これは純粋なバッドエンド
Yuki@召喚獣
これは純粋なバッドエンド
俺がクリストファーとエミリアと出会ったのは、ただ家が近所だったから。それだけだった。
俺の両親は有名な芸術家と科学者だったみたいで、でもその偏屈な性格から田舎の村に引きこもるような、そんな人間だった。
それでも別に子供に対して愛情が無いわけじゃなくて、俺はいたって普通にそこらの子供と同じように両親に愛されながら育ったと思う。
両親が有名人だったから俺も何かしらの才能を期待されたけど、残念ながら俺はどこまでいっても普通の人間で突出した才能なんていうものはどこにもなかった。
そのことについて両親は俺に何も言ってこなかったけど、小さい頃たまたま夜中に目が覚めてトイレに行こうと寝室を出た時に、両親が俺の将来について悲観的なことを言っている場面を目撃してしまったことがある。
子供ながらにそこそこショックの大きい出来事ではあったけど、俺はそのことについて両親に何か言うことはなかった。
俺に才能がないなんていうことは俺が一番よくわかってるし、両親は別に俺のことを愛してくれていないわけじゃなかったから。
だから、俺は喉から出そうになる声を飲み込んでそっと自分の部屋に帰ったのだ。
クリストファーとエミリアは小さな頃から一緒に育った、いわゆる幼馴染ってやつだった。
金色の髪に青い綺麗な瞳のクリストファーは、まるでその頃に流行っていた冒険譚の主人公のような見た目をしていて、俺たちが住んでいる村の同年代の女子たちにとても人気だった。
エミリアは銀色の髪に赤い瞳で、絵本の中の吸血鬼のような色合いの見た目をしていたけれど、怖がられるどころかむしろその可愛らしい容姿に周囲の人間はこぞって「吸血鬼のお姫様」なんて言ってもてはやした。
そんな二人と幼馴染の俺はというと、黒色から少しだけ色素が抜けて茶色っぽくなったくせ毛と、黒い瞳。本当にどこにでもいるような凡百の見た目をした小僧だった。
小さな頃はそんな差なんて気にならなかった。俺たち三人は家が近所で、時間が合えばいつも三人で遊んでいた。
村の手伝いもしたし、川に遊びに行ったりもしたし、山に冒険しに行ったりもした。
クリストファーは冒険譚の主役のような見た目に負けないくらいの良い奴で、いつも俺たちのことを先頭に立って引っ張ってくれて、そのくせちゃんと後ろを振り返って俺たちがついてきているのかを確認するような、そんな奴だった。
エミリアは「お姫様」なんて呼ばれてるイメージとは正反対のおてんば娘で、好奇心に逆らわずにあっちに行ったりこっちに行ったり、時にはクリストファーを追い抜いてずんずん進んでいくような、そんな活発な女の子だった。
俺はそんな二人にただ必死について行くだけの凡人で、でも小さな頃はそんな関係でも唯一無二のもので、ただひたすらに毎日が輝いていたんだ。
俺たちの村には小さな教会が一つだけあって、本当に教会しかなくて司祭様とかもいない無人の教会だった。
そんな教会でも村の人からは大事にされてて、持ち回りで教会の掃除をしたり修繕をしたり、村で何かある時は教会に集まって話し合いをしたり、この村にとって欠かせない場所だった。
教会には神様の像が置いてあって、その神様の像には村に古くから伝わる一つの美術品が首からかけられていた。
神様の首からネックレスのようにかけられたそれは、光の反射によって七色に輝く不思議な光を放つ宝石を、緻密な金の装飾で施されて、どこか神々しい羽根の衣装があしらわれた美しい美術品だった。
「夢の欠片」と呼ばれているその美術品は、この村のシンボルで、宝だった。
いつからこの村にあるのだとか、誰が作ったのだとか、そういったことは誰も知らない。
でも物心ついた時からずっとそこにあって、この村の人間は夢の欠片と一緒に時を過ごしてきたのだ。
大事に大事に扱われながら、誰でも触れる教会にずっと置いてある。不思議なことに誰にも盗まれたことがないし、首にかけてあるチェーンの部分が壊れたようなことも一度もなかった。
「夢の欠片」には願いを叶える力があるらしいなんて話もあるけど、あくまでそれはただの噂話だ。実際別に教会で夢の欠片にお祈りを捧げたところで何も起きたりはしない。
