5話 薔薇の赤に誘われて

「アンタ、また別の女の子と遊んでたの!?」


「いや・・・これから遊ぶところだったんだ。」


「は?有り得ないんですけど!?それって未遂ってことだよね!?ウチが一番っていう話はどこいったの!?」


 先ほどまでの余裕が無く、頬を掻く仕草をするガルクに詰め寄る女性こそが、彼の付き合っているという【フレア】だった。


 ロングスカートと、オフショルダーの両肩が露出した服装が特徴的な女性だった。その布生地を、彼女の豊かな胸が押し上げて二つの山を成して前方に突き出す。頭には、つばの広い黒色の帽子を被っていて、どことなく【魔女】を想起させる。朱色の艶のある髪を、細い腰のあたりまで伸ばしている。髪と似た、炎の色をした瞳が、僕の視線と交わるのだ。炎の赤のさらに奥には、深紅の瞳孔がどこまでも深く感じられる。黒く、ふくらはぎまでを覆い隠すブーツもまた彼女の妖艶さや【魔女】に近似する容姿を引き立てるのであった。また、僕の背丈が元来低いことから、彼女の細く長いシルエットをさらに強調するように見えた。


「憲兵に捕まるだけでは飽き足らず、まったく浮ついて・・・!もう許さないからね。アンタの彼女、やめる。」


「ごめんよぉ・・・もう女の子殴ったり、浮ついたことなんてしないからさぁ・・・」


「それ、何回目の約束?もうウンザリなんですけど。」


 フレアは、ほのかに赤い頬をぷっくりと膨らませて、なんとも可愛らしい不満顔を作った。


「この子は、誰なの?」


 フレアは、疑り深い目をそのまま僕のほうにも向けた。


「あぁ。檻の中で知り合ったやつだ。アレスっていう名前でさ、さっき昼飯を一緒に食べた仲だ。」


 ガルクが僕に視線を送るので、自分で名を名乗る。


「ど、どうも。アレスと申します。ガルクさんに、お世話になりました。」


「へぇ・・・可愛い顔してんじゃん。いくつなの?」


 フレアの豊かな胸が眼前に迫って・・・というか、若干頬の辺りに触れるので、僕は刹那、内なる五臓を奮わせた。___想像を超えた弾力だった。それは如何なる羊毛の枕よりも心地好い感触であるように思えた。


 フレアの妙に馴れ馴れしい態度と、過度に近しい距離感に乱されながら、僕はたどたどしい感じで答えた。


「こ、今年で21です。」


「うわぉ!?めっちゃ童顔で好みなんですけど!今度、ウチとサシで飲みに行かない?」


「いや・・・僕、お酒は苦手なので・・・」


 フレアの美貌がさらに僕の眼前にまで寄った。僕の頬のあたりがカーっと熱を持った。血の巡りが心臓の鼓動の早いことに伴って、全身に熱を運んだ。体が熱く、背中にじんわりと汗を滲ませる。


 昔からだが、女性が眼前にいると僕は緊張の糸を張り詰める傾向を有していた。ちょっとした恥ずかしさが僕をそれに至らしめるのだ。


「フレアお前、オレが1番じゃねぇのかよ?こんなガキ臭いやつがお好みってか!?」


 ガルクは、僕の額をピンっと指で弾いて、フレアのほうに怪訝そうな感じで振り向いた。


「うるさい!他の女の子にすぐ飛びつくような人間に、物申す権限なんてありませんよ~」


 フレアは、僕にただただ友好的な雰囲気であった。





「___フフフ。ガルクとフレアは、本当に仲がいいね。」


 すると、また新たな人が僕たちのもとにやってきた。人混みを掻き分ける5台の馬車の先頭に立つ女性が、なにやらガルクやフレアの中の良さを知っているように話ながら、こちらに近づいてくる。


