第22話 婚約破棄

「俺はここに誓う。シシリー嬢との婚約は破棄して、このマリリンと結婚する」


会場はシンと静まり返った。


「そんなことは自分の家で宣言したらよかろう」


誰かが大声で言った。


「いや、そうはいかないんだ」


ダドリー様はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりだった。


「全部悪いのはシシリー嬢だ。俺は被害者だ」


「被害者?」


黙っていた人たちがざわざわしだした。


「シシリー嬢は家にこもっていると見せかけて、実は男がいたのだ。それも四人もだ」


そういや、父が馬車を襲いに来た生徒は四人だったと言っていたような。こんな活用を考えていたのか。思ってたのとちょっと違っていた。


「四人も間男がいる女と結婚したくない。シシリー嬢の有責で婚約は破棄する!」


最初は茫然として話に聞き入っていた徴集だったが、もうあからさまに嫌な顔を始めた。

そんな個人的な劇場は、自分の家でやればよろしい。正直、真偽のほども怪しいような話だ。


だが、ピーンと全員の背筋が伸びたのは、そこに父の声が響いたからだった。


「我が家の大切な娘に失礼な言い分ですな。どういう証拠あってのことですか?」


思わずダドリー様はひるんだ。誰かに反対されるとは思っていなかったらしい。だが、その発言が婚約者の父の男爵だとわかると言い返した。


「黙れ。この成り上がり男爵」


父は一瞬黙った。聴衆も、もう一度黙った。


「娘を侮辱されては黙っていられない。どこにそんな証拠があるのか聞いている」


父は隙のない夜会服に身を包み、堂々としていた。


「まあ大変。ただのどこかの田舎男爵なんかじゃないわ。あの方はミッドフォード商会の会頭よ……大富豪ですわ」


「怒らせてはダメな人物ですわ。侯爵家でもはばかる相手よ。わかっているのかしら」


ヒソヒソと広がる声。


ああ、母は本当にダメな人だったんだな。父を成り上がりと見下していた。狭い貴族社会の、さらにその中でも最も狭い部分だけを見ていたのだ。この場にいる人たちは、ミッドフォード商会がどんな存在なのか、ちゃんと認識していた。決してバカにしてはいけない存在なのだと。


「いいか、シシリー嬢の四人の間男は全員名前を知られている。もちろんこんな場所で公表はできないが……」


「よろしいでしょう。私もあなたから偽の証言を依頼されたと言う人物を四人知っています」


ダドリーは目を丸くした。


「当家の空の馬車に襲い掛かってきたのです。王家の騎士団が取り押さえました。全員の身柄は騎士団預かりとなっています」


目に見えてダドリーの顔色が悪くなった。


父ははっきりした声で続けた。


「当家の娘、シシリーとの婚約破棄はしかと承りました。ここにいらっしゃる大勢の方々が証人となってくださることでしょう」


父が手を回した数人の人々が拍手した。合図だ。私の出番だ。


「じゃあ、私、ダドリー様の婚約者になれるのね? 邪魔な婚約者はいなくなったのね?」


私は出来るだけ甲高い大きな声で叫んだ。


「うれしいっ!」


それからダドリー様に抱き着いた。

周り中がざわッとなって、ドン引きしている様子が手に取るようにわかった。



「下品な娘ね。人前もはばからず」


よく通る声ではっきり言ったのは、マーガレット夫人だった。


ダドリーが驚いてマーガレット夫人を見つめたのが分かった。


ダドリーの計算によれば、まずマーガレット夫人はこの場にいないはずだった。関係がないからだ。だが夫人は平然と学院のパーティなんかに出席していた。


そして、何より、マリリンはマーガレット夫人のお気に入りのはず。


下品な娘だなんて言われるはずがない。むしろ、擁護してくれるはずなのに?


「いやだわ、あのおばさん!」


私は大声で叫んだ。叫ばなくてはいけない。出来るだけ甲高い声で、大勢に聞こえるように。


「こらっ、マリリン! 何を言い出すんだ。あれはマーガレット夫人だぞ?」


「あんなおばさん知らない! ひどいわ! 下品だなんて! ダドリー様、あのおばさんをやっつけて!」


私はいかにも嫌そうに言った。


「なんだと?」


ダドリーが狼狽した。だが、ダドリーは強く私の腕をつかんでささやいた。爪痕が残るほどに。


「このバカッ、夫人の機嫌を損ねたらどうするんだ」


「痛ぁいッ」


私は出来るだけ大声で叫び、ダドリー様の顔を見つめた。そこには不安と怒りと迷いがあった。


「黙れ! このバカ!」


ダドリー様の手が空を切った。私を叩こうとしたのだ。


私は全速力で走りだした。


父が、兄が、家の使用人たちが、助けようとしている。ドリュー様が、ロザリアが頑張ってくれている。マーガレット夫人が援護射撃してくれる。


私にもできることがある。それは今のこの演技だ。転びそうになっても、給仕に突き当たっても、人混みをかき分けて私は走る。どんなに無作法でも。


そして、会場の外に出ると、打ち合わせ通り、誰にも見られないように確保しておいた部屋へ飛び込んだ。

















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