第24話 人間なのか疑いたくなる

事情はすっかり変わってしまって、出来るだけ大勢の目の前で堂々と婚約破棄を宣言したダドリー様は、恥辱まみれの身の上となった。


もちろん父親のダドリー侯爵は、息子の婚約破棄宣言を聞いた途端、ダドリー様を怒鳴り付け、誤解ですとミッドフォード家を訪れた。



執事のセバスには、万一見つかったら面倒なことになるからと、ものすごく止められたが、私はダドリー侯爵が何を言いに来たのか知りたかった。

一体、何を言うことがあるのかしら?


セバスの絶対にドアをそれ以上開けちゃいけませんと言う制限のもと、私は書斎に付属した書庫に潜み、書斎に通じる小さなドアをごく細めに開けて、中の様子をうかがった。


応対に出た父は、渋い顔をしていた。当たり前だ。

黒い山羊髭を長く伸ばした侯爵は、父の塩対応が意外だったらしい。

婚約破棄を撤回するなら、大歓迎されると思っていたらしい。


大間違いですわよ!


父は渋い顔のまま、告げた。


「現在、ご子息のたくらんだ当家の娘への襲撃事件について、騎士団と相談しておりましてな」


「は? 襲撃事件? 騎士団と相談?」


都合の悪いことは言わない主義のダドリー様(息子)は、当然、父親には何も言わなかったらしい。

侯爵は、父に向かって詰め寄るように言った。


「シシリー嬢に恋人がいることが、今回の婚約破棄の原因でしょう!」


侯爵は勝算があるつもりで、ミッドフォード家を訪問したらしい。婚約者がいるのに、恋人が四人もいる女性とは結婚したくないと息子に聞かされたのだろう。


「それを不問に付そうと言う寛大な家など、そうそうないと思いますが」


尊大な態度でダドリー侯爵は父に向かって言ったが、もちろん、黙っているような父ではない。


「うちの娘に恋人なんかいませんよ」


父はせせら笑った。


「全くの冤罪ですな。娘の恋人を名乗る予定だった四人は、当家の馬車を襲ったので、現在、騎士団に拘束されています。学院の生徒の模様で、生徒の親と現在話し合いの途中です」


「馬車を襲った?」


父はものすごく不愉快そうになった。


「ご子息の名前で娘はデートに誘われたが、男四人にその馬車は襲撃されました。あなたのご子息の新しい婚約者はマリリンという名前だそうで……」


「違うッ……」


「そのマリリン嬢が、あなたがうちの娘の有責で婚約破棄をたくらんでいると教えてくれました」


「なんだって?」


山羊髭の侯爵は、ギクリとして答えた。

演技力不足!


ダドリー様と同じく、狡猾という訳ではないらしい侯爵は父の相手ではなかった。


「失礼。マリリンという娘は街の店で男と話す仕事をしていたそうですな。ダドリー家の婚約者だそうですね」


父の嫌味は止まらない。


「その店には、同じような女どもが大勢いいて、マリリンが友達の女にしゃべったと言う話を聞き集めたのですよ。なにしろ、娘に悪い評判を立てられてはたまりませんからな。あなたが指示したそうですな」


「当然、馬車は空でしてね。そんな危ない馬車に娘を乗せたりするものですか。騎士団に頼んで、こっそり護衛してもらっていました。襲い掛かった連中は、ご子息の学友で、ダドリー殿からの依頼だった、悪いのはダドリー殿だと陳情しているそうですよ。騎士団がこれを認めると、ダドリー殿は犯罪者になりますね」


「え? まさか」


侯爵は山羊髭を震わせた。そんな深刻な事態になるとは思っていなかったらしい。


「犯罪者などと、大事な娘を結婚させるわけにはいきません。それ以前に、ダドリー殿はマリリンとかいう平民の娘と真実の愛を貫くと宣言されていますしね」


「そのマリリンは詐欺師だ。うちの息子は騙されたのだ。マーガレット夫人の遺産相続人だなどと騙って……」


「そうですか。それにしても、何の関係もない街の女にどうしてマーガレット夫人が遺産を残すだなんて信じられたんでしょうな」


「シシリー嬢と結婚すれば、ダドリーは幸せになれるのだ。お金に不自由がなくなる。侯爵家だって借金が返せる。そうだ! 愛人がいなくなったら、シシリー嬢だって大喜びするだろう?」


こんなにも自分のことしか考えていない発言は、聞いたことがない。


「なぜ、大事な娘をダドリー殿と結婚させなければいけないのですか?」


「ダドリーのためだ。かわいい息子の為なんだ。ダドリーは悪い女に騙されただけだ。冷たいことを言うな」


「お帰りください」


父は出口を指した。


「あなたとは二度と会いたくない。話もしたくない。むろん、損害賠償やダドリー殿への懲罰は当然要求します」


「この、薄情者ッ」


山羊髭の侯爵は首筋まで真っ赤にして怒鳴った。


「人情や人の気持ちがない。ダドリーがかわいそうだと思わないのか! お前のことは人間なのかどうか疑いたくなる」


父はちょっと黙ったのち、言った。


「あなたこそ、私の娘をどう考えているのですか? 私の手中の珠なのですよ。私もあなたが人間なのかどうか考えていたところですよ」



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