身代わりの巫女。

瓊紗

第1話 身代わりの花


この世界は和風ファンタジーである。和風と聞けば色とりどりのお着物とか、あやかしとか、いろいろと魅力を感じてしまうだろうか。


実際にこの世界での普段着は着物であり、あやかしとは呼ばれないが、妖獣と呼ばれる人間に害を成す存在がある。


それらは時に強大な力で人間を脅かす。だからこそ人間側もそれらに立ち向かう術を見つけ出した。


術師と呼ばれる、不思議な力を持つものたち。その中でも強大な、特出した力を異能と呼ぶ。その異能を持つものたちは、守護者と呼ばれる国の守り手たち。


守護者は5つの家から排出され、そして異能持ちは男だけ。男児の出生率が異様に高い。

男児は異能持ちとして育てられ、その跡継ぎとなるものは必ず巫女と呼ばれる家系から花嫁を娶る。


それこそがその者の異能をよく抑え、そして子孫を繁栄しやすくする。

その巫女の家と言うのは国に複数あり、女児が生まれる確率が高く、そして女児ならば必ずと言っていいほどに巫女の力を持った。

では男児はどうなるのか。巫女の一族に男児が生まれる確率は非常に稀である。

そしてその稀な男児が生まれれば、巫女の力など当然持たぬものであるがゆえ、冷遇される。

彼らは本家に生まれれば一族の恥として従僕として育てるよう分家に下げ渡され、分家であればそのまま従僕として育てられ、一生涯をその巫女の家で恥を背負い、仕える。

――――――――それがこの世界の仕組みである。


一方で異能を持ちながらも跡継ぎとなれなかった場合はその守護者の家に所属する異能持ちの術師となる。


あるいは巫女の家に婿入りすることもある。しかしその場合は何故か、巫女の家には異能持ちが生まれないのだ。

女児ならば須く巫女となる。いや、巫女の力こそが異能者を鎮める異能であるのかもしれないが、この国では異能と言うよりも異能を鎮める聖なる力とされている。

なお、男児が生まれた場合は巫女の力も異能も受け継がない。未だかつて、受け継いだものはいない。

巫女を何よりも重視する巫女の一族の中で、人権を持つ男は、異能を持つ婿だけである。

たとえその男の息子として生まれても、巫女の家での人権は与えられない。むしろ一族の恥だとして迫害されることになる……。


そして巫女の一族は、特別視される巫女をひとりたりとも無駄遣いすることを許さない。

巫女の家の中で嫁いでない娘は、守護者の家の本家や分家の他の者に嫁ぐのだ。

だが巫女の家も娘の数には限りがあり、全員が全員、その巫女の恩恵を受けられるわけではない。


しかしながら、巫女を妻として迎えた守護者の家は、その巫女の恩恵を受け、属する術師たちの荒ぶる異能が安定するのだと言う。


そんな世界で、巫女の一族の家から生まれた少女がまたひとり。

和風と言ってもみんながみんな、黒髪黒目であるわけではない。

少女の妹のように、まるでお伽噺から出てきたような金髪碧眼の美少女もいるなかで。


彼女は平凡だった。どこにでも生えていそうな茶髪、そして碧眼に比べるとだいぶ……いや、かなり劣ると周囲から言われ続けたモスグリーンの瞳。平凡な顔立ち、そして巫女としての力も弱い彼女は、巫女の一族の姫として守護者の一族の跡継ぎに嫁ぐに値しないと判断され、守護者の一族から跡継ぎにはなり得ないがただびとからすれば充分に恐ろしい異能を持つ、婿をとることになっていた。


そして彼女の妹は見目麗しく、巫女としての力も花開いていた。


だからこそ守護者の家に嫁ぐことになっていたのだ。


――――――――今日、この時までは。


「嫌よ!私、嫁がないわ!だって、私が嫁ぐことになるのは40すぎたおっさんだなんて……あり得ない!」

妹の姫花ひめかが叫ぶ。それは偶然と呼ぶには奇遇すぎる話であった。


巫女と言うのは、婿を迎え、家を存続するために必要な跡取り娘以外はほぼ全て、守護者やその傘下の異能持ちに嫁がされる。

それが異能持ちたちを安定させるために必要だったからだ。

国命で定められたその宿命はどんな巫女であろうと逃れることはできない。いわゆる巫女は……人柱でめあるのだ。そしてそれゆえに国から、守護者の一族たちから充分な支援を受ける。