そんなのが起こせるなら俺はもっとちゃんとした人生を歩めたはずなんだから。
俺と、クリストファーと、エミリア。俺たち三人の潮目というか、俺の生活が変わったのは俺たちが大きくなってきて、そろそろ村の働き手として期待され始めた時分だった。
俺の両親がそろって流行り病で亡くなったのだ。
村で亡くなったのは俺の両親とその他数人で、他の町や村に比べたら流行り病による被害は少なかった。それでも俺にとってはそうじゃなくて、それまで家族として暮らしてきた両親がいきなりいなくなって呆然自失としてしまったことを覚えている。
訳も分からないまま病を広げないために両親は火にくべられ、残ったのはちっぽけな白い骨だけ。
その白い骨を不釣り合いな大きな墓の下に入れて、俺は丸一日墓の前に立ち尽くしていた。
涙は出なかった。悲しくないわけじゃない。流行り病で弱る両親を見ていたから、突然の出来事だったわけでもない。心の準備はできていたはずだった。
それでもやっぱり受け止めきれないものがあって、俺はその衝撃にただ立ち尽くすことしかできなくて……。
そんな俺を慰めて受け止めてくれたのは、クリストファーとエミリアだった。
「泣くなよ……って、泣いてないか。まあ、あんまりショックすぎると涙も出ないよな……僕にはまだその気持ちを理解するのは難しいけど……なんだ。困ったら頼ってくれよ。幼馴染なんだからさ」
俺の肩を叩きながら、いつもの陽気で活発な姿を抑えながらクリストファーは俺のことを気遣ってくれた。
「大丈夫だよ……独りじゃないからね? 私たちがついてるから……私たち、幼馴染だもん。小さな頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染なんだから。辛いことがあっても、悲しいことがあってもお互い支え合ってこれからも生きていこうね……?」
エミリアは涙を流さなかった俺の代わりに涙を流しながら、そうやって俺を元気づけようとしてくれた。
そんな二人のおかげで俺は何とか両親がこの世からいなくなった衝撃を自分の中で受け止めて、現実を見つめることができるようになった。
二人のおかげで俺は立ち直れた。二人には感謝している。だから、二人のことをこれからは助けながら生きていこう。
凡人の俺に何ができるかはわからないけど、それでも。俺にできる範囲のことをしていこう。
そうやってこれからも三人仲良く生きていくんだ。それが一番いいんだ。そうに決まってる。
だから、俺の中に芽生えたこんな気持ちは潰してぐちゃぐちゃにして、焼いて骨しか残らなかった俺の両親みたいにこの世から消し去らなきゃいけないんだ。
気付けば俺の目はエミリアを追っていた。気付けば俺の耳はエミリアの声を拾おうとしていた。
何の用事もないのにエミリアに話しかけて、雑談に花を咲かせようとした。
エミリアの一挙手一投足が気になって仕方なかった。エミリアがキラキラと輝いて見えて仕方なかった。エミリアの声を聞くたびに胸が締め付けられるようで仕方がなかった。
何のことはない。俺はエミリアのことが好きになっていたのだ。
小さな頃から綺麗で可愛らしいエミリア。そのお姫様みたいな見た目と違って、好奇心旺盛でどんどんと突っ走っていくエミリア。
成長するにつれて体つきも美しい女性のそれに変わっていって、この村で一番の美人に成長していた。
周りから可愛がられて、ちやほやされて、それでも増長せずに周りに優しくして。
ただ幼馴染だからっていうだけの理由で、何の取柄もない俺にだって優しくしてくれる。
こんなの、好きになるなっていう方が難しいだろ。
……でも、ダメなんだ。俺がエミリアを好きになったって、誰も幸せにはならない。
だって俺は知ってるんだ。幼馴染だから。一番近くで見ていたから。この村の誰よりもそのことをよく知っているんだ。
エミリアはクリストファーのことが好きで、クリストファーもエミリアのことが好きなんだ。
冒険譚の主役のような男の子と、お姫様のように可愛らしい女の子。思い合う二人の近くにいる、何の取柄もないただの村人の俺。
誰が見たって俺がお邪魔虫だ。今すぐに二人の近くからいなくなった方がいいに違いない。誰だってそう思うだろうし、俺だってそう思ってる。
