第13話 愛人とは?

もちろんドリュー様からの愛人申し込みの話をダドリー様にしなくてはいけない。

ぜひとも、嫉妬してもらわないといけないからだ。


ダドリー様から嫉妬される……


「ゲ……嫌だ……」


でも、とにかく! とにかく、嫌なことでも、やらなくちゃ!


次の日、私は店に来たダドリー様にその話をした。


「え? ドリューのやつ、婚約者がいるのに愛人になれって言ったの?」


たちまちダドリー様は険悪な表情になった。


「知っているか? あいつ、俺に向かって婚約が進みかけているって言ったんだぞ? なんていい加減な奴なんだ」


その点に関しては、ダドリー様も同じだと思いますが……。


「いえ、そんな。愛人だなんてそんなお話じゃありません。そのうち家を準備するから、そちらに住んではどうかって言われただけです」


「家……」


ダドリー様の目が怖い。これまでこんなに怖い顔をされたことがなかった。


「裏切る気かッ」


「あらまあ、待って待って!」


割り込んできたのはロザリアだ。

私は学園が終わる時間に、毎日ここへ出勤する。ターゲットのダドリーと会わないといけないからだ。

一方、ロザリアは、カフェの店員になったものの毎日は来ない。私の侍女の仕事もあるからだ。でも、今日はダドリー様に向かって愛人宣言をする重要な日で、ダドリー様がどんな反応をするかわからないので、一緒に来てくれていた。


「どうしちゃったんですかあ、ダドリー様ぁ」


ロザリアが甘ったるい調子で聞いた。


「何かマリリン様が悪いことでもしたんですかぁ?」


「うっ、この女、ドリューからの愛人申し込みも受け付けやがったんだ」


「え? マリリン、ドリュー様からですか?」


関係ないほかのカフェ女子たちまで聞き耳を立てた。


「まさか二人の愛人になるつもりか。二股かけようとは、愛人の風上にも置けない!」


「えええ? そうすると、まさかダドリー様も愛人申し込みをされたんですかぁ?」


ロザリアが甘ったるい調子で、暴露する。カフェ女子たちも事態の深刻さに全員がこちらを向いた。お客様もだ。


ちょっと私は虚無感に襲われた。


愛人申し込みって何? そして愛人に貞操観念は求められるのか? 


結婚申し込みや婚約申し込みならまだしも、愛人申し込み……


「わー、マリリン、おめでとう! ドリュー様の愛人なら申し分ないわ」


「愛人でも大事にしてくださりそう!」


「もう、これで安泰ね」


カフェ女子は、先だってエリー様がドリュー様に迫って玉砕した様を見ていた。


そして、あれ(ドリュー様のことだ)はダメだと結論が出たらしい。つまり、カフェ女子に甘い顔をしてデレデレするような玉じゃないと。

その結果、私はダドリー様のほか、ドリュー様についても世話係に任命されてしまったのだ。


「俺の話を聞けー!」


ダドリー様が大声で怒鳴った。カフェ、プチ・アンジェは、店員もその場にいた客も全員がピタリと黙り、ダドリー様の言葉を待った。


「お、俺が先に愛人になれと言ったんだ」


ほお……というような声が店内に満ちた。

愛人先着順制度?


「だから俺の愛人だ」


それはどうかな?と誰かが言ったらしい。ダドリーが真っ赤になった。


「ダドリー様の愛人になると、どんな待遇なんですか?」


ロザリアが冷静に聞いた。

確かに。そこが最重要ポイントだわ。

ダドリー様は考えていなかったらしい。言葉に詰まったが、みんなが聞いているので、返事をせざるを得ない。


「俺が呼べば来るんだ。それだけだ」


「あの、お手当とかは?」


「そんなものあるわけないだろう。俺のそばに仕えるだけで幸せだ。俺は侯爵だぞ!」


「住まいを保証してくださるとか?」


ダドリーは何か思いついたらしかった。


「ちょうど、妻がいる。その世話をしてくれたら妻と一緒に住んでいいぞ。一等地に建つお屋敷に住めるぞ」


その言葉を聞いた途端、店員も客もざわざわと元の会話や仕事に戻りだした。


「普通の侍女の方がよっぽどマシだな」


「まあ、田舎の領地の農奴の娘なら、それで喜ぶかもしれないけど、ひと月も王都で過ごせば逃げ出すかな」


「ほかに、もっとマシな勤め口がたくさんありそうだ」


「よくその妻とやらが辛抱すると思っているなあ」


ダドリーは真っ赤になっていた。非難されるとは思っていなかったらしい。

うらやましがられるとか、希望者が殺到するとか考えていたのだろうか?


