第14話 嫌われてみせます!

私と兄とドリュー様とロザリアは、兄の部屋にこもって、結果を待っていた。


ダドリー様が一度だって会ったことのない父に面会を求めて私の家に来ているのである。


兄がコソコソしゃべった。


「あの屋敷は王弟殿下の家じゃないよ? 王弟殿下の家ではあった。だけど殿下は維持できなくて売ってしまったんだ」


「もちろん知ってますわ。だけどダドリーが知っているわけないでしょう」


最近ダドリーは呼び捨てになっている。ヤベエ構文ではなくてヤベエ根性が染みついてしまったのだ。


「まあ、大金貨一万枚も嘘だよね。手数料だの改築費だのいろいろかかるから、実際には四割くらいまで減ってしまう年もある。オーナーが承認しないと何もできないのだが、王弟殿下はそれが面倒くさくなって全部売ってしまったんだ」


「貴族らしい発想だね」


生粋の貴族のドリュー様が感想を述べた。


「ダドリー様は楽な方へ傾く方ですわ。売ってしまうかもしれません」


「お嬢様、男爵様に話を通されていますの?」


ロザリアが尋ねた。


「俺がしたよ。要するにダドリーは怠け者だ。楽して稼ぐことしか考えない。だから逆に自分にカネがありさえすれば、相対的に婚約者の値打ちが下がる。簡単に手放すと思う」


兄が答えた。


「でも、ある程度カネがあればいいってタイプでもなさそうだ。あればあるほどお金を欲しくなるタイプかもしれない。婚約者がカネをもっていれば、婚約者を離さないんじゃないかな?」


ドリュー様が心配そうに言い出した。


「うん。そうだな……もっとカネになる話か……」


だが、その時、階下でドアの閉まる音と人声がした。話が終わったのだろう。しばらくして、執事がダドリーが家を出て行ったことを伝え、父が私たちを呼んでいると言った。


「一応、一通りの話はしたよ」


父はため息をついた。


「ダドリー君は商売向けではないね。まめなところがないから、あれではすぐに行き詰まると思うよ。だけど、建物はいい場所にあるし立派だ。婚約破棄が成功したらうちと関係なくなるので、当家が直接携わるのではなく業者を紹介するにとどめたよ」


「男爵様」


ロザリアが、末席から呼びかけた。


「おお、何だね。ロザリア。お前にはいろいろと世話になってるな。マーガレット伯母様に感謝だ」


「そのマーガレット様なのですが。ダドリー家は当主はあんなですが、貴族中の貴族の家柄。実はマーガレット様のご主人のうちのおひとりはダドリー家の親戚なんです」


「ああ。二番目の夫のアランソン公爵か」


「その伝手で噂を流しませんか? マーガレット様からダドリー侯爵家に遺産が入るって」


「「「「ええ?」」」」


みんながびっくりした。


「遺産相続。絶対ダドリー様が好きそうな話ですわ」


好きそうだ。


「何の手間もかからない。ただただお金が入ってくるだけの話」


「でも、それ、誰がだますんだね?」


父が一番先に我に返って聞いた。


「つまり誰がダドリーに伝えて、果たしてダドリーが信用するのかという問題だけど」


全員が私を見た。え? 私? どうして?


「だって、マリリンなら後でいなくなってしまう存在ですし」


ロザリアが言った。


「その通り。あとで嘘がわかって問い詰めたくても、もういない」


「それがいい!」


父まで賛成した。


「そうだ! 屋敷の貸し出しの話だが、実際にダドリーに前金を渡そう。ほんとはダメだがね。マリリンのおかげでお金がもらえたら、マリリンの信用は爆上がりだろう」


父が言い、兄が手を打った。


「そこでシシリーがマーガレット夫人は、亡くなった夫たちの側の誰かに遺産を譲るつもりらしいと噂を流すんだ」


「そんな噂話、普通の人間は信用しないと思いますが」


ドリュー様が口をはさんだ。


「人間、自分に都合がいいことは信じたくなるものだ。実際に親戚なので可能性はゼロじゃない。噂になっていると聞けば、少なくとも期待すると思うね」


「そうだわ!」


私も思いついたことがある。

婚約者は今まで表に出てこなかった。それなのに嫌われていた。

だけど、もっともっと嫌われたらいいのよ!


「私、シシリーとして、ダドリーにデートを申し込んでみますわ」


「えっ?」


と叫んだのはドリュー様だった。


「デートだなんて。顔、ばれますよ?」


私は首を振った。


「いいえ。そうではなくて、申し込みだけですの。絶対に断ってくると思います。断られた実績を作らなくては!」


「断るかな?」


ドリュー様が懐疑的に尋ねた。


「宝石店に行って豪華な婚約指輪を買ってほしい、卒業パーティに婚約者として出る時のドレスを選んで欲しい。どちらも時間を取られる上、ダドリー様がお金を出さなくてはなりません」


「うん。一日では済まないだろうな。それにダドリーはケチだ。すごく嫌がるだろう」


兄が同意した。


「もし、デートを承諾してきたら?」


ドリュー様が心配そうに尋ねた。


「すっぽかします。散々待たせた後に、急に頭痛になったので今回は行けませんと使いを出します。そして、それを理由に文句を言ってきたり、次のデートを断ってきたら、体調を崩した人間に文句を言うだなんて人でなしだとかネチネチ言ってやります」


「うーむー」


父が唸った。


普通、婚約者にはよく思われたいと気を使うものだ。だけど、よく考えたら今は嫌われた方がいいのだ。方法はいっぱいあるよね!


ロザリアが口を挟んだ。


「まずはシシリー様、持参金付きの娘はもっと偉そうですわ。忘れてらっしゃいます」


「そうだよ! 手紙を書くなら、上から目線で書かなくちゃ」


ドリュー様も言った。


「は!」


「シシリー様は謙虚過ぎですわ! 結婚後、お金の管理は私がしますとか、決して愛人は許さないとか、監視する気満々の手紙を書いてはいかがですか?」


さすが、ロザリア!


「わ、私、思いつきもしませんでしたわ!」


「こう言う視点がすっぽり抜けてるよね、シシリーには!」


ドリュー様が腕組みをして言った。

父まで心配だなと言い出した。


「こんなシシリーが、ダドリーみたいな自分のことしか考えないやつと結婚したら、哀れなことになりそうな気がする。心配で寝られない」


そ、そんなっ。

私、がんばりますわ!

地味な嫌がらせなら、いけると思いますの!


「何回も何回も手紙を送りますわ。そして、返事を要求します。会ったことのない人間への返事ほど面倒なものはありません。返事を書けば、この文章はどういう意味ですかとまた書きましょう。返事を書かなければ督促します。何があっても結婚したくない女になって見せますわ」


地味な嫌がらせをコツコツと。


ロザリアが目に尊敬の色を浮かべて手をたたいた。


「お嬢様、それ、絶対効果があります……絶対神経に来るやつですね。早く始めておけばよかったですね」


「早速今日から始めますわ」


「ねえ、シシリー嬢。そのデートの日に相手が現れないのでイライラしているダドリーの目の前でマリリン嬢になって俺とデートしませんか? ダドリーのやつ、ますますイラつくと思いますね」


ドリュー様が言った。








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