……でも、そんなに簡単に離れられたら、俺はこんなことを考えたりしない。
二人はいつだって俺のことを長年の親友のように、それでいて家族のように接してくれる。両親が死んで一人になってしまった俺を受け入れて、寂しくないように一緒にいてくれる。
俺はそれが嬉しかった。俺はそれが辛かった。
二人と一緒にいられることは嬉しい。二人の仲を見なきゃいけないことが辛い。
相反する二つの気持ちはどっちも俺の気持ちに変わりがなくて、俺はそのどちらにも折り合いが付けられなくて、夜中になると一人になってしまった家の中でぼんやりと暖炉の火を眺めるのだ。
クリストファーのことは好きだ。感謝もしている。できればクリストファーの力になってやりたいと思っている。エミリアと結ばれたら、俺は笑顔で祝福の言葉を伝えられるはずだ。
エミリアのことが好きだ一人の女性として愛してしまっている。でもこんな気持ちを告げることはできない。エミリアはクリストファーのことが好きで、クリストファーもエミリアのことが好きなんだ。その男女の間に、俺が挟まる余地なんてない。
エミリアが俺に優しくしてくれるのはただ単に俺が幼馴染だからで、それ以上の理由はどこにもないんだから。だから、俺だってただの幼馴染としてエミリアに接するべきで、俺のこんな気持ちは誰にも知られるべきじゃないんだ。
そうなんだよ。そうに決まってる。そうだろ? 俺――
「僕さ……エミリアと付き合うことになったんだ」
「そ……うか……おめでとう! ――でいいのか?」
あくる日、俺はクリストファーにそう告げられた。
照れくさそうにしながら、それ以上に喜びの感情を露にしながら俺に伝えてくるクリストファーに、俺は祝福の言葉を送った。
クリストファーはこのことを誰かに伝えるのは俺が初めてだと言った。俺に一番最初に伝えたかったのだと言った。
……祝福の言葉を伝えた時、俺の顔は引き攣っていなかっただろうか? 声は震えていなかっただろうか?
――俺は、これから二人の前で自然に笑えるのだろうか?
「クリストファー……ううん、クリスと付き合うことになったの。これもあなたのおかげだわ。ありがとね!」
「それはよかった。俺もこれで肩の荷が降りたよ」
エミリアに告げられたのはクリストファーに告げられて幾ばくもしないうちで、今度は綺麗に笑えていたと思う。
そうだ。肩の荷が降りたんだ。二人が正式に付き合い始めて、これで俺の想いが叶わなくなったのは明白で……だから、俺は次に進むための区切りをここで付けられるはずなんだ。
何事もなければ、そうなったに決まってたんだ。
それなのに……なんでなんだ。なんでそんなことになるんだ。
全員呪われて地獄に落ちてしまえ、戦争を起こした人間の屑どもめ――
「エミリアのことを頼んだ。僕は必ず帰ってくるから、それまでは――」
「わかってるって。ちゃんと見ててやるから、絶対に帰って来いよ」
俺たちが住んでいる国と、隣の国との間に戦争が始まった。
最初は遠くの出来事で俺達には関係ないと思っていた戦争も、ぐずぐずと決着がつかないまま長期化の様相を見せ始め、それに焦った国の上層部が若い男子の徴兵を始めてしまったことで一気に俺たちに降りかかってきた。
国中の若い男子の身体検査が緊急で行われ、徴兵に耐えうると判断された者はどんどんと徴兵されていった。
クリストファーもその一人で、村を出て戦争に行かなければいけなくなった。
「クリス……絶対絶対帰ってきてね……! 私、ずっと待ってるから……!」
「約束する。必ず帰ってくるとも。君を独りには決してしない」
まるで物語の別れのシーンのようなやり取りだ。
涙ながらにクリストファーにしがみつき、別れの悲しみを伝えるエミリアと、そのエミリアを抱きしめ必ず帰ってくると口にするクリストファー。
俺はそれを二人の傍という特等席で眺めていた。
俺の心には言葉にできない何かが渦巻いていた。
俺は身体検査で内臓の病気が見つかり、徴兵されることはなかった。別に今すぐ死ぬような病気ではないから日常生活を送ることに支障はないけど、兵士としての活動には耐えられないと判断されたのだ。
村に残る俺と、戦争に行くクリストファー。