「おい、マリリン。お前は違うよな。喜んで俺に従うだろ?」


「いえ。愛人職はちょっと。このままここで働き続けた方が……」


「なんだと? ずっと俺と一緒にいられるぞ? それこそ夜もだぞ?」


なんだと、このどスケベ野郎!


私は首を振った。


「実は病気の母がいまして」


亡くなったけど。


「俺の妻が看病してくれる。とんでもないブスだが、気は優しい」


うちの母の手紙のどこにそんなことが書いてあった?


「動かせない容体なのです」


現在はお墓の中にいる。


「ドリューも家を準備するって言ったんだろう? 同じじゃないか」


「待ってくださるそうですわ。それに侍女を一人付けてくださるって」


「………………」


その日から、ダドリーのお悩みが変わっていった。


「マリリン、侍女が欲しいのか」


返事に困る。


「妻を侍女に使え」


「婚約者様に確認されてはいかがでしょうか?」


「愛人の存在をか! 断られるに決まってるわ」


「結局無理なのでは?」


「そこをどうにかするのが愛人の役目じゃないか」


文章として成り立ってはいますが、文意が通りません。


急にダドリーはテーブルをどんと叩いた。私を含めた周り中が恐れおののいた。


「カネだ!」


ダドリーは叫んだ。


「カネさえあれば!」


働かない癖に何を言っている。


伯爵位と領地を継ぐドリュー様も、いずれ家業を継ぐ兄も、一応王城で文官として働く予定だ。学園で友人を増やし、文官として働いて国の仕組みや働き方を学ぶ予定だ。

二人がせっせと勉強したり、試験を受けている間、ダドリーはこのカフェでダラダラしていただけだった。結婚することによって、大金を得られると信じて。


これでは、本当に私が危ない!


「働くのは嫌だ!」


ダメだ。なまけ癖が骨の髄までし沁み通っている。


「ダドリー様」


私はスッと立ち上がった。


「いい方法がありますわ。働かないで、お金が入ってくる方法。ダドリー様にぴったりですわ」




私たちは初めてカフェの外に出た。


後ろからはロザリアとうちの兄が見えないようについてきている。


「あれがウチの屋敷だが、それがどうした」


思っていた屋敷だった。立派だが、手入れが行き届いていなかった。立地だけは最高だ。


「あれを貸せば、いくら手に入ると思っていらっしゃいますの?」


ダドリーは顔をゆがませた。


「そんなことはできない、いったい誰が借りてくれると……」


「ダドリー様」


私はもう一度言った。


「婚約者様とご結婚されるのは、もうお決まりですのよね?」


「そうだ。当たり前じゃないか」


「それなら、頼めばいいじゃありませんか。そういう不動産の業者を手配してくれって」


「ふどうさんの業者って何?」


なぜ、引きこもりの私が知っているのに、侯爵(予定)のダドリーが知らないんだ!


「全部代わりに手配してくれる人間のことですわ。ダドリー様がわからなくても、婚約者様のおうちは大商人らしいですから、絶対知っています。それに、ダドリー様が儲ければ婚約者様の手元におカネが渡るのでしょう? 喜んで、出来るだけ儲かるように工夫してくださいますわ。ほら」


私はダドリーの侯爵邸の向かいの建物を指した。ピカピカに磨き立てられ、きれいなレストランや店がいくつも入っていた。


「あちらは王弟殿下の所有ですのよ。年間で大金貨一万枚が何もしなくても手に入るそうです」


「本当か? そりゃ、すごい!」


「ご存じのように王弟殿下は何もなさっていませんわ。釣りと狩猟が趣味でシーズン中は走り回っていらっしゃいます」


王弟殿下は遊び人で有名だ。


「ダドリー様のお屋敷の方が大きいのですから、きっともっとお金になると思いますわ。早くすればするほど、早くお金が入りますわ」


「よし! いいことを聞いた。金の為なら何でもするぞ!」


私は後ろを振り返った。兄が大きくうなずいている。私は兄にこっそりOKサインを出してダドリー様に向かって言った。


「ダドリー様。お金問題さえ解決すれば、きっと私にもドリュー様よりたくさんドレスを買ってくださいますわよね?」


「もちろんだ! ドリューなんかただの文官だ。大金貨一万枚なんか絶対無理だ」


私はうなずいた。


「ダドリー様の成功を心からお祈りしておりますわ」












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