姉の目の前で叫ぶ妹の姫花も、その恩恵をたんまり受け取り、蝶よ花よと育てられた巫女一族自慢の娘であった。


だがしかし、彼女が嫁ぐために用意されていた枠は……なくなってしまったのだ。


元々嫁ぐ予定だった守護者の一族から、彼女と歳の近い異能を持つ守護者が出なかったのである。


だからこそ、責任はとると守護者の一族は決断し、後妻でよければと姫花に提案した。

妻を喪い、跡継ぎにも恵まれなかった40過ぎの男性に。


跡継ぎは……多分分家からなんとかするのだろうが、分家の優秀なものは既に巫女の一族の伴侶がいた。

しかし巫女の一族の直系である姫花を嫁がせるのに、さすがに一族の分家の末端とはいくまい。だからこその苦肉の策。

ほかの守護者の家は既に婚約者の巫女を得ており、彼女がほかに嫁ぐ家もなかった。


さすがに年齢差がありすぎて白い結婚とはなるが、快適に暮らせるようにはするとの相手からの返事。


だが、蝶よ花よと育てられ、お伽噺のような結婚を夢見ていた姫花にとっては到底受け入れられるものではなかった。


だからこそ、姫花は目をつけた。身近にいるではないか。夫にするにはかくも有能な、そして見目麗しい男が。


「私がほまれと結婚するわ!だからお姉さまが後妻として嫁げばいい!」

その言葉に姉はーー姉の月花つきかは目を見開いた。


巫女の力も対して受け継がず、見た目も平凡。見目麗しい両親からは冷たく扱われ、使用人たちからも冷遇される。


もしも姫花がその見た目と巫女の力を武器に、姉をおとしめるよう両親や使用人たちに言い含めなければ、もう少し、月花の扱いはましであっただろうか。


そしてとある巫女の家で、絶対的な立ち位置を手に入れた姫花が言うことに、Noと言う両親も、使用人も親戚たちは……誰もいなかった。


しかし月花にとってそれは易々と受け入れられることではなかった。

40過ぎの男に嫁ぐからではない。この敵だらけの家の中で唯一味方だと思っていた。婿に来てくれれば自分を守ってくれると思っていた。

守護者の一族から、跡取りにはならなかったために婚約者として遣わされた青年。紫の髪に薄紫色の瞳、見目麗しい顔立ち、若さ。それは姫花が何よりも追い求めていた存在。理想の結婚。


むしろ姫花がその理想の結婚を夢見たのは、たいした取り柄もないくせに、立派で見目麗しい姉の婚約者を見てしまったから。


この婚約者が欲しい。こんな取り柄もない姉がこんな婚約者を得るなんておかしい。

そして姫花が婚約者とするはずの守護者の跡取り候補に一向に異能が現れなかったこと。


それが姫花の嫉妬心と独占欲を加速させた。

姉を虐げ、両親からの寵愛もひとりじめ、さらには使用人たちも懐柔し、姉を孤立させた。


――――――そして、理想の結婚相手には。


「誉も私と結婚したいでしょう?」

「もちろんだよ、姫花」

婚約者の口から滑り落ちるように出た言葉に、月花は絶句する。婚約者だったはずの男は、姫花に腕に抱き付かれ、にまにましながら姫花をうっとりと見つめている。対する姫花は遂に理想のモノを手に入れられたことに満足げに頬を緩ませる。


「ど……して……」

月花の空気を僅かに震わせるだけの声は、簡単に掻き消えて、姫花の美しく妖艶な声に上書きされてしまう。


「そもそも巫女の力も持たないお姉さまに誉の相手が務まるはずがないじゃない!誉には私が、必要なの」

姫花がにやりとほくそ笑めば。


「そうだ。姫花のそばにいれび荒ぶる異能も鎮まり、天のような心地になる。無能なお前にはできないことだ」

婚約者だった男からの冷たい言葉に、月花は捨てられたのだと悟った。いや、もうずっと前から。


「そもそも婚約したこと自体がおかしなこと。私の異能を鎮められもしない、その力もない巫女が妻になるなどおかしいではないか!いや、そもそも巫女ですらないな」

嘲るように告げる、婚約者だったはずの青年。

正確には月花も巫女の力を持つ。姫花の巫女の力に比べれば微々たるものではあるが、しかし確かにあるのだ。

だから国にもこの婚姻は認められたはずだった。


「むしろ……朱桜しゅおうの無能と結婚したほうが良かったんじゃないのか?」

朱桜。それが姫花が嫁ぐはずだった守護者の一族の家名。


「まぁ結局は無能も今や行方不明」

守護者の家で、朱桜の家で無能として扱われ続けた【彼】はある日突然出奔し、行方不明となった。彼もまた、耐えきれなかったのであろう。

朱桜は異能に目覚めぬ彼を姫花に紹介するかとはなかったし、姫花は無能の顔など気にもせず、ずっとずっと姉の婚約者だったはずの誉を見つめ続け、いつのまにかその心を我が物にしていた。


誉だけは、味方だと思っていた。優しくしてくれた。その、はずなのに。彼は裏切っていた。姫花を選び、自分を捨てた。

月花は泣くことはしなかった。泣く涙が出るほど、その身に残った力はなかったから。


思えば、18歳で結納するはずだったのに、それが誉の家の都合でもうかれこれ1年も延び、月花が19歳を迎えていたことも、おかしな話だった。

そもそも誉の家の都合とは。国命によって定められた結納を行わない理由など、あるだろうか。あるのなら、それを明らかにしなかったこともおかしい。

誉は優しいから。真実を、大変なことも言わずに隠してくれている。それは優しさだと思っていた。未だに結納が行われないことに月花を傷付けないための優しさだと。


――――――でも、違った。それは姫花が18歳になった時に、月花を捨て、姫花と結納を行うための嘘だったのだ。


「ふふっ、早速今夜は誉と結納の儀を執り行うの」

月花が1年も先延ばしにされた結納を、彼女は18歳になったその晩にもう執り行うと言う。


「お姉さまはちゃんと朱桜に嫁いでよね。今日嫁ぐって言う契約なんだから」

「そうだな。役立たずとは言え、これは国に定められたことだ」

国の定めと言うことは。誉も月花に巫女の力が僅かに残っていることを知り、その定めを押し付け嫁がせようとしている。

その事実と、長年信じてきたひとからの裏切りに、月花は成す術もなく、使用人たちによって乱暴にその場から引きずり出される。そして遠くから、姫花が誉との結納を喜ぶ声、祝福する両親の声が虚しく月花の耳に突き刺さる。


こぼれる涙すら持たぬ彼女はその晩、まるで捨てられるようにして朱桜の屋敷の前に置きざりにされた。


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