村の人間からは、俺が戦争に行ってクリストファーが村に残るべきだ、なんていう声も上がっていた。二人の耳には入っていなかったみたいだけど、俺の耳には遠慮なく届くように声を出していた。
俺はそれに何も反論しなかった。何故なら俺だってそう思っていたからだ。
徴兵に来た兵士に一人内緒で直談判だってしあ。でも合理的な判断が優先される軍隊という場で、個人の気持ちで決定が変わることなんて無かったのだ。
そんなことはわかりきっていた。でも少しでも抵抗したかった。それだけだ。
優しい二人。お似合いの二人。このまま幸せになるはずだった二人。そんな二人が離れ離れになるなんておかしいじゃないか。俺が代わりに死んだ方がいいに決まってるじゃないか。
事ここに及んでも、エミリアへの想いが捨てきれない俺みたいなやつが死んだ方が世のため人のためってやつだろう。
「頼りにしてるね……?」
「クリストファーの代わりにはならないけど、できる限りのことはするから任せとけ」
だってほら――クリストファーがいなくなってエミリアが俺を頼るようになったことに、俺はこんなにも喜んでしまっている。醜い笑みを浮かべないように必死に表情を制御している。
最低で醜い、死んだ方がマシな屑野郎が俺だったんだ。
クリストファーが戦争に行ってから、俺の心は日々摩耗していった。
クリストファーがいなくなったことで、エミリアの一番近くに立っている異性は俺になった。
エミリアは小さな頃から一緒に育った俺を信頼している。クリストファーも俺を信頼していて、俺にエミリアのことを頼んできたし、エミリアには俺を頼るように言い残していった。
だからエミリアはことあるごとに俺に話しかけてくるし、俺を頼りにしてくる。今までクリストファーにしてもらっていたことのいくつかを俺にしてほしいと言ってくるようにもなった。
俺はそれが嬉しかった。でもそれ以上に苦しかった。
エミリアに頼られることは嬉しい。エミリアと話せることが嬉しい。エミリアが笑顔を向けてくれると心臓が跳ね上がる。二人で一緒にいることも多く、まるで恋人のような距離感に感じることもあった。
でも、エミリアに近づけば近づくほどに、エミリアがどれだけクリストファーのことが好きかを思い知らされる。俺がクリストファーの代わりになることなんて一つもないんだということが骨身に染みるのだ。
「クリスがねこんなこと言ってたんだけど――」
「クリスはこうやってたんだよ――」
「クリスに会いたいねぇー……」
クリス、クリス、クリス――
エミリアは俺と一緒にいても、クリストファーのことばかりを話題に出した。
俺のことなんて男として欠片も見てなかった。エミリアの中にいるのは常にクリストファーだけだった。
もちろんクリストファーが俺とエミリアの共通の幼馴染で、クリストファーの話をしていれば俺との話題に尽きることがないというのもあっただろう。
それでも、そんな状態は俺の心を締めあげるのには十分で。
だから俺の心は日々、少しずつだけれど確実にすり減っていったのだ。
そんな日々の中、俺が教会の掃除当番の日が回ってきた。
大きな教会ではないから掃除をするのには一人いれば十分で、俺はエミリアと離れて一人で教会の掃除を行っていた。
窓を拭き、椅子を整理し、床を箒で掃く。神様の像を磨いて、首にかかっている「夢の欠片」もしっかりと綺麗に拭き上げる。
……そこでふと、普段はまったく気にしない「夢の欠片」のことが気になった。
「夢の欠片」は願い事を叶えてくれる力があると言われている。勿論そんなことはなくて、今まで夢の欠片が誰かの願いを叶えたなんて言う話を現実で聞いたことは一度もない。
それでも、俺は一瞬でも夢の欠片に願ってしまったのだ。本当に一瞬で、次の瞬間には頭から追いやって日常に戻ったはずだったんだ。だってそんな願いは叶ったら絶対にいけない願いのはずで。
――クリストファーが死ねば、エミリアは俺のことを見てくれるはずだ。
なんて、そんな想いはこの世のどこにも残したらいけないものだったはずなんだから。
そして数日後――クリストファーが戦場で倒れたという知らせが村に届いた。
俺のせいじゃない! 俺のせいのはずないだろ! 夢の欠片にそんな力なんてなくて、たまたま俺がそう思ってしまった時期とクリストファーが倒れた時期が重なっただけだ!