 ブロンドの色の髪が、背中を流れて腰の辺りまで風にたなびく、一種の神秘を僕は見た。艶のあるそれを包み隠そうとするかのような黒い装束とかぶりものが印象的だった。また、僕よりもずっと背丈が高く、縦に細い華奢な体をしていた。アイビーグリーンの色の瞳の下には大きなクマが、まるで皮膚に焼き付いているかのようだ。・・・寝不足だろうか。その緑の瞳の目尻は、ガルクと似た感じに落ちていて柔らかな印象があった。口元に、これまた黒い布を巻いている。また、手首や首元には白い包帯がぐるぐると何重にも巻かれている。それらは黒っぽく変色していて、糸がほつれてボロボロになっていた。僕の手の平に収まりそうな大きさの胸の間からも、そんなボロボロの包帯を覗かせている。陽光にまるで慣れていないかのような白っぽい色の首から下げている十字は、下端がひび割れて欠けている。手の指は細く、白っぽく、しんしんと降り積もる冬の雪を想起させる上に、柔らかさが同居している。口調や声の落ち着いていて、おっとりとした優しい性格であることを垣間見た。


 目尻をさらに下げて、慈愛に満ちたように笑った女性に、二人は顔を見合わせた。


「「それはない!」」


 ガルクとフレアの二人は、面白いように声色と一言一句とを揃えて反論した。その様子では、むしろ仲が良いのではないかと僕は思った。


 馬車の先頭を歩く女性に、僕は軽く会釈して「アレスと申します」と名乗って、初見の挨拶とした。すると、彼女は僅かに腰を折って僕の目線と顔の高さを合わせて、名乗った。


「こんにちは。私は【ジョセフィーヌ】と申します。そこのガルク、フレアと一緒に、冒険者をしています。」


「っ___冒険者なんですか?」


 冒険者。それは、誰もが一度は憧れたであろう花の職業。時には世界中を旅しながら、依頼をこなす。そんな幻想に見た職業人が、眼前になんと複数いることに、僕は感激をしていたかもしれない。____【勇者】マックスも、かつては冒険者として世界に名を轟かせたのだ。


「えぇ、そうですよ。団名は【赤いバラ】。帝都の冒険者ギルドに登録していて、今はちょうど依頼の成果物をギルドに運搬するところです。」


 ギルドとは、同業者組合のこと。冒険者ギルドは、読んで字のごとく冒険者の組合。人々は、その冒険者ギルドに登録することで冒険者となり、様々な依頼を受けて報酬を得ることができる。依頼主は貴族から平民まで、依頼内容は要人警護から畑仕事の手伝いまで。時には遠方にまで依頼された素材や魔獣の討伐や採集を目的に向かう場合もしばしば。優秀な冒険者グループは、貴族から指名の依頼を受けることもあるのだ。


 そんな冒険者に、なんと出会うことができたらしい。あの薄汚れたガルクという男も、ジョセフィーヌが言うにどうやら冒険者らしい。


「メンバーは、一応リーダーをやらせてもらっている私、狙撃手のガルク、魔法使いのフレア、それからあの子が、馬主のリリー。この4人です。」


「あ、こんにちは。リリーだよ~」


 二台目の馬車を引く馬に、ちょこんと跨がるのは【リリー】と名乗った猫族(びょうぞく)の少女だった。整然たる木の幹を想起させる焦げ茶色のおさげの髪の間を掻き分けて生える、猫の耳が印象に深かった。髪色と同色の、紅の細緻な刺繍が技巧的な衣服を身につけていて、薄い胸が、夕日の茜を前に小さな影を落としている。濃い人参色の瞳は丸っぽくて、彼女の無邪気で天衣無縫な性格を代わりに語らうようであった。


 僕は、リリーが無邪気ったらしく、ひたすらに手を左右に振るので、「よろしく!」と、いつもに増して声を張って答えた。すると、リリーはこれ以上ない笑みを返してくれたのだった。


「今日は、成果物を届けるだけの予定だったけれど、偶然ガルクを見つけられて良かったね。」


「こんな男は、一生檻の中で過ごしておいてもらいたいわ。」


 ジョセフィーヌはニコニコと笑うのだったが、フレアは相変わらず眉をひそめるのである。


「ガルクは、ちょっと女の子との付き合い方が下手っぴだけれど、大切な仲間には変わりないから、許してあげません?ただガルク、【赤いバラ】の名前に傷をつけることが無いように、今後は気を付けてくださいね。」


「あ?ああ。分かったよ。」


 ジョセフィーヌの諭すような口調に、ガルクは渋々と首を縦に小さく振った。


「さて、君は・・・アレス君は、どうします?一期一会、せっかくの出会いですし、私たちに付いて来てみますか?」


「え・・・」


 突然に、冒険者【赤いバラ】への勧誘を掛けられて、僕は続く言葉が見つからないでいた。


 稼ぎのアテも、住む場所も無く、帰る場所も無く・・・僕はこの広い世界に放り出されたが故、袋小路に陥っていた。だから、【赤いバラ】に拾ってもらえるならば、これ以上なくありがたいことだ。


