第7話:(1/2)リリスの罪(リリスの告白)

 悠人と話す猫、リリスとの旅路は、単なる冒険を超えた深い意味を持ち始めていた。彼らの間には、共に過ごす時間を通じて、徐々に信頼と理解が芽生えていった。リリスは、悠人との絆が深まる中で、自分の過去を彼に明かす決意をした。


 彼女が初めて心を開いた瞬間、それはある夜のキャンプファイヤーの前だった。リリスはその日の出来事を思い返しながら、彼に静かに語り始めた。焚き火の温かな光が彼女の顔を照らし、その目には過去の苦悩が浮かんでいた。


「私はね、最初は使命感に燃えてたの。他の人たちと一緒に、悪意と悪徳が宿る者たちを討伐していったんだ。最初はすごく順調だったんだよ」とリリスは遠い記憶を掘り起こすように語り始めた。彼女の声には微かな震えがあり、その目には過去の苦悩が浮かんでいた。


 悠人は彼女の言葉に耳を傾けながら、深く頷いた。「大きな問題が起きたのか――。何でそれが問題だったんだ?」


 リリスは深いため息をつき、続けた。「ある勇者が、本気で導く女神に恋をしてしまったの。それが大きな問題を引き起こしたの」


「女神にもそういう素振りがあったのか?」悠人はさらに探るように尋ねた。


 リリスは頷きながら話を続けた。「女神は最初は戸惑っていたわ。エリオットが彼女に思いを寄せ始めたとき、彼女はその感情を受け入れるべきかどうか迷っていた。でも、エリオットは毎日彼女のもとを訪れ、花を贈ったり、彼女の話を真剣に聞いたりした。彼は決して強引ではなく、彼女の気持ちを尊重しながらアプローチを続けたの」


「それで、女神の心が動いたのか?」悠人は興味深そうに尋ねた。


 リリスはゆっくりと頷いた。「ええ、次第に彼女もエリオットの誠実さと優しさに惹かれていった。彼が彼女のために命を賭ける姿を見て、彼女の心に変化が生まれたの。それまで誰にも見せなかった笑顔をエリオットには見せるようになり、彼との時間を楽しむようになった。エリオットは、女神に自分が特別な存在であることを示すために、数々の試練に挑み、彼女のために多くの困難を乗り越えたの」


 悠人はその話に耳を傾けながら、リリスの表情を見守った。リリスの瞳には、過去の出来事が鮮明に映っているようだった。彼は彼女がどれほどの苦悩を抱えているのかを感じ取っていた。


「他の勇者たちはどうなったんだ?」悠人は話を引き戻すように尋ねた。


「エリオット以外の勇者たちは、彼に対する加護が強まる一方で、自分たちの加護が薄れていくことに気づいたの。彼らは次第に不満を抱き、エリオットに対して嫉妬と敵意を抱くようになったわ。女神の加護がエリオットに集中しすぎた結果、他の勇者たちは力を失い、悪意と悪徳が増長し、世界は混乱に陥ったの」とリリスは語った。


 その時、悠人はリリスがさらに何かを言いかけているのを感じた。彼女の瞳には、まだ語り尽くされていない真実が宿っているように見えた。


「他の勇者たちは、それぞれ異なる能力を持っていたわ。例えば、火を操る力を持つ者や、風を制御する力を持つ者もいたの。彼らが力を失ったことで、世界の均衡が崩れ、悪が勢いを増してしまったの」とリリスは付け加えた。


「それがすべての始まりだったのか……」悠人はそう呟きながら、リリスの話に耳を傾け続けた。


「その頃、私はまだ使命感に燃えていたけれど、クルスが現れてから事態はさらに悪化したの」


 当時、勇者たちはその力を求める裏で、互いに競い合っていた。力を得るためなら手段を選ばない者もいた。中でも一人の勇者、クルスは特にずる賢かった。彼は表向きは忠誠心を示し、仲間たちの信頼を得るために笑顔を絶やさなかったが、内心ではリリスの力を手に入れるための策略を練っていた。


 クルスは一見して他の勇者たちと変わらないように見えた。いつも仲間を助けることを最優先にし、信頼を得るための行動を取っていた。しかし、その心の奥底には、他人を利用してでも自らの目的を達成しようとする狡猾な計算があった。彼は力を手に入れることで、他の勇者たちを凌駕し、異世界での支配力を強化しようと考えていたのだ。


 ある日、クルスがリリスに言い出した。「もっと強い力があれば、問題をより早く解決できるのにね」


 リリスは懐疑的に問い返した。「どうして? 女神様の力だけじゃ足りないの?」


 クルスはため息をつき、わざと悲しげな表情を見せた。「その力は防御に偏っているんだ。もしリリスのタロットカードの力を組み合わせれば、ダンジョンの階層主を倒す際、誰も死なせずに済むかもしれないんだ。リリスも彼らを死なせたくないだろう?」


 彼の言葉には一見、仲間を思いやる気持ちが込められていたが、その本心は全く別のところにあった。クルスは力を手に入れることで、自らの地位と権力を強化し、他の勇者たちを凌駕しようと考えていたのだ。彼の瞳には、計算高い光が宿っていた。


 クルスはさらにリリスに近づき、声を低くして囁いた。「リリス、君の力を借りれば、もっと多くの人を救えるんだ。君もそれを望んでいるはずだろう?」彼は一見真摯な眼差しでリリスを見つめたが、その心の奥には狡猾な企みが渦巻いていた。


 リリスはその時、クルスの真意を見抜くことができなかった。彼の巧妙な言葉に惑わされ、禁じられた力を求める者たちに力を与えてしまった。リリスは、彼の話す「多くの人を救える」という言葉に心を動かされてしまったのだ。彼女は、クルスの本心に気づくことなく、その言葉を信じてしまった。


 リリスは自分がどれほど猫の姿になることを望んでいたかを悠人に説明した。「猫としての時間は、私にとって自由と解放の象徴だった。戦いと責任から逃れ、一時的にでも無邪気な生活を送ることができる。それが私にとってどれほど魅力的だったか、悠人には分かるかしら?」


 続けてリリスは「でも、その決断がどれほどの影響を及ぼしたのか、私は全く予見できなかったの。クルスの言葉に心を動かされて、彼を信じた私が愚かだったわ」と言った。


「実は、この話は今回が初めてではないの。たびたび繰り返される内容だったわ。『清く、正しく、美しく』を地で行く者たちばかりだったんだけれど……」リリスの声は、過去の罪の重さに震えていた。


 悠人は深く息を吸い込み、リリスの言葉を静かに聞いていた。彼女の目は遠くを見つめ、その瞳はかつての過ちを思い出しているかのように潤んでいた。彼もまた、自分の力に対する不安を抱えており、その共感が彼女への理解を深めていた。

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