第10話 ホンキオニ


どこかで聞いたようなフレーズに、ふと思い出したのだ。

そう言えば、今朝の夢……っ!


『私は、好きですよ』

微笑んでくれたは……いや、違う……。


「まさかあれ、お前かっ!?真冬!」

妖怪の、真冬っ!?


「あれ?」

含みがちな笑みを浮かべながら首を傾げる真冬。絶対気付いてそうだけどっ。


「昔、名家の子どもたちが集めて、宮中でお琴教室が開かれて……俺もお琴を習っていたから誘われて参加したんだけどあまりにも下手で……。ひとり教室を追い出されて、ひと気のない場所で弾いてたら……真冬が来て……」

堅固な対妖怪用結界まで張ってある宮中に忍び込むとは。さすがは蜘蛛である。


「ふふっ、やっと思い出してくれたんですねぇ。私はずっと……その頃からビャクならと思っていたので」

「これが好きだから?」


ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ


ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ


「えぇ。あと、私のことを恐れないので」

「お前蜘蛛脚もふもふじゃん。ドSだけどまぁ楽しいし恐くはないだろ」


「それは兄さんが鈍いからだよ、バカっ」

「霊力0でも、人間の本能から来る勘とかあるでしょうに。赤子の方が優秀ですよ、これじゃぁ。それが全くないのは天性の鈍さかと」

何か俺、諭吉くんとコンちーにボロクソに言われてねぇ?


「私にもよねぇ。私、鬼よ?」

と、桜姐さん。確かに鬼は妖怪の中のドンだが。

「桜姐さん優しいもん」

「あらっ!」

嬉しそうに微笑む桜姐さんの陰で……。


「だから妖力がぁ」

「それが通じないんですよ。もぅ」

「うぐっ」

諭吉くんが悔しげな表情を浮かべながらコンちーとゴニョゴニョ話していた。


「でも、良いご両親ですよねぇ」

「パピーとマミーのこと?」

真冬の言葉に返せば、後ろから諭吉くんの呟きが聞こえてくる。


「……よく普通にパピーとかマミーって呼べるね。兄さんの精神異常だよ、もうバカ」

そんなことないってー。俺、諭吉くん以外にバカ言われたら沈んじゃうもん~~っ!


「諭吉くんもさ、慣れたら大丈夫!」

まだ15歳なんだし。ちょっとした反抗期だろう。落ち着けばモーマンタイ。すぐ慣れるよっ!


「慣れるのぉ~!?」


「あ、他に何か提案してみたら?そうだなぁ……ダディとかー、マンマとか!」

「悪化してる……!却下っ!!」


「そうかなぁ。じゃぁ、パパりん、ママりん」

「同レベルだろそれじゃぁっ!ぼくは普通に父上と母上がいいっ!」

思春期の諭吉くんならではの、心の叫び。


――――でもそれは無理だ。あのパピーとマミーだぞ?父上母上呼びなんて絶対に採用しない!断言できる!


だが……思春期の難しいお年頃の諭吉くんにはこの現実を突き付けるのはキツいだろう。


「諭吉くん。おれのこと、父上って呼んで、いいから。母上は……この際ねえねにお願いしよう!」

「……何言ってんの、兄さんのバカ」

あんっ!もう照れちゃって諭吉くんったら!


「照れなくていいよ。こう言う時はさ、兄ちゃんとねえねを頼ってってば」

「チガウ。チガウから、兄さんのバカ。でも兄さんだから、いい……んもぅ、バカっ」

ああぁぁぁっ!!その、バカは……っ!

分かる、諭吉くんの『おバカ』教徒のお兄ちゃんには分かる……!それは、デレおバカっ!

諭吉くんがお兄ちゃんにデーレーた~~っ!ひゃ~~っほぅ~~~~っ!

諭吉くんのデ~レ~期~~!

萌え~~っ!弟萌え――――――っ!


「ふんふんうっふふーんっ♪」

「ビャク、何だか上機嫌ですねぇ」


「私も何だか分かってきたかも。ビャクちゃん見てると楽しいわぁ」

ふぇ?それどういう?


――――――その、時だった。


「おい、あれ落ちこぼれの白群だ!」

高らかな声が響く。うげ、何かやな予感しかしねぇっ!!


「おい、ホンキオニだ!」

「みんな、かかれぇっ!ホンキオニだぁっ!」

「ヒャッハーっ!!」

ヒイィィ――――――っ!?悪魔のホンキオニが始まったぁっ!よく見りゃ先頭にいるアイツ見たことある!