「ガルクと一緒に牢に入っていたようですけれど・・・私の目には、あなたが悪い人には映っていませんよ。それよりも、どこか困っているような目をしているような気がします。」


 僕のカナリア色の瞳を、ジョセフィーヌは高い目線から覗き込んだ。僕は先ほどにも増して頬に熱を抱えた。


 僕は、ここである案を閃く。【赤いバラ】の冒険者たちに仲間入りすることが叶えば、世界を見て回れるのではないかと。その冒険の中で、自身がかつてから憧れた【勇者】の軌跡を辿れるかもしれない。そして、その冒険で強くなれるかもしれない。


 ジョセフィーヌからの勧誘は、それに気が付いた瞬間の次から、より輝いて聞こえてきた。


 それに、彼らと共に冒険者としての依頼をこなすことができれば、食うに困ることはなさそうだ。そういった点でも、ぜひこの機会を活かしたいと思った。


「でも、僕は体も弱いですし、仲間になっても、皆さんのお役に立てるかわからないです・・・」


 それでも、一度は断りを入れておく。それには、【赤いバラ】のリーダーたるジョセフィーヌという人物が僕をどう思うか、グループに誘いたい詳細な理由を探る意味も持たせている。


「でも、あなたは困っているでしょう?聞かずとも、私は人の心を読み取る目に優れていますから。」


 どうやら、不思議と僕の心理の深層を、ジョセフィーヌは読み取っているらしい。


「・・・はい。仰る通りで、僕は仕事もお金も食べるものも住む場所も無くて、正直に言うと、困ってました・・・」


「ですよね。私、困ってる人は一目でわかりますし、そんな人を放っておけない性格なもので。」


 ジョセフィーヌによって、僕の心理は読まれたらしい。


「え、じゃあ、ウチらの仲間に入ればいいじゃん。ウチら、別にお金にも物資にも困ってないから、メンバーが増えるぐらいどうってことないよ~むしろ、賑やかになっていいじゃん!」


 フレアが、さらに乗り気で僕の肩を軽く叩いた。彼女は、僕が冒険者として仲間入りすることに前向きでいてくれるらしい。


「・・・皆さんがよろしければ、是非、僕を仲間に入れてください。僕、冒険に憧れていたことがあったんです。」


 正直、お世話になる感が否めない。申し訳ないながら、僕はこの【赤いバラ】というチームに加入することを希望した。


「ガルク、フレア、リリー、いいですか?」


 ジョセフィーヌは、背後の既存の仲間たちに振り返って問いかけた。その時の、風に流れるような長髪の黄金が美しいこと、僕は見逃せなかった。


「へへ・・・いいよ~。なんか、歳の割に可愛いし。お姉さんがじっくり、色々教えこんであげるからね~。」


 フレアは、どこか不気味に僕を見つめていた。それは、獣が獲物を見定めるような眼光であって、僕は刹那身震いをした。まあ、フレアは悪い人には見えないことも事実だったが。僕の母や父と比較しても、その炎のような色の瞳は、僕を柔らかに捉えているようだった。


「オレが飯を奢ってやった仲だ。仲間は、多いに越したことはないだろう。せいぜい頑張れや、新人。」


 牢屋からの付き合いであるガルクは、馬車から小銃を取りだしながら、覗く左の目の目尻を落とした。


 小銃は、火薬や魔力を込めることによって弾丸を放つ武器だ。紹介では狙撃手とされていたから、彼は銃の扱いに通じているらしい。___カッコイイ。


「いいよー!リリーも賛成!」


 馬に跨りながら、子供っぽくリリーは頭の猫耳を跳ねさせた。


「___ようこそ、【赤いバラ】へ。私たちは、新しい仲間であるあなたを歓迎します。」


 僕は、新たに【赤いバラ】のメンバーとして迎えられた。僕は、必ずこのチームの一員として活躍して・・・それと、【勇者】の軌跡をこの眼に映すのだと決心して、チームへの挨拶とした。




「はい。よろしくお願いします!」

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