第7話 鬼の宴


招かれざる客。


いや、招かれてはいたのだろうが、完全に招かれざる客となった弥那花ミナカ白玻しろはは宴会場から引きずり出された。


「さて、邪魔者がいなくなったところでっ」

伊月さんがにへらぁっと笑みを浮かべてこちらに戻ってきた。先ほどまでのゾクリとする気は既に消え去っている。


「花嫁ちゃんを紹介してね」

わ、私!?

そして緑鬼さんと一緒に私たちの席の前に、サッと座布団が用意され、ふたりが腰掛ける。


「えぇ?」

しかし八雲は八雲で不満顔。


「その、八雲ったら……っ」

以前なら意見することもなく、ただ怯えるだけだったのに。どうしてか八雲には……安心するからか、言葉を交わそうとしてしまう。


「それでいい」

「……っ」


「壱花に言葉をもらうのは嬉しい」

「そう……なの……?」


「八雲ったら……花嫁ちゃんの心の声聞いてるの?」

その時伊月さんから声がかかり、ハッとする。その、この場にはおふたりもいるのだから、しっかりしないと。


「あなたが言うか?」

しかし緑鬼さんが意外そうな顔を伊月さんに向ける。


「あっはっはっは。まぁ、それだけ好きってことなのかなぁ。めでたいことだよね」

「当然だ」

即答する八雲も八雲なのだが。


「照れてる壱花もかわいい」

「す……すぐそう言うことを……っ」

言うのだから……!


「聞いている通りらしい」

「あっはは。君のところは情報源があるものねぇ」

それはどういう意味なのだろうか……?


「いや、しかし。まずは花嫁ちゃんに自己紹介をしようかね。気になっていることだろう?」

「……は、はい」

伊月さんの言葉に頷く。


「まず、私は伊月。鬼の頭領をしている。もっぱら担当は鬼の世だ」

この方が……。そして白玻よりも、偉い……頭領さん?


「当然だ。鬼神なのだから、鬼の誰よりも偉く、強い」

「き……鬼神さま……神さま……!?」

そうか……だから白玻は……っ。


「確かにそうだけど、神事はほとんど八雲に任せてるから。今はほとんど鬼の世を治める頭領の仕事に専念しているよ」

とは言っても……神さま……。あれ、そう言えば……八雲って……鬼神さまの……息子……?


「そうだが?」

「お……おや……っ」

親子!?


「うむ」

「え……えと……」

それって、義理のお父さまになるのでは!

私はこの席に座っていていいのか……!?

慌てて立ち上がろうとすれば、八雲の腕が腰をすとんと落とすように巻き付いて来た。


「八雲ったら、言ってなかったんだねぇ。あはは、まぁお前らしいね。やっぱりぼくの息子だから、そう言うところもあるかなぁ」

「別に」

別にって八雲ったら……。


「でも、その席は息子と君のための席だから、遠慮せずに座りなさい?神事でぼくがそこに座ったら、神さまの仕事をしなくちゃいけなくなっちゃう」

「いや、それも務めなのですが」

緑鬼さんの言葉に、伊月さんは相変わらずヘラヘラと微笑んでいる。


「でも神さまとしては隠居してるから。元より、鬼蓮きれんが人間の花嫁に対してだいぶひどいことをしていたようだ。あちらには人間界を任せていたとはいえ……ぼくも任せすぎたと言うところがある。あちらの掃除もしなきゃいけないし。神事に関しては暫くはまだ、八雲に一任するよ」

やっぱり先ほどの話の通り……白玻は頭領ではなくなるのだろうか……?


「人間の花嫁を道具としたのだったな……?人間の花嫁と言うのは、女鬼の少ない鬼にとっては救いの存在でもある。あの男の考えは理解できない」

緑鬼さんが頭を抱えていた。


「そう……なのですか」

「当然です」

緑鬼さんが即答する。


「私も妻は人間ですから」

え……っ。


「まだ名乗っておりませんでしたね。私は祭祀を取り仕切る鬼の頭領のひいらぎと申します。娘からも花嫁殿のことは聞いておりますよ。とてもかわいらしい御方だと」

「娘……さん?」

もしかして……なのだが。その髪と角の色は……。


「那砂です」

「那砂さん……っ」

その、お父さまだったんだ。


「我らは代々祭祀を取り仕切っておりますから、その血族の娘も、落花生鬼神さまにお仕えしているのです」

「まぁ、八雲と合う子があんまりいなくて、切り盛りが大変だったのだけど……今はもうひとり迎えたんだったね」

伊月さんが夜霧さんを見る。夜霧さんはぺこりと礼をし、伊月さんがにこりと笑んだ。

あれ……そう言えば。夜霧さんはともかく、弥那花は夜霧さんには見向きもしなかった。彼女にとっては……悲しいがそう言うことだったのだろう。

夜霧さんはとても優しい鬼なのに。


「……ふぅん?」

八雲がぼそっともらした相槌は……八雲も同じように感じたと言うことなのだろうか。


「さて、今宵はおいしいものをたくさん食べてくだされ。甘味もありますので」

「甘味……っ」

つまりはスイーツだ。


伊月さんと柊さんがにこにこしながら席に戻れば、追加で料理が運ばれてきた。宴会場は盛り上がっているみたいだが、一郭だけ……どんよりしてないか?


