったのだろうか。でも、すぐにいつもの屈託のない笑みを浮かべてくれる。
「さぁ、壱花」
座るように促され、ぽすんと席に腰をおろす。
そして暫くすれば、那砂さんと夜霧さんが、追加のおかずを運んできてくれた。
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