森の魔法使い珍獣(ダメな子)を拾う
金谷さとる
第1話 今日から新生活! 血族に捨てられました。
木皿によそわれたスープを少しかためのパンを浸して口に運ぶ。昨日の朝が最後に食べた食事だったせいで泣きそうなほど美味しいですよ。この硬さがスープを含んでいい感じです。軽く炙った根野菜のかけらがきっといい味を出してるんだと思います。空腹という最強の調味料も存在しますけどね。
「まぁ、食欲はあるよーでなにより」
呆れたように吐き出して、ほろりと熱の通った芋を齧ってる。スープはなく、皿の上には素焼きされた芋がスライスされて置かれている。
ここは今目の前にいるツロさんの自宅である。
「はい! 美味しいです」
もしかしたらツロさん用の朝食セットを分割している? 手を振って「朝はあまり食わん」と懸念を否定されました。
「んで、家族に幾ばくかの手切れ金渡されて見知らぬ街に捨てられたと」
「はい! 才能なかったんでしかたないですよね。兄の職や姉の縁談にも障りがありますから。でも三、四年は生活できるようにってお金を用立ててくれたんですよ」
両親からと祖父母からと「心ばかりだが」と言い置いて兄弟達からもそれぞれ。
家にいることはできないとはいえ、家族に愛されているなぁって嬉しくなったものです。
実際、私が家に居続ければ兄と姉達は確かに不利になるし、両親や祖父母も周囲からの風当たりが強いと思うんですよ。悲しいですが家族も家も大切です。
手は差し出してくれたのです。
お絵描きや楽器。お茶の作法や動植物の育成。魔法理論に実技。手の届く範囲での武器武道の体験。兄や姉達のお古の教材もあったとはいえ、さまざまな可能性を家族は探ってくれた。
『せめて、もう少し華があれば……』
『せめてこう、そう、安心感を人に与える雰囲気があれば……』
『なぜ、二桁に届かぬ集まりで存在を忘れられて置いていかれるようなことになるのだ!?』
兄や姉達の言葉はなにも返せない。本当は兄達も気がつくことなく、置いていった陣営ではないかと言い返したかった。ただそれは事実を認めた方が本当に哀しくなるので言えないもの。
楽しそうな兄弟やその友人達を見ているのは楽しくて、その団らんを聞いていたはずなのに移動に気がつけなかった。よく考えれば私の状況把握能力に難があるというか抜けているのである。普段なら兄弟の誰かが気がついてくれるけれど、楽しそうだったからなぁ。
存在を忘れられることに慣れていたので自宅に向けて歩くことにしたけど。帰り着いた家でも『いなかったの!?』と驚かれたけど。たぶん、お互いに誰かが気がついてると思っていたんだと思うんですよ。
私の存在はいろんな意味で家族に不利益が多いものだった。教育の資金にしろ、集まりに参加したあとの行方不明案件にしろである。認知されないので婚活にもならないしね。
そんな事実は認めるしかないくらいにそこに存在していたんですよ。
それでも、家族は家族なりに私を愛してくれていたと私は知っているし、納得はしている。
生活が落ち着けば手紙でも送ってほしいとも言われていたし。
「で、その生活費をいきなり落として文無しで行き倒れたってワケか」
「はい。そうですね。本当にありがとうございます」
ツロさんがいなければ死んでてもおかしくないですよね!
ほんと気がついたら財布にしていた袋が消えていたんですよ。四つに分割して違う場所にしまい込んでたのに。
「あ、えーと、着替えとか旅用の調理器具の隙間に入ってた小銭は無事だったんですよ! 宿代と食費には足りな、いと思うんですが……」
「いや、非常用に持っとけ持っとけ。一応、警邏に落とし物の届けは出しとけよ。まぁ、戻ってきやしねぇだろーけどなぁ」
家族にもくれぐれも警戒心を捨てるなと言い聞かせられたものです。とツロさんに同意を示せば、ツロさんはなんとも言えない表情を浮かべておられました。
爺やがよくそんな表情を浮かべていた気がしますね。
「動けそうなら役所かギルドで登録しねぇとな。街に入らねぇんなら別にいいけどよ。なんかあったら詰む。年間人頭税と生活費ぐらい稼げねぇとな。……俺ん家を当座の拠点にすんだろ?」
「はい!」
ツロさん本当にいい人です。
「……いや、すこしは警戒しろよ。おい」
「はい!」
「……くそがきぃ」
「あ、えっと。お世話になります!」
今日からツロさんと一緒です。
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