「ふふ……っ、あれは鬼蓮きれんの一派だよ。本当ならば今すぐ退出したいところだろうが、伊月と柊から生き恥を晒せとばかりに睨まれているから動けぬのだ」

あ……そうか。白玻たちは退場しろと八雲と伊月さんが命じたけど、彼らは違う。そして伊月さんと柊さんがいる以上……彼らも好きには動けないのだ。


「気になるのなら、追い出すが?」

「……うーん……」

何かしてくるわけではないのなら……。かといって伊月さんたちからの圧から解放してあげると言う……義理もないかな。


こう言う宴にくるような立場の鬼たちだ。白玻の側にいるような、見覚えのある鬼たちもいるが……、わざとこちらを向かないように黙々と食事を口に運んでいる。


「ほう……?それはどいつだ?余興に遊んでやろうか?」

いやいやいや、だからどうしてそう物騒な思考に……。


「関わりたくないから……」

「ふむ……そうか」

それに……今は目の前に来たスイーツの方が……。


「甘味に嫉妬してしまうぞ」

そう耳元で囁かれた甘い声に、いつも以上にドキッとしてしまう。


「もっとやろうか……?」

ひゃ……っ!?また耳に口を近付けて……っ。

「そう言うのは……外では……っ」

「では……うちの中でやろうか……?」

そう言う問題では……っ。でも……嫌じゃ……ない。


「やっぱり壱花がかわいすぎる。俺もう帰る」

えぇ――――っ!?


「せめてスイーツ食べ終わるまではいてください」

さすがは夜霧さん。うん、スイーツは食べたいもの。


「それもそうだ」

そんなやりとりも、ここ数週間だと言うのに、何だかすっかり慣れてしまって。とても、微笑ましい。


※※※


宴もたけなわであるはずなのだが、私がスイーツを食べ終わるととっとと帰ろうと言う八雲に、伊月さんもあとはいいからと言ってくれたのだが。


「八雲は主役なのに……良かったの……?」

「んー、いいと思うよ?多分伊月がそう言うなら、多分このあとは久々の鬼神の大説教大会だ。鬼蓮きれんの鬼たちは、充分反省すべきだな」

伊月さんの部下の鬼さんたちと、柊さんの部下の鬼さんたちも盛り上がっていたけれど……あれは鬼神さまからのお説教に移行する合図だったのだろうか。


八雲の隣を歩き、夜霧さんも後ろに続いてくれる中、ふと、気が付く。


「あの子……白矢はくやくん?」

白玻と弥那花の息子。あのふたりは宴会場を追い出されてしまったけれど、あの子もついて来ていたの?なら……ふたりが追い出された時に、はぐれてしまったのだろうか。


――――だけど、どうしてだろうか……?


あんなにも白玻に似ていた容姿はどうしてか……黒髪黒目に、黒い角……年齢も3歳ではなく、5歳ほどに見える。


――――そもそも。最初の出会いですらおかしな点があったことに気が付く。


私と弥那花は年子である。私は18歳になり、高校を中退させられ嫁がされた。白矢くんが玻璃と同い年だと言うならば、弥那花は在学中に身籠ったと言うことになる。しかし弥那花は留年もせず、高校をしっかり卒業した上で夜霧さんに嫁いだはずである。なら……年齢が合わない。いや、同い年でも体格が違うこともあるかもしれないが……それだけじゃないことが、今、目の前にして分かる。


「どうして……」

年齢も、見た目も違うの……?そして私には彼が白矢くんだと分かるの……?


「それは、壱花が俺の加護を得、幻術も洗脳も効かなくなっているからだ」

幻術……洗脳……っ!?


「どうして、そんなこと」


そう漏らせば、白矢くんがゆっくりとこちらに歩いてくる。


「それはお前が一番知っていることではないか、夜霧」

子どもらしくない口調。しかしそれもどうしてかしっくりくる。そして彼が呼んだのは……夜霧さん……?


振り返れば、小さな違和感がふつふつと湧いてくる。

白い鬼角の白玻。

緑の角の那砂さんの名は、緑を持つ植物の薺から来ているのが分かる。

同じく緑の角の柊さんは、柊は身こそ赤だが葉は緑である。

玻璃はガラス玉と言う意味だが、まるでガラス玉に私の色素が入ったかのように、角も、髪も目も黒である。


「因みに伊月は月が入るからその金の色、八雲はめでたい意味を込めているが、夜の雲にもかけてあり、漆黒の角も示す」

私の推測が正しいと言うように、八雲が解説をしてくれる。


八雲の黒い角が夜雲にかけてある。だとしたら……夜霧さんの角の色は……茶色ではなく本来は……黒なのではないか。


その推測が正しいかのように、その角は黒く、髪も目も、黒い。


――――霧は、私が八雲の妻となったその時に、とっくに晴れていたのだ。



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