だってそうだろ!? 今まで夢の欠片が人の願いを叶えたなんて話聞いたことないのに、俺のこんな願いだけが叶うなんておかしいだろ!
いや違う! そもそも願ってなんかいない! クリストファーに死んでほしいなんて本心で思ってるはずないじゃないか! あいつは必ず帰ってくるって約束したんだ! エミリアを泣かせるようなことをあいつがするはずないだろ!?
クリストファーが死んだってエミリアが俺のことを見てくれるはずないなんて、そんなの一緒にいればわかりきってることじゃないか! 俺の心の奥底で握りつぶして、この世のどこにも出しちゃいけない想いだったはずだ!
家の中で頭を抱える。俺のせいじゃないと何度も自分に言い聞かせる。
クリストファーが倒れたのは俺のせいじゃないと。たまたま時期が重なってしまっただけなんだと。
例え味方側だったはずのクリストファーの背中に不自然に剣が突き立っていたという知らせだったとしても。
そんなのはただの偶然で、俺のせいじゃないんだと。
そうやって自分のことばかりで、無駄な自己弁護を自分でして、自分の殻に閉じこもって……だから俺はダメなんだ。死んだほうがマシな屑野郎なんだ。
クリストファーが倒れてすることがこれ? ありえないだろう。
俺なんかよりもよっぽどショックを受けている人間がいる。よっぽど悲しみを湛えている人間がいる。よく考えなくてもすぐにわかる。
クリストファーの恋人。俺の幼馴染。
エミリア。
そのことに気付いた瞬間、俺は自分の家から飛び出してエミリアの家に向かった。
何をしているんだ? バカなんじゃないのか? 自分のことなんてどうでもいいだろ?
エミリアが今どんな気持ちなのか、そんなの考えなくたってわかるだろ。俺の願いがクリストファーを殺した? 本当にそうだったら俺だって後で死んでやる。クリストファーの命の代わりにはならないけど、罪は死んで償ってやるとも。
けれどもそれは、エミリアの所に行ってからの話だ。エミリアを支えてからの話だ。
恋人が倒れたなんて聞いて、エミリアが平気でいられるはずがない。悲しまないはずがない。絶望しないはずがない。
エミリアの家に着くとそこにはエミリアの姿はなく、エミリアの両親から「思いつめた顔をして教会に行った」と告げられた。
俺はそれを聞いて教会まで全力で走って行った。
エミリア、どうか無事でいて欲しい。絶望しないで欲しい。こんな俺が願うのもおこがましいけれど、俺の本当の願いはエミリアが無事に過ごせることだけで。
クリストファーは倒れたっていう知らせが来ただけで、死んだわけじゃないんだ。まだ生きてるはずなんだ。
だからエミリア、どうか、どうか――
「――エミリアッ!」
俺が教会にたどり着いた時に見た光景は。
「夢の欠片に願いを叶える力があるならどうか。どうか、私の時間をクリスに与えてあげてください――」
夢の欠片に祈りを捧げながら、自らの胸を剣で貫いたエミリアの姿だった。
「それからの記憶はあいまいだ。ただ一つ確かなことは、俺はその後村から逃げ出し、二人の幼馴染の未来を奪ったことに怯え、後悔し、懺悔の意味も込めてこの日記を物語として世に残したという、それだけだ」
一人の少女が、パタン、と本を閉じる。美術館の片隅に、埃をかぶった状態で置かれていた一冊の本。
物語のような、日記のようなお話。
これが本当に昔にあったことなのか、それともただの物語なのか。本当のことはわからない。
けれども一つだけ確かなことがあって。
「夢の欠片……あなたは本当に願いを叶える力があるの?」
美術館の一角にある展示スペース。
祈りを捧げる女性の像の首にかかった、一つの美術品。
光の反射によって七色に輝く不思議な光を放つ宝石を、緻密な金の装飾で施されて、どこか神々しい羽根の衣装があしらわれた美しい美術品だった。
その美術品の名前は「夢の欠片」。物語に出てきた美術品と同じ名前で。
本を読んでいた椅子から立ち上がった、学校の制服を着た少女は呟く。
「このお話は本当にバッドエンドでおしまいなの?」
それからその本を元に戻すと、スマートフォンを耳に当てながら歩き去っていった。
その場には、埃がはたき落された一冊の本と、七色に輝く美術品だけが残された――。
これは純粋なバッドエンド Yuki@召喚獣 @Yuki2453
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