市民プールの天使

米田淳一

第1話 身の丈の街

 いつの間にか私の人生は半世紀を超えてしまった。


 あいも変わらず低収入高脂肪の生活で、先に望みのない臨時職員生活である。


 あともう少しで10年になるところの楽しかった結婚生活もずっと前に収入不足で終わり、鉄道模型を作るのと女の子のヘタクソな絵を描くのだけが楽しみの日々だ。


 そして今日も最低時給スレスレの臨時職員仕事の窓口業務にいそしんでいた。


 まだ年始すぐで屋内でも寒い。この窓口のある役所の建物は消防署だったのを流用したものなので防寒が甘い。


 とにかくケチる街なので職員の労働環境はホント限界ギリギリで、庁舎の耐震性もないという噂だし、子どもたちの教育のための図書館は身の丈に合わないと作らないことになっている。


 それでケチったところで大量の高齢者を抱えてるこの街を破綻から救うには足りなすぎる。


 次の世代を育てて将来の税収増を図る知恵もない。


 むしろ次の世代もせっせと犠牲にしているのだから、この街の身の丈とは本当にそうなんだなと思う。


 知恵も税収もなく、ただ氷河期世代を磨りつぶして現状維持しかしない。


 その挙げ句、議会で「専門的な仕事は臨時職員に任せてます」と地方公務員法としてどうなの?という答弁までする始末。


 そういう街に私は勤めている。


 高齢の先輩は「煙草がマズくて吸えない」と言ったその1週間後、入院して末期の癌が発覚してそのまま亡くなった。


 この街のいろんな噂について調べていた先輩だったが、婿養子だったために立場が弱く、その調査結果を私に渡す約束をしていたのだが、先輩の奥さんの家の都合であっさり「なかったこと」になった。


 街宣車すら出たほどのこの街の歴史に起因するという騒ぎの真相も闇の中に消えていった。


 あとに残ったのは破綻に向かってすすむこの空き家だらけの首都圏郊外のちょっと外にある小さな街。


 最近外人が増えてモスクが6つも出来たけどそれが何を起こすかすらわからない。そういう身の丈の街。


 恐らくその街でこうして最低時給で暮らしている私の身の丈もそんなものなのだろう。


 身の丈な相応しい仕事、やりがい、そして運命。


 ここに未来なんて一つも無い。あるのは老化の破綻の運命。


 それに日々すこしずつ首が絞まっているのに「地方創生はここから始まる!」と言った大臣の演説に拍手を送った人々も身の丈通りの人生、幸せの中で身の丈のまま死んでいくのだろう。


 そんなことを考えながら私は窓口で書類を作っていた。


 目の前に開放しているこの役所の打ち合わせスペースに今日3人目の、そしてあと20分で閉庁のため多分今日最後の利用者の彼がそろばんを練習している。


 平和だけどそれだけの風景。

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