……。


……。


「誰だったっけ」

お兄ちゃん思い出せないんだ、諭吉くん。


「知らない」

「そうなの?」

容赦のない諭吉くん。でも諭吉くんも知らないんじゃぁ仕方がない。


「いえ、私はあれを退魔師の一族のボンボンだと記憶しています。名前は知りません。だって諭吉に比べたらカスなので」

コンちー容赦ねぇっ!でもパートナーの使役妖怪はご主人さま大好きだものね~!俺も使役人間だから、よく分かるんだ!


「お前ら言いたい放題言いやがって~~っ!」

ボンボンの顔が赤い。取り巻きたち大慌て。


「それなら容赦はしねぇ!いけ!俺の使役妖怪ども!」

それってボンボンが召喚した妖怪ってこと?主従関係は結ぶけど、一緒に任務をこなすパートナーだよ?そんな風に言うのはダメだって。


「お前らも出せ!」

ボンボンが取り巻きに叫ぶ。取り巻きたちも退魔師なのか。

しかし彼らの顔は青い。


そして彼らの相棒の妖怪たちは、いつになっても出てこなかった。


「え?どういうことだよ!俺の命令が聞けないってのか!?このカス!命令が聞けないならもういらない!」

何て言い方だ!ひどすぎる。召喚の呼び掛けに答えて契約を結んでくれた妖怪たちなのに。


「あれ、でも何で出てこないの?アイツらの人望ないの?」

パートナーに対してひどい言いようだったからなぁ。


「いや、兄さん。バカなのもう。ここには九尾のコンちーもいるから、アイツら程度の使役妖怪はそれだけで脅える。あと鬼と真冬さんもいるじゃん。んもぅ、バカなんだからっ」

「あ、そっかぁ!ここ、強い妖怪だらけなんだ!」

「やっと理解したの?もうバカっ」

あんっ、照れながらのおバカコール、マジ弟萌えだよ諭吉くんっ!!


「体感ではまるで理解していませんが、ビャクなので」

「そこがビャクちゃんのイイトコロ!でもあの人間たちはちょおっとね」

「妖怪たちの方が賢いですよねぇ」

ニコニコしながらも、ちょっと迫力のある桜姐さんと真冬。


「ひ、何なんだ、お前らっ!」

ボンボンが冷や汗を流しながら後ずさる。


「使役妖怪がいなきゃ、何もできないの?ハァ、だっさ。ま、見限られるのも時間の問題だよね。見限られた際は術師が食われることもあるんだってさ。楽しみだね?」

と、諭吉くん。あれ?諭吉くん何だか黒くない?でもカッコいいっ!弟がカッコいいんだ!お兄ちゃん脳内フォルダに入れとくーっ!

一方でボンボンたちは顔真っ青。

青鬼よりも真っ青。あんな肌色初めて見たわぁ。俺、他人の顔色とかマジで分からないんだ。そう、マジで分かんないの。分かるひとってすごいよね。妖怪であるコンちーですら分かるらしい。あぁ、でも俺初めて顔色ってのが分かったよぉっ!


そして諭吉くんの言葉に続いて、今度は桜姐さんが口を開く。

「そうねぇ。それともまだここにいるなら……リアルなホンキオニでもする?」

桜鬼の本気の笑みに、ボンボンたちはふるふると震え出す。あ、そっかぁ!鬼が参加したらリアルホンキオニだ!人間って鬼を恐れるのに鬼ごっことかホンキオニとか好きだよね。何か不思議~~。


「あぁぁぁぁ~~~~っ!」

「ぎゃあぁぁぁ――――――――っ!」

ボンボンたちは逃げて行った。……使役妖怪たちに下克上されて逆に食われないことを、願って。


「桜姐さん、追わないの?」

「いいわよ。彼らを追ってったコは他にいるもの。無事、逃げられるといいわね」

にこっと微笑む桜姐さん。追ってった他のコって、まさか……下克上した、使役妖怪~~っ!?


「『いらない』って、自分でいったんですからね」

コンちーが不気味に微笑んでいた。

「運良く格上の退魔師に守ってもらえればーー助かるかもだけどね」

コンちーに続いて微笑んだ諭吉くん、やっぱりちょっと黒い?


「さぁて、帰りましょうか」

「そうだなぁ」

真冬の言葉に頷く。助けてやる義理も心配してやる義理もないもんなぁ?


ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛リ゛ン゛ッ


ボロ゛ン゛ボロ゛ン゛ギイ゛ン゛ッ


真冬の大好きなお琴を弾きながら、俺たちは解散したのだった。



――――なお、その後のボンボンたちだが。

家門や名前をまるで知らないので情報が定かではないが、使役妖怪たちに下克上されて重傷を負ったものの、かろうじて息を吹き替えしたが寝たきりになった退魔師見習い・・・の話を、ちろっと聞いた。

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